Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

トップアスリートも失踪、そんな国で五輪を開いてはいけない

(福島 香織:ジャーナリスト)
 中国の女子テニスプレイヤー、彭帥が11月2日に突如、張高麗・元政治局常務委員からの性的搾取、性暴行に対する告発を微博に投稿し、その後21日まで公の場に姿を現さなかった、いわゆる「彭帥失踪問題」は、中国当局の予想を超えて世界を揺るがすこととなった。これは、中国が来年(2022年)2月に北京などで開催予定の冬季五輪のホスト国にふさわしいかどうかを改めて国際社会が問い直す大きな契機となっている。
 彭帥事件は日本でも詳しく報道されているので、多くの方がすでに概要をご存じだろう。彭帥は2013年ウインブルドン選手権、2014年全仏オープンの女子ダブルスで優勝した中国テニス界のスーパースターである。
 彼女はおそらく2008年ごろ、当時天津市の書記(政治局委員)であった張高麗と男女の関係になった。張高麗の趣味はテニスで、そのお相手として、天津テニスチームのエースである彼女が呼ばれたのがきっかけだろう。
 彭帥の告発投稿によれば、張高麗に迫られて男女関係になったのに、張高麗が2012年秋に政治局常務委員に昇格したとたん、張高麗の方から一方的に関係を絶ったのだという。
 政治局常務委員に昇格、ということは最高指導部と言われる、共産党9500万人の頂点に立つ7人のひとりになったということだ。
習近平の政敵「上海閥」の一員
 政治局常務委員という地位がどういうものかを説明しておこう。
 中国は集団指導体制という形で最終的にあらゆる決定が政治局常務委員7人の合議によって行われる。2012年当時の序列は総書記の習近平がトップで、張高麗は7番目。だが、政治局常務委員会の合議で決着がつかず、最終手段として多数決をとる場合、政治局常務委員それぞれの1票の重みは序列にかかわらず平等だ。つまり序列トップの習近平がYESといっても、他の6人がNOといえば、NOとなる。だから集団指導体制なのだ。
 同時に「刑不上常委」(政治局常務委員は刑罰に問われない)という不文律がある。いわゆる不逮捕特権だ。この不逮捕特権は引退後も続くといわれていた。
 だが、習近平政権が誕生すると早々に、元政治局常務委員の周永康が失脚させられる。このいきさつには複雑な背景があるので割愛するが、習近平の野望は鄧小平が作り上げた集団指導体制を破壊し、自分一人が頂点に立つ毛沢東式の終身個人独裁体制に立ち戻ろうというところにある。だから政治局常務委員の地位を総体的に落としたいという狙いもあったろう。張高麗が政治局常務委員になると同時に彭帥との関係を絶ったのは、習近平が始めた権力集中のための反腐敗キャンペーンの激しさへの警戒もあっただろう。
 張高麗は深圳市書記時代に、習近平の父親、習仲勲とも昵懇(じっこん)で、若き習近平とも交流があったはずだが、派閥的には習近平の政敵関係にあたる上海閥に属し、周永康とも深い関係だった。そういう意味では、習近平の反腐敗キャンペーンに巻き込まれかねない立場であった。
ジョコビッチ、大坂なおみが安否を気遣う
 張高麗は、2018年に政治局常務委員を円満退任できたので、彭帥と再び寄りを戻そうとした。このあたりのことが、彭帥の告発文に赤裸々に書かれている。張高麗は彼女を呼び出してテニスをした後、自宅に連れ込み、妻も承知したうえで、彼女に関係を迫った。その時、軟禁に近い状況であったことや、彼女が恐怖を感じていたことが告発文の中にある。結局、情に流される形で再び関係が始まり、今年10月末まで続く。その関係が彼女にとって屈辱的で辛かったことは疑いない。
