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安倍総理の志は死なない!!

「台湾有事議論」日本で抜け落ちている大事な視点

沖縄県民の避難や難民受け入れの議論がない
劉 彦甫 : 東洋経済 記者
2023年08月01日
『週刊東洋経済』7月31日発売号では「台湾リスク」を特集。緊張が高まる台湾海峡の情勢や半導体強国の背景、2024年の総統選挙など台湾の政治経済を徹底解説している。
日本では台湾有事を想定した議論が盛んだ。ただし、主な議論は「軍事面に偏りすぎている」との指摘がある。台湾に何かあれば最も影響を受けるのは、南西諸島の沖縄県だ。琉球大学の山本章子准教授(国際政治史)に日本の台湾有事議論のゆがみについて解説してもらった。
――台湾有事に関する議論が政界やメディアで大きく扱われています。今行われている議論についてどうお考えですか。
軍事面に偏っており、戦争で起きうる事態の想定が十分になされていない不自然な議論だと思う。
例えば、オーストラリアのシンクタンクが「もし中国が台湾に侵攻したら、アメリカとともに以下の行動を取ることを支持もしくは反対するか」と世論調査を行っている。その項目は、まず台湾の難民を受け入れるか、次に中国への経済・外交的制裁を実施するか、そして台湾への武器や軍需物資の支援をするかと続く。この後に、台湾周辺の海上封鎖を防ぐための海軍派遣や、台湾へ直接派兵するかという項目がある。
現在の日本では、主に最後の2項目に関連する議論ばかりされている。政府や政治家、官僚、シンクタンク関係者に加えメディアも、台湾を助けるためにアメリカとどう一緒に戦うかどうかに関心がある。諸外国では、台湾有事が起きた場合、現在のウクライナで起きている状況を念頭に、どう支援するか、世論はどう反応するかを議論している。日本の議論は偏っている。
台湾有事の最前線は日本になる
――それでは日本ではどういう議論が具体的に必要なのでしょうか。
ロシアの専門家である東京大学講師の小泉悠氏は、台湾有事が起きたときの日本はウクライナ戦争におけるポーランドの位置だと指摘する。ポーランドはNATO(北大西洋条約機構)とロシアが対峙する最前線の場所だ。おそらく台湾有事でも在日米軍司令部が最前線の司令塔として、そこから台湾に対する支援や介入を指揮する。台湾を支持する国々と中国が対峙する最前線は日本になる。
ポーランドが現在どれくらいの負担をしているかといえば、ウクライナからの難民を2023年2月末時点で156万人受け入れている。ポーランドの人口の4%だ。9割以上は女性と子どもで、政府の宿泊施設に加えて一般家庭でも受け入れている。慣れない外国での生活で体調を崩す人も多く、ポーランドは難民に無料で医療を提供している。就労機会も認め、働けない人に給付金も支給し、子どもの教育も行っている。
またポーランドはウクライナに支援物資を送っている。国外に避難していないウクライナ市民のために食料や生活物資を送り、軍事支援も行っている。GDP世界22位で日本の人口の約3分の1であるポーランドが約1年間で約3400億円支援している。
台湾有事が起きれば、多くの台湾人が国外脱出するだろう。その時、真っ先に避難先になるのは沖縄だが、現状は入管機能が脆弱で、はたして対応できるのか。ポーランドがウクライナに実施している以上の支援が求められるはずだが、日本は本当にできるのか。長距離ミサイルの配備よりはるかに難しい問題のはずだが、議論されていない。
――なぜ日本では軍事の議論ばかりになりがちなのでしょうか。
有事に対する発想が貧困なのではないか。7月に沖縄県・与那国島と台湾・宜蘭とを結ぶ定期船の就航に向けて、台湾の立法院長(国会議長)が与那国を船で訪問し、台湾への帰路には日本の国会議員も同行した。このような船のルートは平時では観光や文化交流として役割を果たすが、有事では脱出ルートや支援物資の輸送ルートになる。
台湾側は脱出や支援も念頭にしていくはずだが、日本の与党議員の関心は中国に対する牽制になるということばかり。難民の受け入れや物資輸送を考慮してはじめて有事の対策といえるはずだが、日本ではそうなっていない。日本が集団的自衛権や個別的自衛権で、どこまで何をできるかの議論ばかりしている。
こうした議論は野党も同様だ。野党は、国が集団的自衛権を行使できないようにする理論を一生懸命に構築しようとしている。結局、革新・リベラル側はいかに戦闘に巻き込まれないかしか考えず、保守側はいかに戦うかしか考えていない。議論が戦争に偏っているうえに論点が局所的で、まったく現実的ではない。
沖縄は「戦場」となる
――戦闘に巻き込まれないことを考えるのも大事ではありませんか。
沖縄に住んでいれば、巻き込まれないということが不可能なのがわかる。2022年8月、当時の米下院議長のペロシ氏が台湾を訪問した直後に、中国は報復措置として台湾周辺で軍事演習を行った。その際、与那国島の沖合にミサイルが着弾した。それだけ台湾から近いので、有事になれば生活は成り立たなくなる。
