Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

「国際機関のトップ」に日本人がなりにくい事情

3つの必須条件を満たせる日本人は少ない
阿部 圭史 : アジア・パシフィック・イニシアティブ客員研究員
2021年04月01日


WHOなど、国際機関のトップになるのに必要な条件とは?(写真:Stefan Wermuth/Bloomberg)
第2次世界大戦後の国際秩序は、安全保障理事会を中心とする国連システムが重要な役割を担った。そのありようを構想したのは、英米ソ中の4カ国によるダンバートン・オークス会議と、英米ソの3カ国によるヤルタ会談という2つの会議だ。戦後秩序の構想は戦時中から着手され、それは少数の力ある者によって構想される。
これは感染症危機についても当てはまる。危機の最中から、危機後の国際秩序の構想が行われている。国際的な感染症危機が発生した際には、既存の国際システムにおける欠陥が指摘され、より安全な世界を構築すべく、危機後の国際秩序の形成をめぐって各国の駆け引きが繰り広げられるのだ。こうした中で、日本はどれだけの存在感を示せているのだろうか。
感染症危機におけるターニングポイント
その前に、感染症危機に関する国際秩序を形作ってきたターニングポイントを振り返ってみよう。これまでターニングポイントとなったのは、2003年のSARS 、2009年の新型インフルエンザA(H1N1)パンデミック、そして2014年の西アフリカを発生源とするエボラ出血熱、の3つで、それぞれ既存システムの欠陥が指摘・是正されてきた。
SARSアウトブレイクでは、当初中国が未知の感染症の発生情報を隠蔽し、WHOなどへの情報伝達が遅れたことが世界的な被害拡大の一因となった。これを受け、WHOの加盟国は、感染症などによる国際的な公衆衛生危機に対応するための情報共有などを定めた「国際保健規則(IHR)」を2005年に大幅に改訂。IHRは、「国際交通に与える影響を最小限に抑えつつ、疾病の国際的伝播を最大限防止すること」を目的とし、法的拘束力を有している。
新型インフルの際には、WHOはパンデミック宣言を発出したものの、結果的に新型インフルの病原性は季節性インフル並みで、たいしたものではなかった。WHOは危機をあおったと批判された。
また、途上国はワクチンのもととなる病原体提供に協力したにもかかわらず、ワクチンのアクセスに対する公平性を担保できなかったとWHOを含む国連機関を批判。これを受け、国際社会は、かねて各国間で交渉が進んでいたパンデミック・インフルエンザ事前対策枠組み(PIPフレームワーク)を完成させた。 
エボラ出血熱アウトブレイクでは、WHOの初動の遅れと危機管理オペレーション能力不足が指摘された。発生当初から現場で活動していた国境なき医師団が何度もWHOへ警告していたにもかかわらず、WHOは、「危機管理オペレーションを行う主体はあくまで各国政府」として、明確なアクションを取らなかった。結果、ギニアなど西アフリカ3カ国の首都に感染が拡大し、そこから一気に欧米諸国へと拡散してしまった。
WHOが緊急事態宣言を発出したのは国境なき医師団の警告から数カ月後だった。また、そもそもの問題として、WHOに危機管理オペレーション能力も、それを迅速に行う機動的な資金がなかったもことも批判を受けた。
そこで、WHO加盟国は、危機管理オペレーションに特化した組織として、「WHO危機管理プログラム(WHE)」を設置。迅速に資金を動員できるように、「WHO緊急対応基金(CFE)」と、被災国向けの「世界銀行パンデミック緊急融資制度(PEF)」が創設された。日本は、2016年にG7伊勢志摩サミットを控えていたこともあり、これらのスキームの構想に積極的に加わった。
このように、過去3回の感染症危機では、法(IHR)、モノ(病原体とワクチン)、組織(WHO)、金に関する不備が指摘され、感染症危機に関する国際秩序の改革が行われたのだった。
新型コロナ危機で指摘されている不備