 10月30日、彭帥と張高麗は言い争いをし、11月2日に再度話し合う予定だったが、張高麗から一方的に話し合いの延期を言い渡された。そして2日の夜10時過ぎに、1600字以上の長文告発文が彭帥の微博の個人アカウントに投じられた。
 およそ20分後にこの投稿は削除されたが、その間、約10万人以上がこれを読み、瞬く間に拡散された。中国のインターネットおよびメディアでは、この話題は完全に封殺され、関連の書き込みもすべて削除されたが、中国のスターテニス選手と元政治局常務委員のスキャンダルは世界が注目するところとなった。折しも「6中全会」(第19期中央委員会第6回全体会議)開幕直前の出来事だったので、チャイナウォッチャーたちは政治的意図、特に権力闘争が背景にあるのではないかと勘ぐった。
 その後、彭帥の動静が完全に消えて“失踪させられた”状態になったことに、フェミニズムや人権の視点から、人権組織やアスリートたちが声をあげ始めた。
 テニス界ではノバク・ジョコビッチや大坂なおみといった有名選手が団結し、ツイートに「#whereispengshuai?(彭帥はどこへ?)」というハッシュタグをつけて彼女の安否を気遣った。WTA(女子テニス協会)のスティーブ・サイモンCEOは、彼女の安全確認が確認されず、張高麗の性暴行に対する調査を行わないならば、中国事業を撤退するとまで言い切った。
 さらに米国ホワイトハウスやフランス政府も彭帥問題に強い関心を示し、著名アスリートが“失踪させられる”ような国に果たして五輪ホストの資格があるのか? という国際世論が盛り上がり、IOCですらこの声を無視できなくなった。
中国で人が「失踪させられる」仕組み
「失踪させられる」とはどういうことなのか。中国では、政府にとって不都合な言動を行った人間や、汚職や規律違反の疑いのある官僚、党員らに対して「指定居所監視居住」措置がとられる。これは逮捕や起訴という司法措置の前段階で行われる内部取り調べのようなもので、対象の人間を、ホテルや招待所、病院や拘置所などに閉じ込め、担当機関が取り調べを行い、その報告を受けた上層部が処分を決定する。その間、家族も含めて一切の外界との連絡が絶たれ、失踪したかのように見えるのだ。
 共産党幹部、政治家、官僚の場合、中央規律委員会と国家監察委員会が取り調べを行うが、一般人の場合、公安国内安全保衛局(通称「国保」)が行う。外国人や外国政府が絡んだり国家機密漏えいなどの疑いがある場合は、国家安全部が担当することもある。“失踪させられた”人たちの体験をまとめた、中国研究者、マイケル・キャスターの著書『失踪人民共和国』などによると、ときには拷問、虐待を伴う取り調べが行われることもあるという。
 上層部が許可すれば、失踪したことなどなかったように社会に復帰することができる。たとえばアリババの創業者の馬雲は昨年暮れから3カ月にわたり“失踪させられて”いたが、突然、復帰して何食わぬ顔で活動している。変化といえば、そこはかとなくやつれ、共産党に対しずっと従順になっているだけだ。
 一方で、起訴や判決が発表される形でその所在が確認されるケースもある。国際刑事警察機構総裁(ICPO)の孟宏偉は2018年9月、フランスから一時帰国中に忽然と失踪。中国はICPOの照会を無視し続け、その妻が国際メディアに訴えて初めて当局に拘束されていることが確認された。翌2019年3月に党籍をはく奪され、収賄・職権乱用の容疑で逮捕、起訴される。すでに判決を受けて服役していると発表されているが、フランス政府の庇護下にいる妻は、夫の安否は確認できていないと言う。
なぜ早々と姿を現したのか
 習近平政権になってから、こうした“失踪させられる”案件は増えているように思う。たとえば、新型コロナ肺炎が武漢でアウトブレイクした当初、ロックダウン中の武漢で取材していた市民記者の陳秋実も2020年2月に忽然と連絡が途絶え、1年8カ月の間失踪していた。彼は突然、友人の著名格闘家の運営する動画配信番組に登場する形で安否確認されたが、失踪中どこにいてどんな目にあったかは詳しく語っていない。