直接的な戦闘行為がなくても、台湾近海を中国が封鎖すれば機雷が設置される。一部の機雷は海流によって沖縄周辺に流れるだろう。宮古・八重山諸島の生活物資はフェリーで島外から運ばれる。漁船や貨物船が安全に航行できなくなれば、一般人の命が危険にさらされる。
また機雷を例にあげれば、米軍が機雷除去作戦を展開する際には、自衛隊基地がある石垣島などが最前線基地になる。すると中国からは石垣島が米軍の最前線拠点と見なされて、攻撃される可能性が出てくる。さらに自衛隊が米軍の防護や後方支援を行えば、米軍が敵から攻撃されていないとしても、自衛隊が軍事作戦を行っていることを意味する。
沖縄にいる身からすれば、「重要影響事態」や「存立危機事態」などの法律の位置づけの問題ではなく、米軍が拠点として軍事作戦に使用すれば、そこはもう戦場であるということだ。一言でいえば、沖縄に住んでいると安全ではないことになる。
――だからこそ有事では沖縄など離島からの住民避難が大事です。
法律上では国民保護の問題だ。国民保護は国が権限を持ち、財源を負担するとなっているが、実施主体は自治体だ。ところが、昨年出た国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画がセットになった「安保3文書(防衛3文書)」はおかしな内容になっている。
まず国家安全保障戦略では「武力攻撃より十分に先立って、南西地域を含む住民の迅速な避難の実現」とうたわれている。法律では国民保護の実施が想定されているのは武力攻撃予測事態という、日本がいつ攻撃されてもおかしくないタイミングだ。しかし、米軍が駐留する基地から出撃して敵と交戦状態にある存立危機事態になれば、中国軍は出撃した部隊の拠点がある在日基地を攻撃するだろう。
にもかかわらず、その時点ではまだ国民保護法は適用されない。「十分に先立った」避難ができる制度設計にまったくなっていない。
さらに防衛力整備計画では「自衛隊の各種輸送アセットも利用した国民保護措置を計画的に行えるよう調整・協力する」とある。自衛隊が民間空港や港湾を自由に利用して国民保護に協力するとしているわけだが、軍民分離の原則がある国際法の常識からありえない。
国はいつ国民を避難させる気か
――なぜ法律・政策上で現実的ではないうえに、国際法上でも無理な立て付けになっているのでしょうか。
おそらく有事の際に自衛隊が応援部隊を送るときに民間空港や港湾を使う必要があるからだ。沖縄に駐屯する陸上自衛隊は1個連隊だ。師団を編成するには3個連隊が必要だが、その3分の1しかない。有事が起きたら、全国から応援部隊が沖縄に駆けつけることになっている。
しかし、陸上自衛隊は専属の輸送手段がない。合わせて輸送拠点も貧弱だ。民間空港と港湾を使わなければ応援部隊を受け入れられないので、国民保護の名目の下、平時では自衛隊が使用する根拠がない民間空港と港湾を使える体制を整えようとしているのだろう。
これは国民保護が後回しの体系だ。国民保護法の適用と自衛隊の防衛出動は、武力攻撃直前の「武力攻撃予測事態」から認められる。米軍がすでに作戦を展開している「重要影響事態」や「存立危機事態」では、国民保護法が適用されないので自治体や住民が国の支援を得られず、住民は自主的に避難せざるをえない。
そして「武力攻撃予測事態」では住民が避難に使用していた民間空港や港湾には全国から自衛隊が集っているはずで、攻撃される恐れから民間人は使えない。国はいつ国民を避難させる気なのか。
――日米地位協定では在日米軍は日本の民間空港と港湾を利用できるとされています。
その通りで、しかも民間機、民間船よりも優先的に利用可能と明記されている。だが、現実として米軍は自治体の意向を尊重せざるをえず、自治体や地元住民が反対すれば米軍も使えない場合もある。
法律上は米軍行動円滑化法などの米軍等行動関連措置法があり、自衛隊の特定公共施設利用法とセットで有事では民間空港と港湾を国の管理下で自衛隊と米軍が優先的に利用できると定めている。
ところが、これらは一部の状況を除き武力攻撃予測事態と武力攻撃事態にならないと使えない。自衛隊や米軍は、重要影響事態や存立危機事態では自治体の協力のもとで民間空港や港湾を使用することになる。
沖縄県のように平和運動の影響力が大変強いところで、軍事作戦に協力しないと自治体が決めたり、自治体が賛成しても住民が座り込みなど実力行使をしたりしたときにどう対応するのか。現在の台湾有事の議論はこのような視点がすっぽり抜けている。
「かっこいい」ことを言うのは構わないが、現在の状態で本当に台湾有事において在日米軍も自衛隊も住民を円滑に避難させながら戦えるか、自治体の協力を得て軍事作戦を展開できるか。
地理的に台湾と近く、国土が戦場になる日本はアメリカのシンクタンクと同じように軍事シミュレーションの話だけをしてはダメだ。難民の受け入れはどうするのか、住民が巻き込まれることにどう対応するのかなど地に足のついた議論こそ必要だ。