Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

北海道新幹線延伸で紛糾する「貨物幹線」存廃議論

仙台以北の鉄道貨物が消滅する可能性も?
森 創一郎 : 東洋経済 記者
2022年10月16日
物流幹線を誰が守るのか、放置されてきた問題に火がついた。

道内では貨物列車と新幹線がレールを共用し、すれ違いが発生する区間もある(写真:共同通信)
北海道新幹線では2031年春の新函館北斗─札幌開業に向けた準備が進む。その中で議論が空転しているのが、並行在来線、函館─長万部の存廃だ。
札幌延伸に伴って函館線の函館─長万部─小樽の約288キロメートルがJR北海道の経営から分離される。このうち長万部─小樽の140.2キロメートルはほとんど乗客が見込めないことから、今年3月に地元の並行在来線対策協議会(後志ブロック)で廃線が決まった。
物流の幹線
一方、函館─長万部(147.6キロメートル)は札幌や道東、道北に向かう貨物列車が1日51本も走行する物流の幹線でもある。


8月31日、1年4カ月ぶりに並行在来線対策協議会(渡島ブロック)が函館市内で開かれ、函館─長万部のあり方が議論された。協議会で道庁は、貨物列車のために勾配を緩やかにした藤城支線などをJR北海道から引き継ぐ資産から外し、収支を改善させる案を示した。
運輸収入では運賃の30%値上げなども織り込み、初年度から30年間の収支は当初見込みの944億円の赤字から816億円の赤字に圧縮された。この試算には年間約40億円(30年間で約1210億円)に上る貨物列車からの線路使用料も含まれている。
ただJR貨物関係者は、「協議会は旅客列車に必要ない藤城支線を外したが、貨物には勾配の緩い藤城支線は必要不可欠。廃線になれば、別のルートを走行することになるが、勾配がきつく、貨車を減らすか機関車をもう1台付けて後ろから押すしかない。運行には著しい支障が生じる」と話す。
ライナーは存続が大勢
協議会はもともと「地元の足」である旅客列車のあり方を協議する場であって、「貨物をどうするかは国と道が協議すべき問題」(沿線自治体)という立て付けだ。
一方、新幹線との接続線である「はこだてライナー」(新函館北斗─函館)については、協議会でも存続を望む声が相次いだ。つまり、沿線自治体として関わるのは、新函館北斗─函館(17.9キロメートル)だけで、それ以外の区間(藤城支線や新函館北斗─長万部)を維持するなら「国と道の責任で」ということだ。
協議会は「収支をさらに精査する」という話で終わったが、今後は「はこだてライナー」についても、「電車のままでの存続か、ディーゼルに戻すのか」という論点が出てくるかもしれない。
というのも、「はこだてライナー」の走行区間では貨物列車はディーゼル機関車が牽引しており、架線などの電気施設を使用していない。旅客列車の運行についても、巨額の費用がかかる電気施設を引き継がず、ディーゼル車を走らせたほうが合理的だ。
ただ、新函館北斗─五稜郭(14.5キロメートル)は新幹線の新函館北斗開業時期に合わせて2016年に電化されたばかりだ(函館と隣の五稜郭の間は青函トンネル開業時に電化)。ここにきて、赤字圧縮のためにライナーを非電化に戻すことになるのかは、今後の焦点の1つになるだろう。
しかし、それ以上に問題なのは、やはり貨物列車をどうするかだ。新函館北斗─函館が残っても、それ以外(新函館北斗─長万部)が廃線となれば、貨物列車は北海道のほとんどの地域を走れなくなり、影響は全国に波及する。JR貨物の犬飼新社長は、「(北海道の付け根に当たる路線の廃止で)北海道と本州間の鉄道がなくなってしまうと、ネットワークが縮小し、鉄道貨物がシュリンクしていく懸念がある」と危機感をあらわにする。
東北発着の貨物量は少なく、鉄道ネットワークは北海道までつながっていることで成り立っている。北海道と本州間の路線が切れると、仙台以北の鉄道貨物が消滅してしまう可能性すら出てくる。青森県や岩手県の並行在来線の経営にも直結する問題だ。
議論は堂々巡り
こうした状況から、「函館─長万部の廃線はありえない」(道内物流事業者)という考え方は浸透しているが、国土交通省はこれまで、「並行在来線は地元の問題。北海道の農産物をどう運ぶかを含め、まず道庁が意思を示すべきだ」(鉄道局幹部)という姿勢を一貫して取ってきた。
一方、道の鈴木直道知事は、「(鉄道貨物は)わが国全体の経済、暮らしを支えるうえで不可欠な輸送モード。全国的な貨物ネットワーク維持の観点から、国が中心となって検討を行うものと考えている」とのスタンスだ。
JR北海道は経営分離後の在来線の経営に関与する意思はなく、JR貨物も「われわれが線路を保有して列車を運行する仕組みになっていない。その資金もない」(幹部)との立場だ。議論は堂々巡りが続いてきた。
しかし、国交省はついに「現状を放置すれば、本当に函館─長万部が存続できなくなる」(鉄道局幹部)との危機感を持ち、国と道、JR北海道、JR貨物の4者で本格的な協議に入ることになった。協議入りの時期は未定だが、公的セクターが線路を保有し、民間が列車を運行させる「上下分離」などの枠組みや費用の分担が主なテーマになる。
こうした運行スキームとは別に、議論が停滞してきたもう1つの背景に「貨物調整金」の財源が定まっていないことがある。
貨物調整金とは、国の外郭団体「鉄道建設・運輸施設整備支援機構」(鉄道・運輸機構)からJR貨物を通して並行在来線の運営会社に支払われる助成金だ。