 同じく新型コロナを取材していた張展は2020年5月に失踪した。6月下旬に上海の拘置所で取り調べを受けており、ひどい拷問を受けていることが弁護士を通じて明らかになった。同じく市民記者、方斌も行方不明だ。
 2017年1月に香港の5つ星ホテルから忽然と姿を消した富豪、蕭建華はいまだその安否、所在が明らかにされていない。2017年以降のウイグル人知識人、実業家らの失踪はわかっているだけで435人以上、多すぎてここにまとめ切れない。
 彭帥も、こうした「指定居所監視居住」措置にあったであろうと想像される。そんな彼女が、失踪わずか19日目にして、北京で行われた青少年テニス大会ダイヤモンド杯の貴賓席に姿を現し、バッハ会長とビデオ電話する形で無事が確認されたのは、むしろ極めて幸運、希なる僥倖であったといえるだろう。それは、彼女の告発した相手、張高麗のスキャンダルが習近平にとっては決してまずいものではなかったことも関係あるかもしれない。国際社会の圧力に従う形で張高麗を失脚させても習近平自身の傷にはならないというわけだ。
 だが、それ以上に、テニス界の著名プレイヤーはじめ有名人たちが結束して声を上げ、WTAが市場撤退を匂わせ、国際世論が冬季五輪ボイコット論を再燃させたことこそが大きいだろう。中国当局としてはこれまでの慣例に従って“失踪させた”だけだったが、世界の反応が予想を超えて大きく、あわてたのだ。
 当局は、WTAが騒ぎ出した当初、CGTNなどの対外プロパガンダメディアを使って彭帥が書いたメールや近況写真などを公表して、国際世論をなだめようとした。しかしメールの文面のスクリーンショットにカーソルが残っているなど、不自然な点が指摘されている。最終的には、北京のイベントに登場し、IOCのバッハ会長とビデオ電話までしたことで、彼女が無事であることは明らかになったが、彼女の人権と自由が守られていることは確認されていないとして、いまだ国際的な批判の声はおさまっていない。
共産党体制の法治なき「恐怖ルール」
 彭帥の無事が確認されても、まだまだ多くの失踪中の人たちがいることを忘れてはならない。たとえばウイグル人の詩人で日本にもゆかりのあるアブドゥカディリ・ジャラリディン新疆師範大学教授など多くの知識人を含む数百人のウイグル人の失踪は、スーパーアスリートの19日間の失踪ほどには国際社会で話題にならないが、生死の危機という点では、むしろもっと深刻かもしれない。
 中国ではなぜ、人は“失踪させられる”のか。それは、法治がないからだ。公平なルールや規範がないからだ。共産党という圧倒的権力そのものがルール、「俺様ルール」なのだ。だから共産党に都合の悪い言動を行った場合、一切外に漏らさぬように“失踪させられる”。
 さらに言えば、その共産党体制の法治なき「恐怖ルール」が、いま国際社会にまで拡大しつつある。ICPOもIOCも、人が失踪したとき、中国共産党の説明するシナリオを受け入れることに抵抗しなくなっているではないか。タイやカンボジア、中東諸国で中国人や華人が失踪させられるケースも増え、一国二制度だった香港では、共産党が気に食わない本を出版、販売する書店関係者や、デモに参加していた若者たちが失踪させられている。
 人がいとも簡単に失踪し、トップアスリートですら失踪させられる失踪人民共和国。法治もフェアなルールもなく、ただ圧倒的な体制権力がすべてのルールを支配する、そんな国家が、五輪のホスト国として肯定されていいわけがない。それを認めてしまうことは、国際社会のルールの方が共産党ルールにすり寄っていくということになるのではないか。