Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

習近平の中国、「思想」が権力を正当化し維持する

「指導」と「監視」で14億人が無言になる国家
薬師寺 克行 : 東洋大学教授
2022年10月27日
かなり前の話になるが2007年の年明け、駐日中国大使だった王毅氏に声をかけられ東京・港区の中国大使館に出かけたことがある。王毅氏から持ち掛けられたのは、4月に来日予定の温家宝首相が日本の国民との距離を縮めるために滞在中のイベントにいいアイデアはないかという相談だった。
当時の日中関係は東シナ海のガス田問題などが横たわり必ずしも良好とは言えなかっただけに、王毅氏の対応から中国が温首相訪日を機に日中関係を改善したいという意欲を感じた。
日本国民はもちろん日本の大半の政治家やマスコミにとって胡錦涛主席ら中国のトップクラスの政治家は限りなく縁遠い存在だった。私は来日中、温首相が記者会見を行いフランクに質問に答えたり、マスコミの個別のインタビューに応じて肉声を伝えてみてはどうかと提案した。
その時、王毅氏は驚いたように目を開き、私の提案に直接答えることはしなかった。駐日大使にとって温首相は雲の上の存在であり、記者会見などとても提起できる立場ではなかったのだろう。
西側諸国との外交関係に比較的柔軟だった胡錦涛主席や温家宝首相でさえ、中国国内においては圧倒的存在だった。今月、開かれた中国共産党大会で異例の3期目に突入するとともに、党幹部の大半を自派で固めて一気に権力の集中を実現した習近平主席がどれほど圧倒的な存在となったかは想像に難くない。
習近平の「思想」を前面に出した
その習近平氏が党大会で行った活動報告の演説には、5年前のものと比べるといくつかの変化があった。その最たるものはこれまで以上に「思想」を前面に出し比重を置いていたことだった。
いうまでもなく最も重要なキーワードは「新時代の中国の特色ある社会主義」だ。このほかにも「社会主義現代化強国」「小康状態」「共同富裕」「生態文明建設」「愛国統一戦線」「人類運命共同体」などなど、われわれにとっては耳慣れない用語が頻繁に登場する。しかし、過去の習近平氏の演説などによほど精通していなければ、その意味を理解することは難しい。
元オーストラリア首相のケビン・ラッド氏は、英国の新聞Financial Timesで習氏の演説を「過去 40 年間に見られたものよりも、トーンや内容がイデオロギー的だ。20世紀半ばまでに中国を世界の大国にするという習主席の野望を推進するマルクス・レーニン主義の世界観を強調している」と評している。
米ソ冷戦のイデオロギーの時代はすでに過去のものとなり、日本や欧米の主要国の政治は目の前の課題にいかに効果的に対処するかという現実主義、あるいは国民の支持を得るためのポピュリズムに走っているが、中国は正反対を向いているようだ。
すべての活動において共産党の「指導」を堅持
その中核をなす「新時代の中国の特色ある社会主義」とはどういう内容なのか。
昨年11月に公表された「歴史決議」には、「中国の特色ある社会主義は、現代中国のマルクス主義、21世紀のマルクス主義であり、中華文化と中国精神の時代的成果であり、マルクス主義の新たな飛躍を実現している」と記されている。源流はマルクス主義であると権威付けしているが、そのまま適用するのではなく中国流にアレンジしている。それが「中国の特色」を指しているのであろう。
では何が中国流なのか、今回の演説でもいくつか具体的に言及している。その中で最も重要なポイントは、あらゆる面での「共産党の指導の堅持」だ。
前回2017年の党大会の演説で習近平氏は「党・政・軍・民・学の各方面、東・西・南・北・中の全国各地について党はすべての活動を指導する」という表現で、国中のありとあらゆる分野を党がすべて「指導」するとした。中国国内に共産党の目の届かないところはないという意味である。この強烈な表現に多くの専門家が驚いた。
