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安倍総理の志は死なない!!

「乳を搾るな」と国内で生乳を減産しているのに…義務でもないのに日本が乳製品を大量輸入する理由

バター不足を解消した矢先に、新型コロナで需要が急激ダウン
日本の酪農家が窮地に陥っている。
搾乳したくても「乳を搾るな」と生乳の減産を求められる。なのに、日本は大量の乳製品を輸入しているという。
一体どういうことなのか。農業経済が専門で生乳の流通に詳しい北海道大学大学院の清水池義治准教授に話を聞いた。
「まず酪農家が苦境に立たされている要因ですが、一つは乳製品の過剰在庫。2008年から2015年にかけて国内で深刻なバター不足が起きたことを受け、酪農乳業界は生乳の生産を増やす努力をしてきました。その成果が2020年ぐらいから出てきて生乳の生産が増え始めた矢先に、新型コロナの感染拡大で観光と外食産業での需要が落ち込み、業務用乳製品の在庫が急増してしまったんです。
生乳の供給が過剰になった場合、保存が利く脱脂粉乳やバターに加工して調整します。今は脱脂粉乳が非常にあまっていて、去年、在庫が過去最高水準に達しました。そのため酪農家は、生乳を減産せざるを得ない状況に追い込まれています」
乳業メーカーなどでつくる業界団体のJミルクは1月、2023年度末の脱脂粉乳の在庫量が過去最高になるとの見通しを発表。また、2023年度の全国の生乳生産量は2年連続で減産となる見通しだという。
「北海道には、農協から生産抑制の協力を求められて生乳を廃棄する酪農家もいるようです」
国は生産の抑制を後押ししている。今年の3月から9月までの間、酪農家が乳牛を食肉用などとして殺処分する場合に、1頭当たり15万円を助成する。
「酪農家にとって牛を減らすのは不毛なことだし、まだ絞れる乳牛を食肉処理場に出荷するというのは動物福祉の観点からも問題です。それに、牛を淘汰すれば生乳の生産量が3年は回復しません」


乳牛を淘汰、生乳を減産…。酪農家が疲弊し倒れていくと国産の新鮮な牛乳が飲めなくなる。日本の酪農を守るためにも、値上げを受け入れて牛乳や乳製品を積極的に消費したい


生産コストの約4割を占める輸入飼料が高騰
2022年からはウクライナ情勢や円安を背景に、大部分を輸入に頼る配合飼料の価格や燃料代も高騰。生乳の生産抑制とのダブルショックで、酪農家の経営は危機に瀕している。
「酪農家の経営にかかるコストで最も割合が高いのが購入飼料です。全体の3、4割を占めているので、餌の値段が高騰すれば当然、所得は激減します」
配合飼料の主原料はトウモロコシで、その大半はアメリカから輸入されているが、ロシアの侵略を機に国際相場が急騰。円安などの影響で高止まりが続いているという。
「2021年の輸入穀物飼料の平均価格と去年の10月段階での価格を比べると、3割ぐらい値上がりしていました。生産コストに占める飼料代の割合は、北海道で4割、都府県だと5割を超えているかもしれません」
世界的な飼料の高騰を受け、飲用向け生乳の価格が昨年の11月、十数年ぶりに1キロ当たり10円引き上げられた。乳製品向けの加工用生乳価格は飲用向けより安いが、今年の4月から同じく10円アップすることが決まっている。
「10円の値上げでは、コスト上昇を補える水準には程遠いと思います。平均的に見ても20円から30円は上がらないと、コスト高の分を回収することはできないでしょうね」
乳価は、農協などから成る指定生乳生産者団体(指定団体)と乳業メーカーとの交渉で決まる。その生乳価格を酪農家は受け入れるしかない。
北海道で生産される生乳は8割が乳製品向けの加工用だ。乳価の値上げ分が乳製品の小売価格に転嫁されることで、需要が落ち込むおそれも懸念される。
「売れなければ当然、乳製品の在庫が増えます。乳業メーカーとしては、そうした事態を避けたい。10円の値上げが限界だったのではないでしょうか」
さらに、穀物飼料高騰の影響は子牛の価格にも及んでいる。酪農家にとって乳牛から生まれた雄の子牛は貴重な副収入源だが、その子牛の価格が暴落と言われるほど値下がりしているのだ。
「雄の子牛は基本的に肉用牛として販売されます。ところが今は、餌があまりにも高いので肥育農家が子牛を買い控えしている。買い手がいないため価格が暴落しているわけです」


