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青函トンネルを貨物列車が通れなくなる?北海道新幹線「札幌延伸」の大問題

ダイヤモンド・オンライン 提供 青函トンネルから出てくる貨物列車 Photo:PIXTA
前回は北海道新幹線の札幌延伸にあたってJR北海道から経営分離される函館本線の廃止を巡る議論を取り上げた。だが、北海道新幹線を巡っては、もう一つの「貨物撤退論」が存在する。その背景にある「青函トンネル」の速度制限問題について解説する。(鉄道ジャーナリスト 枝久保達也)
並行在来線をめぐる議論に
左右される函館本線の存否

 前回は北海道新幹線の札幌延伸にあたってJR北海道から経営分離される函館本線の廃止を巡る議論を取り上げた。整備新幹線の開業にあたって並行在来線は地元自治体などが出資する第三セクター鉄道会社に経営移管され、地域密着の経営に転換される。
 ところが函館本線の場合は極端に利用者が少なく経営が成立しないため、沿線自治体が引き受けることができない。既に小樽~長万部間の廃止は事実上、決定しているが、本州と北海道を結ぶ貨物列車が多数運行される函館~長万部間にも廃止論が浮上している。では、同区間はJR貨物が所有すればいいのか。
 しかし、JR貨物は価格競争力を保ち、経営を成立させるために、JRなどの旅客会社に格安の線路使用料(アボイダブル・コストルール)を支払うことで貨物列車を運行している。つまり自前で線路設備を保有して運行するというビジネスモデルを取っていない。
 では函館~長万部間は廃止の運命をたどるしかないのか。鉄道貨物は北海道から撤退するしかないのか。そこでようやく国が重い腰を上げ、同区間を貨物専用線として存続させるため、国や自治体が鉄道設備を保有し、JR貨物に貸し付けるスキームの実現に向けて調整に乗り出したのである。
 本州と北海道を結ぶ貨物列車は、道外に輸送する北海道産農産物の3割を担うとともに、全国から北海道に向けて生活必需品を運んでいる。また北海道発着貨物はJR貨物の全収入の約8分の1を占めており、当然ながら同社は函館本線の維持を希望している。
 貨物にとっては国家的な重要幹線である函館本線の存否が、なぜ並行在来線をめぐるローカルな議論に左右されているのか。
北海道新幹線を巡る
もうひとつの貨物撤退論

 実は北海道新幹線を巡り、もうひとつの「貨物撤退論」が存在する。その背景にあるのが、現在、新幹線と貨物列車が共有する青函トンネルの速度制限の問題だ。
 青函トンネル構想は戦前から存在したが、1950年代に入って構想が具体化し、1961年に着工した。当初は在来線規格で設計されていたが、掘削途中の1971年に将来、新幹線が走行可能な設計に改められた。
 27年の工期を経て青函トンネルは1988年3月に開通し、当面の間は在来線の旅客、貨物列車が使用することになったが、1996年に整備新幹線として北海道新幹線新青森~札幌間の整備計画が策定。新幹線と貨物列車が共有する方針が示された。
 北海道新幹線新青森~新函館北斗間は2005年に着工。青函トンネル約54キロを挟む前後区間約82キロは、新幹線の用いる標準軌と在来線の狭軌いずれの列車も走行できる三線軌条方式で整備することになった。
 だが新幹線と在来線の線路共有は簡単な問題ではなかった。新幹線の安全性は、道路交通(踏切)や在来線から全く独立した専用の線路を走行することで保たれている。ところが、在来線の列車事故発生率は100万キロ当たり0.012件で、新幹線の同0.001件に対し10倍以上高く、貨物についてはさらに高い。
 特に危惧されたのが地震時の対応だ。交通政策審議会の整備新幹線小委員会が2012年4月にとりまとめた「収支採算性及び投資効果の確認」では、青函共用走行区間について「在来線(貨物列車、引用者注)は大規模な地震が発生した際に貨物が荷崩れ・散乱する可能性を完全には否定できない」と指摘している。