今回の演説に同じ表現はなかった。代わりに「党の全面的指導を堅持し強化する。党中央の権威と集中的・統一的指導を断固守り、党の指導を党・国家事業の分野・各方面・各段階で徹底して、いざというときに党が終始全人民の最も頼れる大黒柱となるようにし、わが国の社会主義現代化強国建設の正しい方向を確保」と言及されている。党指導体制はいっそう、強化されていると読むことができる。
そのうえで「新時代の中国の特色ある社会主義」については、「人民至上を堅持」「全人民の共同富裕を目指す」「物質文明と精神文明のバランスの取れた現代化」「平和発展の道を歩む」「世界のためを思う」などというきれいな言葉が列挙されている。われわれが知ることのできる中国の現実を思い起こせば、こうした言葉が空疎に響くだけでなく、実際に中国が行っていることと正反対の内容が列挙されているように見える。
「思想」は最高権力者を正当化する
そもそも「新時代の中国の特色ある社会主義」と題する思想がなぜ中国の最高指導者には必要なのか。
日本をはじめ先進民主主義国での為政者の権力は、国民が参加する選挙の結果によって正統化される。選挙に勝つことで大統領や首相は国民から合法的に権力を付与され行使できる。もちろん失敗すれば次の選挙でその力を失うことになる。
これに対し中国では、ごく限られた党幹部が密室で権力闘争を繰り広げ、まったく不透明な形で最高権力者が選ばれる。今回も党大会終了後、習近平主席が6人を引き連れて登場するまで、誰が最高幹部になるのかはまったくわからなかった。
では中国の国家主席や党総書記という最高権力者の地位は何によって正統化されるのか。
その一つが「思想」なのだ。習近平氏が主張する思想が憲法や共産党規約に盛り込まれ権威づけられることによって、習近平氏の権力が正統化される。習近平氏がその思想に基づいて重要政策などを決定し実行しようとすることにだれも異論をはさめない。そればかりか、かつての文化大革命のように大衆を動員することも可能になる。
民主主義的な手続きによって権力を正統化できない権威主義国家の最高権力者にとって「思想」は自らを正統化し、権力基盤を強化するために不可欠な要素なのだ。
しかし、それは同時に独裁者の弱点でもある。習近平氏が思想に比重を置かざるをえなかったのは、2012年にトップに就任してから10年間、党幹部らの腐敗追及や軍事力の近代化などを除き、広く国民の支持を得るだけの成果を出せなかったことの裏返しでもある。
江沢民、胡錦涛氏ら習近平氏の前任者は、鄧小平氏の「改革開放路線」が実現させた急速な経済成長が生み出す富の分配という果実で自らの地位を正統化できた。習近平氏にはそうした成果が乏しい。ゆえに「社会主義現代化強国」「中華民族の偉大な復興」などという言葉でナショナリズムを煽るとともに思想性を強調しているのだろう。
「指導」から「監視」へ、14億人が無言となる
そして今、習近平氏の言う「党の指導」は形を変えて「党の監視」に変貌しつつある。情報化社会の最先端技術を駆使して中国は、国民一人ひとりの言動を把握し取り締まる監視社会の構築に邁進している。思想という枠をはめるとともに、テクノロジーを使ってすべての不満分子を抑え込むというこれまでに例のない統治システム構築への挑戦でもある。
民主主義は確かに多くの誤りを繰り返し、昨今は権威主義に対して劣勢にあると言われている。国民の一時的な気まぐれで政権が交代し、ポピュリズムが広がり、合理的な政策がゆがめられている。それでも権力中枢の意思決定に関する情報は開示され、国民はマスコミによって事実を知り、議論し、それぞれが自発的に判断することができる。選挙で間違った選択をした場合には反省することも可能だ。
一方、習近平氏にますます権力が集中する中国では、今まで以上に重要な政策が短時間で効率的に決定され実行されていくだろう。同時に、そうした政策に異論をはさむことが一層、困難になっていく。国民がいくら疑問や不満を持っても声を出すことができない。14億人が無言となる国家だ。仮に習近平主席の政策が素晴らしいものであっても、やはりこんな国には住みたくない。