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安倍総理の志は死なない!!

国境を越えた「暴走」? 中国が海外54カ所に設置している“警察署”とは

(北村 淳:軍事社会学者)
 カナダは、香港の中国への返還(1997年7月1日)に伴って、その前後数年間に香港から大量の移民を受け入れた。その際、経済的要件(一定額以上の投資をカナダで行う、一定額以上の資産を保有する、など)による移民受け入れ枠を拡大したため、香港からだけでなく中国からも多数の移民がカナダに殺到した。
 香港をはじめとする中国系移民で溢れかえったカナダ西海岸の商都バンクーバーは“ホンクーバー”と称されたこともあったくらいである。
 ただし、いわゆるかつての移民やチャイナタウンの一般的イメージと違い、それら多くの中国系移民は富裕層であり、中国系移民の多くが高級住宅に居住し高級車を乗り回していた。そのため、一般の白人たちから“やっかみ”に基づく反発を受ける状況も見受けられた(それまでもバンクーバー周辺に中国系移民は少なくなかったが、白人優位社会であったことには疑いの余地はなかった)。
 その後も、教育熱心な家庭の中国系移民が続々と優秀な大学へ進学するため中国系以外の人々が入学するのが難しくなってしまった、などという軋轢も生じることになった。
 だが、香港返還から時間が経過するにつれ、企業経営者や地主が中国系という状況が普通になってしまい、表面だった反感は低調になっていった。
カナダ居住の中国人を取り締まるサービスステーション
 すでに香港返還から四半世紀が経過し、カナダ生まれの中国系2世も成人しつつあり、カナダ社会における中国系の力はビジネス分野だけでなく政治分野でも強まりつつある。
 一方で、最近の米中対立、NATOによる中国警戒姿勢などと歩調を合わせて、中国の覇権主義的拡張政策に警鐘を鳴らす勢力も少なくない。
 たとえば一部のメディアは、「中国当局はカナダに居住する中国人を取り締まるための出先機関、サービスステーションをカナダ国内に設置してオーウェル的警察国家の支配力をカナダにまで広げている。トルドー政権はこのような状態を黙認していてけしからん」と、カナダ政府および中国当局の海外での警察活動を批判している。
 この報道を受けて、米軍関係者の対中強硬派も、中国当局による海外での“警察活動”を中国政府による侵略活動の一環として問題視し始めている。
 このような論調が引き合いに出しているのは、スペインに本部を置く人権(とりわけ中国国内での人権状況)監視団体「セーフガード・ディフェンダーズ」が9月に発行した「海外110番:中国の国境を超えた警察の暴走」(以下「海外110番」)というレポートである。
「海外110番」によると、本年(2022年)7月時点において、中華人民共和国公安部(中華人民共和国国務院を構成する行政機関であり中国の国家警察組織)傘下の福建省福州公安局が22カ国32カ所にサービスステーションを設置しているのを確認しているという(このレポートによると東京にもサービスステーションは設置されており、その住所も明らかにされている)。
 中国当局によると、この海外出先警察署のようなサービスステーション設置の目的は、ここのところ中国当局が手を焼いている海外居住の中国人による詐欺・通信詐欺・オンライン詐欺を取り締まるため、とのことである。そして中国当局は、これに類似する活動は中国以外の多くの諸国の大使館でも実施しており何ら問題にされるべきではない、としている。
 たしかに海外に居住する中国人による、いわゆるネット詐欺は深刻化しており、中国政府はこの種の犯罪を取り締まるための新法を制定(2022年9月2日)し、2022年12月から施行することになっている。この法律に基づいた海外での取り締まりを、上記の福州公安局が運営する32のサービスステーションに加えて、浙江省青田公安局が17カ国22カ所にサービスステーションを開設することもセーフガード・ディフェンダーズは確認している。
人権侵害を伴った警察活動か
 海外110番によれば、サービスステーションは海外における出先警察署のようなものではあるとはいえ、海外居住中国人を逮捕拘束するような警察権の行使はせずに、中国に帰国するように勧告や説得を行う活動をしているようである。実際に、2021年4月から2022年7月までの間に、およそ23万人の海外居住中国人が中国に戻ったとされている。
 これだけの数の人々が説得(脅迫)に応じて、刑事責任を追求されるであろう中国に帰国したのは、海外110番によると、海外での説得工作と連動して、中国国内で家族や親族に対する様々な迫害が行われているからであるという。
 反中国共産党政府的立場が色濃いセーフガード・ディフェンダーズの指摘であるため、それだけで真偽を判断するわけにはいかないが、海外にサービスステーションを設置しての在外自国民取締活動は、人権侵害を伴った警察活動である可能性は高い。
 いずれにせよ、アメリカとしては武力によっての対中抑制は、核威嚇競争というリスキーなレベルに持ち込まない限り成功がおぼつかない状況に立ち至ってしまったため、当面の間は中国当局による人権侵害を騒ぎ立てて対中包囲網への参加勢力を拡大していくことも1つの有効な戦術と考えられている。そのような観点から、中国公安当局による海外でのサービスステーション設置の動きは安全保障問題として捉えられ始めたのである。