Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

ロシア住民投票で急激に高まる「核使用」の現実味

もはやプーチン大統領による脅しだと侮れない
亀山 陽司 : 著述家、元外交官
2022年09月28日


ロシアが独断で行ったウクライナ4地域のロシアへの編入に関する住民投票によって、ウクライナ戦争は新たな局面を迎えようとしている


ロシアが事実上の支配を確立している地域であるウクライナ東南部の4州、ドネツク、ヘルソン、ルハンスク、ザポリージャにおいて、9月23日から27日の期間に、同地域のロシアへの編入に関する住民投票を実施した。結果はまだ明らかになっていないが、"賛成多数”で4州はロシアに編入される可能性が高いとみられている。長期化するウクライナ戦争はこの投票によって新たな局面を迎える。
「安全保障」と「歴史的正義」を主張
ウラジーミル・プーチン大統領は21日、住民投票について国民向け演説の中で、これらの地域の住民が「自らの未来を自ら決定したいという真摯な思いに応えないわけにはいかない」「住民投票の実施のための安全な状況を保証するためにできる限りのことをする」と述べた。そして、「いかなる結果であろうとわれわれはそれを支持する」と言ったのである。
つまり、住民投票によってロシアへの編入が可決されれば、ロシアはそれを受け入れ、ウクライナの一地域であった領土をロシアのものとすることになる。
これは一体いかなることであろうか。第二次世界大戦以後、このような形であからさまに領土を拡大するようなことがロシアのような大国によって行われることになろうとは思いもよらなかったことである。それも、2014年のクリミア「併合」に続いて、2度目である。ロシアはどこまで行こうというのか。
ロシアや4地域の代表者らが主張する住民投票の根拠は、「安全保障」と「歴史的正義」である。安全保障というのは、「ウクライナ軍が攻撃してくるから」ということに尽きるのだが、特に生活インフラへの攻撃を問題視している。
これは前線の奥地に位置する都市や集落への砲撃、ドローン攻撃などを意味している。ウクライナに供与されたハイマースといった攻撃兵器によって可能になったものなのだ。プーチン大統領は、アメリカや北大西洋条約機構(NATO)がウクライナに武器を供与することによってウクライナを利用してロシアを破壊しようとしているといって怒っているのである。
勝手と言えば勝手な話ではある。しかし、アメリカがそのような意図を持っていないかと言えば、「持っていません」と心から言えるアメリカの要人は少ないのではないだろうか。
では、「歴史的正義」とはなんだろうか。これは、プーチン大統領も演説の中で「歴史的土地であるノヴォロシア」として言及している。ノヴォロシアとは、まさにドンバス地域(ドネツク、ルハンスク)やクリミア、ヘルソン、ザポリージャ一帯を指す地域名称であり、「新ロシア県」という行政地区が定められていたことがある。
拙著『地政学と歴史で読み解くロシアの行動原理』で当時の経緯について説明してあるので興味がある読者には読んでいただきたいが、簡単に言えば、18世紀の後半、エカテリーナ女帝の時代にオスマン帝国と戦われた二度の露土(ロシア・トルコ)戦争によって、当時のクリミア・ハン国というタタール系国家の支配領域をロシアが獲得した。
その地域に設定されたのが新ロシア県、すなわちノヴォロシアであった。その領域はアゾフ海沿岸部からクリミア、ドンバス、ザポリージャ、ヘルソン、オデーサまでを含むものであり、まさに住民投票によってロシアへの編入が問われようとしている地域なのである。
4地域併合でウクライナ紛争は新たな局面へ
住民投票に基づく4地域のロシアへの併合によって、ウクライナ紛争は新たな局面を迎えることになる。
これまでのロシアの「特別軍事作戦」は、ロシアが独立を承認したドンバスの解放に同盟国として協力するという建前だった。しかし、これらの地域がロシアに併合されることになれば、これはロシアそのものの「防衛」ということになる。外国のために戦うというのは、同盟に基づく協力であったり、介入であったりするわけだが、国土を防衛するというのは国家の基本行動であり、義務である。
つまり、これまではロシア軍の一部による「作戦」として戦闘が遂行されていたわけだが、防衛行動となると、持てる軍事力をすべて投入し、場合によっては総動員をかけて戦う大義名分となり得る。
