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安倍総理の志は死なない!!

中国政府はなぜ、ウイグル人を「抹殺」せずに「洗脳」するのか?

国連も「深刻な人権侵害」と指摘する、中国政府による新疆ウイグル自治区での迫害行為。2019年に流出した公文書により、ウイグル人に対する徹底した思想改造、つまり「洗脳」の実態が広く知られるようになったが、そもそも、なぜ中国政府はウイグル人を弾圧しているのか。社会学者の橋爪大三郎とイスラーム学者の中田考の共著『中国共産党帝国とウイグル』(集英社新書)より一部抜粋、再構成して紹介する。
なぜ「抹殺」でなく「改造」なのか
橋爪 今現在、巨大な中国の過酷で凶暴な姿が露あらわになりつつあります。これは想像を超えている部分があるので注意しなければなりません。
まずここまで過酷な類例を探すと、ナチズムがユダヤ人を虐殺したケースがある。あれは本当にひどいことをやった。中国はそこまではやってないじゃないか、というようにも見える。ではなぜ中国共産党は、ウイグルの人びとを教育施設なるものに閉じ込めて、拷問や虐待をしながら思想改造をやっているのであろうか。ジェノサイドという言葉が出ましたが、ウイグル人の絶滅を願っているのなら、なぜ全員を殺さないのだろうか。
その理由は、もしも全員殺してしまったら、新疆ウイグルが中国であると主張する正当化の根拠がなくなってしまうからだと私は思う。新疆ウイグルがウイグル人の土地で、ウイグル人が中国人だから、新疆ウイグルは中国なのです。同じことは内モンゴルでもチベットでも言えます。
弾圧のために反対派を閉じ込めたり、処罰したり、殺したりしても、それは少数者であって、大部分の人は生かしておかなきゃならない。中国の公民として、中国人として。それでこそ、そこが中国であると言える。そのための教育であり、思想改造なのです。
身体は元のまま生きていて、考え方が別のものになる。中国政府、中国共産党に都合がよいものになる。これが思想改造の本質なんですね。そうすると、彼らは協力者になり、中国公民になって、中国ナショナリズムのよき担い手になるわけだ。しかも中国政府にとって、それが漢民族ではなく、もともと新疆ウイグルに住んでいた人びとであるという点がとても大事なわけです。
考え方を別のものに入れ換える。そんなことができるのかと思うけれど、それを無理やりやっているのが中国です。民族を弾圧するのだけれど、民族を生かしておく。これが、ユダヤ人の身体を抹殺してしまう、ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)のユダヤ人迫害との違いです。
新疆の人びとは、漢民族でもないし、顔が違い、言葉が違い、社会、風俗、歴史が違い、何から何まで違って、外国人なのです。その外国人を中国公民にしてしまうにはどうすればいいかと言うと、いろいろなものを頭の中から抜き去らなければならない。
言語を抜き去る。信仰を抜き去る。今までの考え方を抜き去る。そして、中国語(漢語)を注入する。中国語の考え方をオウム返しさせる。そして、社会組織や就業の構造や地域の在り方を中国風にしてしまう。民族の抹消です。身体は生きているけれども、ウイグル民族そのものを存在しなくさせてしまう。こういうものですね。
つまり生かしたまま抹殺するということです。ユダヤ人は殺してしまった。殺しはしなくても、それに匹敵するほどのひどいことを中国共産党はやっているわけです。
ユダヤ人がなぜ抹殺されたのかと言えば、ドイツの社会からユダヤ人の要素を一掃するためです。一掃して、ユダヤ人の居場所を、ヨーロッパのどこにもみつけられなかった。ユダヤ人を抹殺しても、ナチスは痛くもかゆくもない。だから、奇妙なイデオロギーに基づいて、国家的な大犯罪を起こしてしまった。
中国が少数民族を抹殺すると、中国は痛いんです。困るのです。中華民族は、漢民族を超えた少数民族も含む政治団体であって、そのテリトリーは漢民族の倍ぐらいある。それを考えれば少数民族の独立などはありえない。国家の存亡に関わることなのです。