 速度が上がるほど運動エネルギーは大きくなるため事故時の被害も大きくなる。地震で落下したコンテナに時速260キロで走行する新幹線が衝突したら大惨事となるのは間違いない。また時速260キロの新幹線と時速100キロ程度の貨物列車がすれ違うと風圧でコンテナが荷崩れを起こしたり、変形したりするリスクも指摘された。
 そのため2016年3月の北海道新幹線新青森~新函館北斗間の開業にあたって、青函トンネルを挟む前後区間約82キロは、それまで青函トンネルを走行していた在来線特急「白鳥」と同様の最高速度時速140キロに制限することになった。
 しかし巨額の建設費を投じて建設する高速鉄道の速度を制限するというのはナンセンスだ。供用区間の最高速度が時速140キロに制限されると、東京~新函館北斗間の所要時間は時速260キロ運転と比べて18分余計にかかる。
 このままでは東京~新函館北斗間の所要時間は4時間、東京~札幌間は5時間を超える見込みで、投資効果が大幅に低減してしまう。そこで開業から当面は減速運転を実施するものの、できる限り早い段階、遅くとも札幌延伸開業までに供用区間の速度向上を実現しようという検討が始まった。
すれ違いの問題を
いかに解決するのか

 前述のように高速化を妨げる最大の問題は「すれ違い」だ。これを解決するためには、すれ違い自体を避けるか、すれ違いがあっても問題がないようにするかしかない。
 すれ違いを避ける最もシンプルなアイデアは、新幹線と在来線(貨物列車)の運行時間帯を分離するという案だ。だが列車本数の維持と夜間保守時間の確保を前提とすると、両者を完全に分離するのは不可能なので、新幹線専用時間帯は安全確認に必要な時間を含めて2時間程度しか確保できない。その場合、時速200キロ以上の高速運転が可能なのは1日1往復程度でしかない。
 もし完全な分離を行うとしたら最終的には第2青函トンネルの建設に帰結する。だが膨大な事業費をかけてまで建設するメリットがあるとは言えないし、第1青函トンネルほどでないにせよ、長い工期を要するため結局、高速運転が実現するのは相当先だ。
 一方、すれ違いを許容した高速化のアイデアとしては、トンネルの上下線の間に隔壁を設置し、物理的に分離するというものがある。一見、良さそうな案だが隔壁の自重にトンネルが耐えられるよう、アンカー打ち込みなど大規模な補強が必要となり、約1600億円もの事業費が見込まれる。またそれ以上に青函トンネル内での大規模工事は非常に難易度が高く、長期の工期を要する上、列車運行に多大な影響を及ぼすだろう。
 最も大胆なのは貨物新幹線の導入だ。新幹線と在来線のすれ違いが危険なら、新幹線と新幹線のすれ違いにしてしまう。つまり、貨物列車のコンテナを貨車ごと新幹線の車内に格納して高速走行する貨物専用新幹線を開発しようという案だ。
 非常に夢のある話だが、まったく前例のない車両、システムの開発は簡単な話ではない。在来線と新幹線の連絡貨物ターミナルの整備にも時間が必要だ。今なお高速化の切り札として期待する声も大きいが、札幌延伸開業まで9年を切った今、既に時間切れと言わざるを得ない。
 最後は発想の転換だ。速度差のあるすれ違いが危険なのだとしたら、すれ違う時だけ在来線特急並みの速度に減速すればよいのである。そこで現行の信号システムなどを活用して、すれ違い時のみ自動的に減速するシステムを開発しようというアイデアだ。
 だがすれ違いの問題は解決したとしても、コンテナの落下など線路支障を防ぐ手立てが必要となり、トンネル内にカメラやセンサーを設置し線路状態を常時監視するシステムの導入、または貨物列車の後部に監視・検知機能を備えた検査用車両を連結するなどの安全対策が必要で、構想の具体化には至っていない。
