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安倍総理の志は死なない!!

日本人は外国人客急増の「貧しさ」をわかってない

円安と低成長で経済力低下、安い賃金に甘んじる
野口 悠紀雄 : 一橋大学名誉教授
2022年12月25日
日本の貧しさを痛感した2022年。しかし、大きな変化は10年前に
2022年には、日本の国際的な地位が下がった。1人当たりGDPで、日本は台湾に抜かれた。日本の貧しさは、身の回りの出来事でも感じられるようになった。しかし、実は、大きな変化が、外国人旅行客の急増という形で、10年前から生じていた。ただ、それが日本の貧しさの表われであることに、多くの人は気づかなかった。
昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する──。野口悠紀雄氏による連載第84回。
1人あたりGDPで台湾に抜かれる
2022年は、日本が貧しくなったことが、多くの人によって痛感される年になった。急激に円安が進んだため、さまざまな指標で日本の国際的地位が下がったからだ。
それを端的に示すのが、豊かさの点で日本が台湾に抜かれたことだ。IMF(国際通貨基金)のデータベースによると、日本、韓国、台湾の1人あたりGDPの推移は、図表1のとおりだ。2022年の推計値で、台湾は日本を抜いた。

(外部配信先ではグラフなどの画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)
10年前の2012年をみると、日本の1人あたりGDPは、韓国の1.9倍、台湾の2.3倍だった。
2013年に異次元金融緩和が導入されて円安が進み、日本の地位は顕著に低下した。それが2019年まで続いたのだが、2020、2021年に、韓国、台湾が日本に急迫したのだ。
IMFの予測によると、日本、韓国、台湾の相対的な関係は、今後もしばらくはいまのままで続く。しかし、韓国の成長率が日本より大幅に高いので、近い将来に韓国も日本を抜く可能性が高い。
前項のように言うと、「賃金では、数年前から、日本は韓国に抜かれていた」との指摘があるかもしれない。確かに、OECDのデータによると、年間平均賃金では、すでに2015年に、日本は韓国に抜かれている。そして、2021年には、日本が3万9711ドルに対して、韓国が4万2747ドルになっている。
ただし、このデータを見るには注意が必要だ。
ここでは、市場為替レートでドルに換算しているのではなく、購買力平価で換算している。これは、世界的な一物一価が成立する為替レートだ。2021年には、1ドル=100.412円と、1ドル=847.457ウォンだ。他方、市場レート、1ドル=109.754円と、1ドル=1143.958ウォンだ。
したがって、市場レートで見れば、日本は上記の値を0.915倍して3万6335ドルであり、韓国は、0.741倍して3万1667ドルだ。だから、まだ日本のほうが高い。
国際的地位の低下は、低い成長率と円安による
日本の1人あたりGDPが台湾や韓国に追いつかれたのは、2つの理由による。
第1は、円安だ。2013年から2014年、そして2022年に日本の相対的地位が急速に低下したのは、円安によるものだ。
第2の原因は、自国通貨建てでみた1人あたりGDPで、日本の成長率が低かったことだ。
2010年から2022年までの期間の成長率を見ると、つぎのとおりであり、大きな差がある。日本 1.11倍。韓国 1.60倍。台湾1.71倍。
日本の成長率が低くなる大きな原因は、人口高齢化が進んで労働人口の増加率がマイナスになっていることだ。ただし、ここでみているのは1人あたり計数なので、これによる影響はかなり緩和されている。
もう1つ注意すべきは、韓国においても、出生率低下によって、労働力が減少していることだ。それにもかかわらず、韓国の成長率が高いのは、技術進歩率が高く、産業構造が高度化しているからだ。
なお、以上で見た状況は、日本と韓国、台湾との間だけのことではない。日本と世界の多くの先進国との間で同様のことがいえる。いまの状態が続けば、日本は、先進国の地位を失う可能性が高まっている。