ということを中華人民共和国は主張しているので、それを実現させるまでこうした思想改造プロジェクトは続くだろうと思います。
中国政治の凶暴な本質
橋爪 この思想改造プロジェクトは今、着々と進行しつつあります。
内モンゴルでは2020年9月から、従来モンゴル語で授業を行なっていたモンゴル系公立学校で、モンゴル語での授業を禁止し、中国語(漢語)で授業を行なうように決定しました。モンゴル人から言語を奪うための決定です。
これもウイグルと並行する政策だと思います。どう並行しているかと言うと、モンゴルは北と南に分かれていて、北はモンゴルという国になっている。南は内モンゴルとして中国の一部にされてしまっている。モンゴルは本来、ひとつの民族ですから、民族自決の原則からいえば、モンゴルと内モンゴルが合わさってモンゴル国になるはずです。
それは、トルコ系の人びとが東トルキスタン(ウイグル)と残りの地域とで合わさって、トルコ系の共和国をつくるのが自然なのと、同様のことですね。でもそこに中国の国境線があって、その南側の内モンゴル人を中国人につくり替えようとしている。同じプロジェクトなんですよ。
これには中華人民共和国と中国共産党の存在理由がかかっている。存在理由がかかっているから絶対にやるはずです。
このプロジェクトは、台湾の解放でピリオドを打つ。台湾の解放は、文字どおり中国とアメリカが正面衝突する話です。アメリカと正面衝突しようとこのプロジェクトは実行しなければならないというのが、中国の指導部が今、考えていることだと思います。
この話の最後はそこに行き着くと思いますが、その前に、新疆ウイグルの苛烈な政策の本質をしっかりと押さえておきましょう。
中国の政治には、抗争がつきものです。その抗争が、統治者の間の争いにとどまっていれば、人民に被害は及ばない。でも、このまま中国がこの苛烈な政策を強行していくと、場合によっては、人民もこの紛争の中に巻き込まれて、大きな損害を被ると考えられます。
例その1。統一中国ができ上がる前の戦国時代。いろいろな国、諸侯が争っていました。国が7つぐらいあって戦争を繰り返している状態ですから、これは内戦ではなく、敵の軍隊は外国軍なんですね。外国軍と戦って、勝てば数十万人の兵士を捕虜にしたりする。
趙の国(周代・春秋時代・戦国時代にわたって存在した国。戦国七雄のひとつ)だったと思うが、戦いに敗れてどうなったかというと、捕虜になった数十万人の兵士らにまず自分で穴を掘らせる。穴を掘らせ、その中に入らせて、上から土をかける。こうやって数十万人をすべて生き埋めにしてしまった。趙という国を二度と立ち上がらないようにするためのジェノサイドのやり方です。戦闘員が全員死んでしまうので、まだ村にいる非戦闘員はもう抵抗できない。そうしてだんだん同化が進んでいく。こういうことが中国の歴史ではよく起こるのです。
例その2。王朝が交代するときによく農民反乱が起こります。農民反乱が起こると無秩序状態になる。そんなときによく起こるのは、地主への襲撃です。借用証書が焼き捨てられ、土地の権利書が破棄され、地主はたいてい殺害されてしまうのです。それで、農民らは小作地を取り戻す。次の王朝がそれを正当化する。これがずっと繰り返されているのですね。多くの人民の犠牲の上に次の政権が成り立つというのが、中国の標準的なやり方なのです。
太平天国の乱は、キリスト教系新宗教の反乱ですが、1864年に鎮圧されるまでの13年間で、人民の死亡者は5000万人とも言われています。単一の事件でこれだけの人数が死ぬことはそうそうありえないわけです。
その後、抗日戦争、国共内戦があり、やはり数千万人の犠牲者が出ました。建国後も、反右派闘争などがあった。大躍進でも数千万人が亡くなっています。文化大革命でも数千万人の犠牲が出ている。そういうことは、中国では時々起こるし、中国共産党政権の下でも数千万人単位の人民の被害が少なくとも2回起こっているわけです。
反乱や革命が起こるたびに、膨大な数の人民が巻き添えになる。ウイグル問題を考えるときも、中国の政治メカニズムのそういう凶暴な本質があることを頭の隅に入れておいたほうがいいと思います。