収益の大半を占める
貨物列車が走る並行在来線の運営会社は線路使用料収入が収益の大半を占めるところも多い。そして、線路使用料の9割以上を支えているのが年間約130億円に上る貨物調整金だ。つまり、貨物調整金なしには並行在来線の維持はままならないのだ。
ところが、その貨物調整金は、31年度以降の財源が不透明だ。


貨物調整金の財源は、整備新幹線のJRへの貸付料や、鉄道・運輸機構の特例業務勘定(JR株の売却益、分割払いされる新幹線の譲渡代金など)からの繰入金で賄われる。ただ、貸付料は北陸新幹線の延伸工事費増加分の穴埋めなどに回され(21~30年度)、政府・与党の申し合わせでも、31年度以降は貸付料からの拠出は行わないことになっている。
実は、31年度以降の貨物調整金の財源については、15年の政府・与党の申し合わせで3つの選択肢が示されている。①JR貨物の負担、②特例業務勘定からの繰り入れ継続、③一般財源化の3択だ。
しかし、JR貨物の21年度の連結経常利益はわずか2億円。直近で最も業績のよかった17年度でも同104億円だ。年間130億円近い貨物調整金を負担できる経営状況ではない。
また、旧国鉄職員の年金支払いに充てられる特例業務勘定は、年金の支払いが終わる62年ごろに終了する。毎年度の収支も不安定で、1兆円超の利益剰余金は国庫返納が基本とされる(10年9月会計検査院報告書)。北陸新幹線沿線からは剰余金を新幹線建設促進の財源として活用するよう要望も出ている。安定財源とは言いがたい。
残る選択肢は一般財源化か、あるいは、政府・与党の申し合わせにはないが、貨物列車を利用する荷主の負担という考え方もある。
鉄道貨物のあり方そのものの問題
結局、こうした大がかりな議論を経なければ、貨物調整金の財源問題は解決しない。国交省鉄道局のある幹部は、「貨物調整金の財源をどうするかは、鉄道貨物のあり方そのものの問題だ」と話す。こうした事情のあおりを受けるのが北海道の並行在来線問題だ。
今年5月、道などが毎年国に提出している鉄道関連の要望の中で、「将来の貨物調整金のあり方が不透明な中では、北海道新幹線札幌開業後における並行在来線の地域交通確保の見通しが立てられない」と初めて記載した。8月の協議会では「貨物調整金は現行どおり」との前提で各種試算を行う苦肉の策を取った。
さらに議論を複雑にしているのが、首都圏と札幌を結ぶ貨物新幹線構想だ。本当にこれが実現すれば、そもそも在来線の貨物列車が不要になる可能性も出てくる。
今後、4者協議と貨物調整金などの議論は並行して進んでいくが、こうした複雑なパズルのピースがそろって初めて、函館─長万部の存廃問題に決着がつく。残された時間は長くはない。