Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

「国の借金はまだまだできる」「GDP比1000%でも大丈夫です」元内閣官房参与・浜田宏一が“バラマキ合戦”批判に反論

 財務省は、東大法学部出身者の多い役所らしく理屈をこねるのが上手な官庁です。私も内閣官房参与として官邸に行った際、彼らが政治家をうまく説得するようすを見てきました。矢野さんは一橋大学の経済学部ご卒業のようですが、あの論文には、法律家集団である財務省の性格がよく出ていると感じました。
「ショッピングや外食や旅行をしたくてうずうずしている消費者が多い」(だから国民は給付金など求めていない)と書くのは、自分の結論に都合のよい人間像を証拠もなく作りあげているだけです。こういったところにいかにも財務省らしいところが出ています
日本は『世界最悪の財政赤字国』ではない
 経済は、理屈で勝っても、現実に合っていなければしようがない世界です。いくら政治家を説得できても、現実の経済が違ってしまったのでは話にならない。経済は、実際の人やモノの動きを事実として見つめる必要があり、ときに理屈では説明がつかない局面もある。日本が瀕死の借金国で、タイタニック号の運命にある、というのは単なるたとえ話であって事実と認めることはできません。
 もちろん、現役の財務事務次官である矢野さんが「このままでは国家財政は破綻する」という論文を発表したことは、立派だったと思います。決定が下れば命令に服することを前提に、「勇気をもって意見具申せよ」という後藤田正晴さんの遺訓通り、あるべき国家財政のありようについて堂々と思うところを述べられた。霞が関全体に、ことなかれ主義の風潮がある中で、行政官のトップが自らの立場を踏まえながら、官僚や国民にどう持論を発すべきか、を示したことは、議論のよい出発点になりえます。ただし、論じられた内容についていえば、ほぼ100%、私は賛成できません。
 矢野さんは「わが国の財政赤字は過去最悪、どの先進国よりも劣悪」という現状認識に立って、「将来必ず財政が破綻するか、大きな負担が国民にのしかか」ると警告し、与野党によるバラマキ合戦を諫める。そして日本の財政を氷山に向かって突進するタイタニック号に喩え、近い将来、国家財政は破綻すると警告する。
 ただ、この論文を貫く「暗黙の前提条件」と、「経済メカニズムの理解」の両面で、矢野論文には大きな問題があります。自民党政調会長の高市早苗氏が「馬鹿げた話」と批判したそうですが、もっともな指摘です。こうして話題になったことは、財務省に考えを改めてもらうよい機会ですから、私からは「3つの誤り」を指摘しておきたいと思います。
日本政府は金持ちである
 第1に、「日本は世界最悪の財政赤字国である」という認識は事実ではありません。
 矢野論文は、財政赤字の指標として、一般政府債務残高をGDPで割った数字が256.2%と先進各国の中でも突出して悪い、と強調しています。そして、この借金まみれの状況では、支出を切り詰めるか、増税を行う必要がある、と財務省の伝統的な主張を繰り返します。
 財務省は「年収(経済規模)に比べて借金がどれだけあるか」という数字をよく用います。しかし、年収との比較だけで借金の重さを捉えるのは適切ではない。なぜならば、金融資産や実物資産があるならば、借金があっても、そのぶん実質的な借金は減るからです。
 国際通貨基金(IMF)が公表した2018年の財政モニター・レポートは、実物資産を考慮して各国政府がどれだけ金持ちなのか、を試算しています。これによれば日本政府は十分な資産を持っているため、わずかに純債務国ではあるが、大債務国のポルトガル、英国、オーストラリア、米国よりも相対的に債務は少ない。試算に誤差はありえますが、「どの先進国よりも劣悪」という矢野氏の主張とは印象がだいぶ違います。
 政府の資産とは、例えば、東京・港区の1等地に立つ国際会議場「三田共用会議所」のような優良不動産。広大な国有林も、独立行政法人の保有になっている高速道路のようなインフラもある。道路は売却できる資産ではありませんが、将来にわたって通行料金が入ってくるので、この将来キャッシュフローを資産と捉えることができます。
「日本は瀕死の借金国」という宣伝には熱心な財務省ですが、主張と矛盾する分析には冷淡で、翻訳すらしない。IMFには、財務省の出向者もいるはずなのに、不都合な真実については目立たせない工夫をしているのでは、と勘ぐってしまいます。
MMT理論の根幹は正しい
 第2の誤りは、「国家財政も家計と同じだ」という考え方です。これは財務省お得意の喩えですが、実際にはフェイクニュースに近いものです。
(浜田 宏一/文藝春秋 2021年12月号)