帝国は多様性を包括する
中田 今、大躍進の話が出ましたが、私も中国といえば文化大革命の犠牲者の話がいちばん頭に浮かびます。ジェノサイドというとカンボジアのポルポトの話もモデルとしてありますね。
ここで少し本来の帝国とは何かということをお話ししてみたいと思います。
中国はもともと帝国ですし、イスラームも帝国ですし、ロシアも帝国であったわけです。我々イスラーム教徒としては、困難な道のりではありますが、今はばらばらになっているイスラームがひとつになって帝国として復活できることがいちばん望ましいことと思っております。それが私が唱えているカリフ制再興です。
帝国とは、もともと多民族を包括するものなので、同化主義はあまりとらないというのが基本です。その意味では、今の橋爪先生の中国の話は、帝国としては非常に邪道なやり方をしているのではないかと思います。帝国ではなく、むしろ民族国家、国民国家のほうに引き寄せて国をつくろうとしているのが今の中国です。
今、橋爪先生がおっしゃったように、新疆地区は地政学的にも非常に重要なので、テリトリーとして手放すことができない。そのテリトリーのかなりの部分がもともと異民族のものであるということは、中国にとっては大変都合が悪いわけです。で、いちおう形の上では異民族と共存するという体制をとりつつ、中身を全部入れ替えて中華民族にしてしまうという同化政策を現在推し進めていると。これはまったく帝国的ではありませんね。
イスラームを例にとると非常にわかりやすいのですが、本来の帝国は多民族・多言語・多宗教・多文化を包括する在り方であるはずで、それをひとつの民族、ひとつの言語でまとめ上げようとするのは、本来の帝国の在り方とは本質的に違います。その意味では、帝国の復活とは言いがたい。
現在、世界の覇権を持っているのが国民国家の理念なので、そちらに引きずられているにしても、今の中国はあまりに強引さが目立ちます。その点につきましては私もまったくそのとおりだと思います。
今の中国の在り方というのは、私の考えているような帝国の復活というところからも大きく外れています。私の考える解決策は、むしろ中国を本来の意味の帝国に戻すことです。
中華秩序の政治理念は儒教の王道です。王道とは仁義の徳による仁政、徳治であり、武力と権謀術数による暴力的支配である覇道のアンチテーゼです。軍や武装警察によって異民族を力ずくで抑え込むのではなく、異民族が政府の徳を慕って自発的に心服するようになるのが王化の理想です。
本来の中国の多民族、多宗教、多文化が共存するような中華帝国の王道に戻していくことができるのかどうか。今のまま中国が強硬策を続ければ、アメリカを中心とする同盟国の武力を背景にする紛争に発展する成り行きが十分考えられますね。この問題の究極は、そういう話につながっていくんじゃないかと思っております。


中国共産党帝国とウイグル
橋爪大三郎 中田考
© 集英社オンライン 提供
2021年9月17日発売
968円(税込)
新書判/272ページ
ISBN:
978-4-08-721184-9
大量収容、監視社会、思想改造、強制労働…
新疆ウイグルから香港、台湾へと広がる世界的危機
民族弾圧から読み解く中国リスクの本質
◆内容説明◆
「中国夢」「一帯一路」のスローガンの下、習近平体制以降ウルトラ・ナショナリズムに傾斜する中華人民共和国。急速な経済発展の陰では、ウイグル人をはじめとした異民族に対する弾圧が強化されていた。中国共産党はなぜ異民族弾圧、自国民監視を徹底し、さらに香港・台湾支配を目指すのか? そもそも中国共産党は法的根拠のない、憲法よりも上の任意団体にすぎない。その共産党がなぜこれほど力を持つのか?本書はウイグル問題を切り口に、異形の帝国の本質とリスクを社会学者とイスラーム学者が縦横に解析する。日本はこの「帝国」にどう対するべきか?
第一章 中国新疆でのウイグル人弾圧
第二章 中国共産党のウイグル人大弾圧
第三章 中国的ナショナリズムとは何なのか
第四章 専制君主、習近平
第五章 中国とどう向き合うか
第六章 日本に何ができるのか