日本は島国なので、以上のような統計の数字を示されても、これまではそれを実感できなかった。
2022年には、iPhoneのような国際的商品が大幅に値上がりしたので、日本が貧しくなっていることを痛感させられた。
また、急激な円安によって、外国人労働者が日本離れを始めたことも報道された。これまで介護等の仕事でフィリピンから来ていた労働者が、所得の高いオーストラリアに行ってしまうといったニュースだ。
しかし、実は、日本が貧しい国になったことの結果は、しばらく前から、明白に生じていたのだ。その変化は誰でも知っていることだが、日本が貧しくなったためにそうなったことを、多くの人は理解できなかった。
それは何かというと、外国人旅行者の急増だ。
日本が貧しくなったので、外国人旅行客が急増した
外国人旅行客の急増は、日本の貧しさの結果だという考えは、多くの人の考えとは反するものだ。そこで、以下にやや詳しく説明しよう。
来日外国人旅行客数は、2013年から急増した。2007年から2012年までは年間800万人台だったが、2013年に1000万人を超え、2019年には3188万人となった(観光庁の資料による)。国別では、韓国、中国、台湾が大部分だ。
日本の観光地の価値が高まったために、外国人が高いお金を払ってでも日本に来るようになったのだったら、本当に嬉しいことだった。
しかし、実際に起きたのは、そうしたことではない。日本での旅行や買い物が安くなったために起きたのだ。
かつて、ユーロが形成される以前の時代、豊かなドイツの労働者は、バカンスになると、ドイツ人から見れば物価が安い国であるギリシャを訪れた。それと同じことが生じたのだ。日本は、アジアのギリシャになったのである。
だから、外国人観光客の急増は、本当は日本にとって恥ずかしいことであり、悲しいことなのだ。
銀座の表通りに外国人を満載した観光バスがわが物顔に駐車している(たぶん、違法駐車)のを見て、なんと残念なことが起きたのだろうと思った。
無断撮影、敷地内への踏み込み、深夜の騒音、通勤ラッシュの悪化等々。京都などでの観光公害の報道を見て、悲しい気持ちになった。
しかし、多くの人は、外国人旅行客が日本にあふれることを喜ばしいことだと思って歓迎した。それによって、売り上げが増加するからだ。
いまでも、そう考えている人が圧倒的に多いだろう。そうした人たちは、1日も早く渡航制限が完全に解除されることを望んでいるだろう。
1980~1990年代には、これとちょうど逆のことが起きていた。
日本が豊かになり、普通の人でも海外に旅行できるようになった。そして、欧米の豪勢なホテルに泊まって、買い物ができるようになった。
また、日本の経済力が強くなったので、日本で勉強し、日本語を勉強して日本で仕事に就きたいと望んだ外国人が増えた。彼らは、日本の大学に留学してきた。
あるいは、日本経済を研究するために、日本の大学に滞在したいという学者も増えた。日本の高い生活費を払っても、それが価値あると考えられたのである。
これは、大変誇らしいことだと私は考えていた。
しかし、上に述べたように、2013年以降の来日外国人旅行客の急増は、日本が貧しくなったことの表れだったのだ。
「安い日本」に対応した人材しかいない
日本が貧しくなるとともに、人材が劣化した。
それを象徴するのが、論文数の低下だ。
文部科学省の科学技術・学術政策研究所が8月に公表した「科学技術指標2022」によると、研究内容が注目されて数多く引用される論文の数で、日本は3780本。スペイン3845本、韓国3798本に抜かれて、過去最低の12位に転落した。なお、1位は中国(4万6352本)、2位はアメリカ(3万6680本)。日本は中国の12分の1だ。
さまざまな国際比較ランキングでも、日本の人材の質が低下している。
日本の給与が低いのは、生産性の低さからだと指摘される。こうした状況で、賃金が上がるはずはない。
日本には「安い人材」しかいなくなった。いや、そうではない。正確にいうと、本当は能力があるのに、いまの日本の社会構造のために、それを発揮できないのだ。多くの有能な人材が、潜在能力を発揮できずに安い賃金に甘んじている。
これは、「安い日本」におけるもっとも深刻な現象だ。