これはウクライナを見ればわかる。ウクライナは国家防衛のために総動員をかけ、成人男子のほとんどが徴兵されているため、兵員の数ではロシア側を圧倒している。それが、ロシアの「作戦」を食い止め、紛争が長期化している原因である。
しかし、ロシアが大義名分を得て国民の支持の下に兵力の投入を拡大することになればどうなるか。これが、紛争が新たな局面を迎えるということの意味である。
確かに戦闘経験や軍事の技能を有する予備役を部分動員することについては、ロシア国民の中にも動揺が見られる。国外に逃亡しようとしている人が急増しているとの報道もある。しかし、徴兵の忌避は処罰の対象になるし、いつまでも逃げ続けられるわけもない。ウクライナは国家総動員体制で戦っているのである。
一般人を戦闘に動員するリスク
問題は一般人が戦闘に駆り出されることでどのような結果が生まれるのかということだ。ロシアではこれまでに比べて社会不満が強まるリスクが高くなるだろう。ウクライナは侵攻されたたためにやむを得ず戦わざるをえない状況に追い込まれているのだが、ロシアはやめようと思えばやめられる立場にある。
この状況で一般市民を戦闘に動員するというのは、一般社会において受け入れ許容の範囲を超える可能性がある。そうなると、プーチン大統領への高い支持率が急激に下がる危険性がある。
しかし、ロシアがウクライナによって、そしてその背後にいるアメリカとNATOによって攻撃されたとしたらどうだろうか。「祖国防衛」のために戦わざるをえないという状況が生み出されることになる。
ドンバス、ヘルソン、ザポリージャのロシアへの編入という事態は、ウクライナ側が攻勢に出て攻め込もうとしている地域をロシア領にすることで、「祖国防衛」の大義を生み出そうということなのである。
国民は部分動員と「歴史的ロシア」の回復という2つの出来事を同時に突きつけられることになった。プーチン政権による対ウクライナ戦略は国民の反発や支持率までを十分に検討して決定されていると言わざるをえない。
看過できない核使用の可能性
もう1つの大きな問題が核の使用の可能性である。プーチン大統領は21日の国民向け演説で、核兵器を含むあらゆる手段を行使しても、ロシアの領土一体性、独立、自由を保障するのだと宣言した。これはただの脅しだろうか。そうではないだろう。国民の動員による戦争に突入しようとしている今、もはやただの脅しとして侮るわけにはいかない。
核の使用のきっかけとして最も可能性があるのはザポリージャの原発への砲撃だ。ロシア、ウクライナ双方が相手側による砲撃だとして互いに非難しているが、実際に同原発を占拠しているのはロシア側。ロシア支配地域の北端にあり、前線に位置しているため非常に危険である。
ザポリージャ併合後に万が一ここに砲弾があたり、原発事故が発生すれば、ロシア側はこれをロシア領への「核攻撃」として受け止める可能性が高い。そしてそれに対して核による報復に出る可能性もあると考えられる。そう考えると、核の使用まで秒読み段階にあるのかもしれない。
そもそもこの紛争は、ウクライナのNATO加盟を防ぎ、中立化しようという安全保障上の取引がアメリカやNATO側に受け入れられなかったことから、実力によってそれを実現しようとして始まったものである。
当時の戦略目標はもう1つあり、それがドンバスの解放であるが、それもロシアへの編入ではなく独立であった。3月には停戦交渉が大詰めまでいったが、結局ウクライナ側が引き返してしまった。
ロシア側は、この交渉決裂はアメリカの介入があったものだと考えている。つまり、ドンバスの解放・独立、ウクライナの非武装中立ですぐに決着できるはずが、ここまで長期化し、さらに一般国民の動員まで踏み込ませたのは西側のせいだと認識しているのだ。
アメリカによる武器供給が長期化を招いた?
アメリカは、ウクライナへの兵器の供与でロシア軍を撃退し、この紛争を終結させることができると考えたのか。ロシア相手にそんなに簡単にいくはずがないことはアメリカもよく理解しているはずだ。
とすれば、兵器の供与はウクライナの攻撃能力を高め、紛争を長引かせる結果をもたらすほかない。そういう意味では、紛争をエスカレートさせ、ロシアが国民の動員にまで進む理由を与えたのも、ウクライナを助けようとしたアメリカの善意だったというのは皮肉なことだ。
いずれにせよ、一般国民が戦闘に参加するようになれば、世論がこれまで以上に過熱することは必定だ。そうなれば、3月の停戦交渉の際にロシア軍がキエフから撤退したように、政府主導での戦略的な撤退といった駆け引きが困難になり、無定見な力と力のぶつかり合いで行くところまで行ってしまう。国と国が国民を総動員して戦うというのはそういうことなのである。