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都市ガス脱炭素化の切り札「合成メタン」の勝算


技術開発に本腰を入れる東京ガスや大阪ガス
岡田 広行 : 東洋経済 解説部コラムニスト
2022年10月21日
2020年10月に政府が「2050年カーボンニュートラル」(脱炭素化)の方針を打ち出したのをきっかけに、その実現に向けた新たなエネルギー技術の研究開発が本格的している。天然ガスを原料にする都市ガス分野もその1つだ。
東京ガスや大阪ガスは、天然ガスと成分がほぼ同じだが、環境中に含まれるCO2を原料とするために燃焼させてもCO2排出総量を増やさない「合成メタン」の実用化に力を入れ始めた。「メタネーション」と呼ばれる技術だ。
矢加部久孝・東京ガス執行役員(水素・カーボンマネジメント技術戦略部長)は「(実用化されれば)電力では賄うことの難しい、高温の熱を必要とする分野の脱炭素化ができる」と話す。この技術は、液化天然ガス(LNG)輸送船や都市ガス導管(パイプライン)など既存の設備をそのまま使うことができることもメリットだという。
研究開発を進める東京ガス、大阪ガスへの取材を通じ、実用化への課題を探った。
2030年に都市ガスの1%置き換えを目指す
今年3月、東京ガスの横浜市内の研究所の一角で、メタネーションの実証設備が稼働した。水素とCO2を原料に「サバティエ反応」と呼ばれる既存の技術を用いて、都市ガスの主成分であるメタンを製造する。高さ約9.2メートルの櫓のような建物には、反応器と呼ばれる筒状の装置が縦に並ぶ。触媒を用いた化学合成技術により、投入したCO2の98%をメタンに変えることができる。実証設備は日立造船が製作した。
生産能力は1時間当たり12.5ノルマル立方メートルと、標準的な家庭の使用量に換算して260世帯が使用する程度。小規模な施設だが、東京ガスは実証実験を通じて実際に高純度のメタンを製造できることを確認した。
研究所の敷地内ではその後、太陽光発電設備や水素製造用の水電解設備が順次稼働し、2023年1月には近隣の清掃工場の排ガスから分離・回収したCO2を用いたメタネーションの実験を始める予定だ。
東京ガスは2020年代半ばには国内の工業団地などで、1時間当たりの生産量が数百ノルマル立方メートル程度の中規模実証実験を開始する。製造した合成メタンは導管に注入して都市ガスとして使用する。さらに海外で量産設備を稼働させて製造した合成メタンを輸入し、2030年時点で都市ガスのうち1%を合成メタンに置き換える。
大阪ガスも研究開発を加速している。同社は資源大手INPEXと、同社長岡鉱場内から回収したCO2を用いて合成メタンを製造する実証実験を2024年から翌年にかけて実施する。製造能力は毎時約400ノルマル立方メートルと、国内では最大級となる。これとは別に、生ゴミを発酵させて生成したバイオガスに含まれるCO2と、再生可能エネルギー由来の電力を用いて製造した水素を化学反応や生物反応させて合成メタンを製造する実証実験を2025年開催の大阪・関西万博で実施する。
ただ、合成メタンを天然ガスと同じように使用できるまでには乗り越えるべきハードルがいくつもある。その最大の課題がコストの低減だ。
2050年のコスト削減目標は?