今回の新型コロナ危機においても、戦後秩序の構想と、それをめぐる各国の駆け引きが激しさを増している。感染症危機に関する新型コロナ危機後の国際秩序を構想する主要舞台は、2つ。独立検証パネル(IPPR)と国際保健規則(IHR)検証委員会だ。
この舞台に出演できるのは、国家ではなく、国際社会に認められた独立した個人だけである。両者とも2020年5月のWHO総会決議を起点として設立され、9月より開催されている。この2つの会議が中心となってこれまでの新型コロナ危機対応を検証し、感染症危機管理に関する新たな国際秩序を構想しており、その動向に各国が注目している。そこで構想された内容は、今年5月のWHO総会で提起され、採択されることとなっている(拒否される可能性もありうる)。
新型コロナ危機で指摘されている国際システムの不備は、過去3つの感染症危機で指摘された4つの国際システムの不備をすべて合わせたような様相を呈している。
例えば、中国からWHOや国際社会への未知の感染症発生に関する情報共有の遅れ、WHOの初動(緊急事態宣言発出)の遅れ、WHOによるパンデミックという用語の使用の遅れ、先進国によるワクチンの囲い込みが指摘されている。
2021年1月に公開された両会議の中間報告書によれば、上記以外にも多岐にわたる問題が指摘されている。例えば、各国のパンデミック対策準備状況を測る指標の不備や、渡航制限に関するWHO勧告の不適切性、クルーズ船対応をめぐる国家管轄権の未整理、インフルエンザ以外の未知の感染症(Disease Xと呼ばれ、新型コロナウイルスはその典型)に関する病原体共有システムの未整備などが挙げられる。
戦後秩序は、往々にして少数の者によって構想されるため、その中に日本人が入り、日本の国益と国際公益の両方に資するような構想力を発揮することが重要である。
IPPRとIHR検証委員会委員の顔ぶれを見ると、前者は国家元首や閣僚、国際機関トップの経験者で構成される政治的な意味合いがある会議であり、後者は感染症危機管理を熟知している専門家で構成されていることがわかる。
このような個人の資格で入会が認められる少数精鋭のクラブに、日本人は入っているのか。IHR検証委員会には日本人委員が入っているが、IPPRには入っていない。そこに、国際政治における日本の限界が見える。
国際機関のトップになるのに必要な条件
昨今、国際社会における重要な会議に個人として参画したり、国連機関トップの選挙で当選したりするためには、①英語で完璧に仕事ができること、②閣僚、または国際的な選挙で選ばれる組織の長の経験があること、③特定の専門分野に関する国際社会のインナーサークルにおいて個人名で認知されていること――、最低限以上3つの要素を有していることが必要条件となってきている。
残念ながら、日本でそのような人物を探すことは難しい。そもそもそうした人物を続々と輩出するエコシステムが存在しない。
このような危機的状況を踏まえてか、2019年1月の第198回国会における外交演説で、河野外務相は、こう述べている。
「国際機関の中でも重要な組織のトップを取るために、各国は、首相や閣僚経験者を始め、政治家の候補者を擁立してきています。これに対抗し、国際機関のトップを取るためには、日本も政治家を候補者として擁立していく必要があります。そのためにも与野党の枠を超え、適材を適所に擁立することが必要です。われこそはと思う方はぜひ名乗りを上げていただきたいと思います。外務省は全力で御支援申し上げます」
こうした人物が日本で自然発生的に出てくるのを待つのは、現実的ではない。とくに、若くして①のような国際性を涵養し、③のように国際社会のインナーサークルに食い込むような経験を積むことは、日本のような年功序列・終身雇用の社会では難しい。
しかし、国際社会は待ってはくれない。したがって、各業界の国際社会の特権的会合に送り込めるような人材の候補を30代のうちから全国で10人程度同定し、政界・官界・財界・学界を行き来させ、国内外で豊富な経験を付けさせるというように、国をあげて意識的に人材を養成していくことが必要である。そうした個人がいて初めて、日本の国益にも国際公益にも適う国際秩序を構想し、実現していくためのスタートラインに立つことができるのだ。