貨物列車撤退による
経済的なコスト

 では実際の速度向上はどのように進んだのか。まずは対策不要の速度向上策として、開業直後の2017年からすれ違い時の風圧測定や地震発生時のシミュレーションなど、最高速度の引き上げを目指した検証に着手。2019年3月から最高速度を時速160キロに引き上げ、所要時間の3分短縮に成功。これにより東京~新函館北斗間は最短3時間57分となり、ようやく4時間切りを達成した。
 続いて2020年以降、貨物列車の運行本数が少ない年末年始やお盆の期間限定で、始発から午後3時半頃までの間に青函トンネルを走行する新幹線上下各7本(計14本)で最高速度時速210キロ運転を実施することでさらに3分の短縮を実現している。
 とはいえ整備新幹線の最高速度時速260キロに及ばない「高速」運転ですら年に数日しかできないのが実情で、現状ではこれ以上の高速化は望めない。航空機に対して最低限の競争力を確保するには東京~札幌間を4時間半切りが不可欠で、青函共用問題の解決は必須である。しかし抜本的な解決策は開業に間に合いそうもない。
 そこで共用問題の根本的な解決案として浮上したのが、青函トンネルからの貨物列車撤退論であった。
 これは新函館北斗開業当時から存在した考え方で、例えば2018年から2020年にかけて開催された北海道経済連合会青函物流プロジェクトチームの報告書は「新幹線は高速化が図られてこそ、その本来の目的を達し得るものであり、後述する青函共用走行問題を根本的に解決することが必要である」として、貨物は「新幹線の高速化を犠牲にしてまで維持すべきものではないと考える」と結論付けている。
 本州~北海道間の輸送は海上輸送が約93%を占め、鉄道輸送は約7%にすぎない。海上輸送は軽工業品、農水産品、金属機械工業品が多くで東北・関東地方の割合が高い。鉄道輸送は農産品、食料工業品、宅配便が中心で、中部地方以西への遠距離輸送が多い。報告書は本州~北海道間の鉄道輸送量483.4万トン(2015年時点)を海上輸送に切り替えても、海上輸送の余裕輸送力で対応可能だという。
 だが、道内の鉄道貨物を廃止し、各地から港までの輸送をトラックに置き換えた場合、脱炭素の取り組みに逆行するだけでなく、相当数のトラックと運転手が必要になり、人口減少に伴うドライバー不足が進行する中で現実的な方策ではないという指摘がある。2019年にJR貨物がみずほ総研に委託して行った調査によると、トラック輸送への転換による経済損失は最大1462億円に達するという。
 一方で前出の報告書は、道内の鉄道貨物を存続させた上で、列車で苫小牧港や室蘭港まで輸送し、そこでトレーラーに積み替え、船舶に搭載して輸送する方式を提案している。これは日本通運が実際に行っている方式だ。
 プロジェクトチームの座長を務めた北海道大学公共政策大学院客員教授の石井吉春氏は、JR貨物のコンテナ輸送は船舶輸送に対して価格優位性を持っているが、これはアボイダブル・コストルールにより適切な費用負担をしていない数字であり、JR北海道・JR貨物ともに持続可能性が低いと指摘している。また輸送日数を見ても、鉄道貨物は多くの地域で海上輸送よりも日数がかかっており、鉄道貨物の優位性は低いと主張する。
 しかし国交省の「鉄道物流のあり方検討会」にも参画した、ある物流関係者は鉄道輸送と海上輸送の併用は輸送コストと輸送時間がかさみ、これまでの鉄道輸送の優位性が減殺されると指摘する。報告書案についても「トラックによる港湾~貨物駅間の短距離継送と荷役作業が発生し、コスト的に成り立たちにくく、メリットを見いだしにくい」として、日本通運の事例は小規模だから成り立っているのだろうと話す。