日本には北海道の生乳生産量とほぼ同じ量の外国産チーズが輸入されている。「輸入チーズを国産に置き換える方法が有効。業界からもそうした声が上がっている」と清水池准教授は話す


日本が輸入している乳製品の量は、北海道の生産量とほぼ同じ
業界紙によると、経営悪化や将来不安から、北海道で離農が加速しているという。
「毎年2、3パーセントの酪農家が離農していますが、北海道では今年、5パーセント程度が離農するのではないでしょうか」
現場では経営存続に向けた国の後押しを求める声もあるようだが……。
「私も国にそれを期待しています。国には乳製品の過剰在庫を買い取ってほしいですね。ヨーロッパには、自国の余剰在庫を政府が買い取る制度があります。日本にはそうしたセーフティネットがないんです」
それどころか、酪農乳業界が過剰在庫に苦しむ中、国は「カレント・アクセス」で大量の乳製品を輸入しているというのだ。
カレント・アクセスとは、ガット・ウルグアイ・ラウンド農業交渉の合意を基に国が1995年から設けている乳製品の低関税輸入枠のこと。国はこの国際貿易枠を使って、毎年13万7000トン(生乳換算)もの乳製品を輸入している。
「カレント・アクセスについては、『枠の全量輸入をやめれば酪農家は減産しなくて済む』と指摘する声もあります。確かに、日本に枠の全量を輸入する義務はありませんが、国は輸入機会を提供する法的義務があると考えているんでしょう」
日本はカレント・アクセスで、ニュージーランドやオーストラリアを中心にEU、アメリカからバターや脱脂粉乳、ホエイなどを輸入する。
「日本国内には、国産より安い輸入品のバターや脱脂粉乳を使いたいメーカーが存在します。民間業者が輸入乳製品を求めている以上、国が『今は酪農家が大変だから国家貿易はしない』と民間の取引を阻害するようなことはできません。政府の方針としても、貿易規制をするという選択はあり得ないと思います」
しかし、海外から大量の乳製品が輸入され、自分たちは生産抑制を押しつけられるのでは、国内の酪農家は救われない。このままでは廃業が相次ぐ。日本の酪農に活路はあるのか。
「私はあると考えています。
日本は現在、生乳に換算すると北海道の生産量とほぼ同じ約400万トンの乳製品を輸入しています。そのほとんどがチーズです。一方、国産チーズは生乳換算で約40万トンと需要の約1割にすぎない。国内で余っている生乳は40万トンほどですから、輸入チーズの1割を国産に置き換えれば、生乳の需給ギャップは解消できるんです。
ただ、安い輸入品に対抗するためには国産チーズに回す生乳の価格引き下げと、下げた分を補填する制度が必要になってきます。その上で、輸入チーズを国産に置き換える方法が有効ではないかと思います。
今回のようにコストが上がった場合の対策としては、例えば積み立て制度を設ける。牛や豚を飼育して肉を生産する畜産にはその制度があるんです。酪農も生産者と国がお金を拠出し合って基金をつくり、今のような状況の時に基金から補填してはどうか。与党内でそうした話も出ているようなので、ぜひ進めてほしいところです」
酪農家が安心して生乳を生産していけるような対策を、国が早急に打ち出すことを願いたい。
清水池義治(しみずいけ・よしはる) 北海道大学大学院農学研究院准教授。1979年、広島県生まれ。2009年、北海道大学大学院農学院博士後期課程修了。雪印乳業酪農総合研究所非常勤研究員、名寄市立大学保健福祉学部准教授、北海道大学大学院農学研究院講師を経て、2021年から現職。著書に『増補版:生乳流通と乳業』(デーリィマン社)など。
取材・文:斉藤さゆり