「2050年までに合成メタンの価格(製造コスト)が、現在のLNG価格(40~50円/ノルマル立方メートル)と同水準となることを目指す」
2021年に発足した「メタネーション推進官民協議会」ではこのような目標が設定された。2021年6月に閣議決定された政府の「成長戦略実行計画」では、「2050年には、既存のガス供給インフラにおいて合成メタンを90%利用し、水素直接利用等の手段と合わせて、ガスの脱炭素化達成を目指す」と明記された。
東京ガスによれば2030年時点での合成メタンの目標コストについて、水素製造のコストダウン技術の導入および、水の電気分解に必要な海外の安価な再エネ電力の確保を前提とした場合でも、約120円/ノルマル立方メートルと、2050年の目標コストであるLNG価格相当の40~50円/ノルマル立法メートルを大きく上回る。120円のうち、再エネ電力のコストが半分以上を占めている。さらに小規模実証段階の現在、製造コストは2030年時点の目標コストよりもはるかに高いとみられる。
コスト面での課題をクリアするためには、(1)合成メタンの原料の1つである水素の製造に必要な安価な再エネ電力の調達の実現、(2)合成メタン製造時のエネルギー変換効率の向上が必要とされる。
このうち(1)については、大量かつ低コストの再エネ電力の確保がカギになる。日本では再エネ電力のコストが高いため、海外に装置を設置し、現地の再エネ設備で発電した電力を用いることが有力な選択肢とされている。原料となるCO2を効率的に集める技術の開発も急がれる。
(2)のエネルギー変換効率の向上については、大阪ガスが「SOECメタネーション」と呼ばれる革新的な次世代技術の実用化に向けての第一歩を踏み出した。同社はエネルギー変換効率で世界最高レベルの高効率を実現する技術としてSOECメタネーションを位置付けている。
大阪ガスは2021年1月、同技術の実現のカギとなる、新型の固体酸化物を用いた電気分解素子(SOEC)の実用サイズのセル(プレート)の試作に国内で初めて成功したと発表した。SOECメタネーションの特徴の1つとして、原料として水を用い、製造にコストのかかる水素の調達の必要がないことも挙げられる。
エネルギー変換効率80%を確認へ
SOECメタネーションでは、再エネ電力で電気分解することにより、水とCO2から水素と一酸化炭素(CO)を生成。さらに触媒反応によりメタンを合成する。高温(約700~800度)状態で電気分解することにより、必要な再エネ電力を削減できるうえ、メタン合成時の排熱を電気分解プロセスに有効利用することで、従来のメタネーション(約55~60%)よりも高い約85~90%のエネルギー変換効率が期待できるという。大阪ガスによれば、「2028~2030年度には、エネルギー変換効率80%を見通せる水準をパイロットスケール試験にて確認する予定」だという。
SOECメタネーションの研究開発を指揮する大西久男・大阪ガス・エネルギー技術研究所エグゼクティブリサーチャーは「今後、セル1枚ごとの能力を上げるとともに、セルを積み重ねて合成メタンの発生量を増やしていきたい」と意気込む。
大阪ガスではこのSOECメタネーションに必要な低コストの素材開発も進め、2030年頃に技術を確立。そして設備の大型化や再エネ電力価格の低下により、2050年に現在のLNG価格並みのコスト(50円/ノルマル立方メートル)への低減につなげたい考えだ。
SOECメタネーションについては、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が公募した「グリーンイノベーション基金事業」の1つに採択され、事業規模約254億円(2022年度~2030年度)のうち約204億円が国によって支援されることが決まった。
東京ガスも革新的なメタネーション技術の実用化に取り組む。冒頭の実証設備で使用されているサバティエ反応とは別の「PEMCO2還元」と称する技術で、水電解に用いられているPEM(固体高分子膜)を利用した電気化学的な還元により、水とCO2から直接メタンを合成する。水素ではなく、水を原料に利用するという点では、SOECメタネーションとも共通している。
熱需要面でもカーボンニュートラルが必須
「水を原料として用いるため、簡易なシステムにより抜本的な低コスト化が可能」と東京ガスは説明する。大阪大学との共同研究であるPEMCO2還元も、グリーンイノベーション基金事業に採択された。2022年度~2030年度の9年間をかけて、エネルギー変換効率の向上などに取り組む。事業規模約42億円のうち、国から約38億円の資金支援を得る。
メタネーションについては、燃焼時に発生したCO2を合成メタンの生産国と消費国のどちらに帰属させるかなど、国際ルール上の未決定の課題もある。天然ガスなどの熱需要は、産業・民生部門のエネルギー需要の約6割を占める。2050年時点でのカーボンニュートラル実現には熱需要面でのカーボンニュートラルが必須であり、メタネーションはその有力な候補として期待されている。