 そうなると「道内の鉄道輸送を残した上で海上輸送に転換したとしても結局、最終消費者や荷主までの発着は陸送が必要になるので、コスト的に道内も陸送せざるを得ない」。それでも鉄道貨物を維持するなら「苫小牧、八戸双方の鉄道・港湾直結や、積み替え時の無人荷役などの、ドラスチックかつハードルの高い施策を、国主導で進める必要がある」とした。
 結局、こちらも実現には多額の費用と長い時間が必要で、札幌延伸までに間に合うような話ではない。
宇都宮~盛岡間の時速360キロ化で
鉄道貨物撤退論が変わる可能性

 前述の北海道経済連合会は、2021年にも「物流プロジェクトチーム」を設立しているが、ここでは「北海道と本州を結ぶ『全輸送力』の維持・強靭化」のために鉄道貨物の存続さらには機能向上を求めるという、前回とは異なる結論になったのである。
 報告書は「現在、青函ルートにおいては、『青函共用走行区間』と『並行在来線(函館・長万部間)』における貨物輸送の在り方に関する議論がなされている。これらは、個別に議論、報道されることが多いため、別々の問題としてとらえられがちであるが(略)北海道・本州間の輸送においては、双方が同時に機能する必要がある」と指摘。
 青函共用問題についても「『旅客輸送のニーズ』をベースにしつつも『貨物輸送のニーズ』も含め、双方から十分な議論がなされるべきである」として、新幹線を優先する議論に批判的だ。
 結局、この問題の結論は北海道新幹線の所要時間短縮を、どの程度、重視するかによって変わってくる。時速160キロから時速260キロに引き上げた場合の短縮効果は約15分で、これにより東京~札幌間4時間半を実現しようというのが貨物撤退論のキモである。
 国交省が2012年に公表した試算によると、盛岡以北を最高速度時速260キロ、うち共用区間は時速140キロで走行した場合の東京~札幌間の所要時間は5時間超。一方、共用区間を含む盛岡~札幌間を時速320キロに引き上げた場合、東京~札幌間の所要時間は4時間33分となる。
 実際、2019年に新函館北斗~札幌間、盛岡~新青森間の最高速度引き上げが決定したが、共用区間は依然として時速160キロ止まりで、所要時間は4時間48分程度というインパクトに欠ける数字となる。
 ところが思わぬ形で4時間半は達成できそうな情勢だ。当時は想定されていなかった、JR東日本が目指す東北新幹線宇都宮~盛岡間の時速360キロ化である。試験車両「ALFA-X」による走行試験が順調に進んでおり、札幌延伸に合わせて高速化されるとみられる。
 時速360キロ化による時間短縮は約15分と推測されており、共用区間を時速160キロに制限してもなお目標の4時間30分程度を達成できる計算だ。そうなると貨物撤退の大義名分は無くなってしまう。
 いや、貨物を廃止することで4時間15分、さらには4時間切りも可能になる、実現すべしという考えもあるかもしれない。だが、物事にはバランスがある。共用を前提としたすれ違い減速システムの実用化など現実的な範囲での高速化では不足なのか。不可逆的な鉄道貨物の廃止までしなければならないことなのだろうか。
 一方で貨物側からの歩み寄りの可能性も残されている。JR貨物の農産品輸送は季節ごとの需要の変動が大きく、青函トンネルを走行する貨物列車は定期列車40本に対し臨時列車が11本設定されている。前述の時速210キロ運転は、この臨時列車が運行されない時期に行われているのだ。
 また上りと下りで需要が大きく異なるため、空コンテナの回送が多く、輸送コストを押し上げている。ピーク時の料金を値上げするなど、需要をコントロールすることで経営効率の向上が可能との指摘もある。需要が平準化されれば新幹線と貨物のすみ分けがよりスムーズになるはずだ。
 新幹線も貨物列車も、どちらも北海道にとって必要な存在であり、それぞれ異なる使命がある。どちらにも利点と欠点はあるが、最適解はその中間にある。現状を追認するのではなく、その先を見据えた議論が求められる。