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安倍総理の志は死なない!!

「台湾に一番近い島」で今起きている驚くべき事態

ミサイル配備なのに、住民避難先は「公民館」
清水 克彦 : 政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師
2023年02月03日

与那国島の東部にある放牧地帯。この近くにミサイル部隊が配備される(写真:筆者撮影)
1月26日、衆議院の本会議場。日本維新の会・馬場伸幸代表の声が響き渡った。「台湾に近い先島諸島の住民およそ10万人の避難対策は最優先の課題だ。地下シェルターは国民保護の重要な手段だが、先島諸島には1つもない。いつまでに整備する方針か」。
1月23日の通常国会召集以降、国会では衆参の本会議や予算委員会などを舞台に、政府が昨年末に決定した防衛費の増額問題で与野党の論戦が続いている。
全国紙や在京メディアの多くは、2027年度以降、増額分の財源を確保するため増税が想定されている点に焦点を当てている。それは当然としても、台湾に近い沖縄県下の島を取材すれば、馬場氏が指摘したとおり、いち早く解決すべき課題が見えてくる。
反撃能力保持で揺れる与那国島
「政府が昨年末に決定した防衛3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)で反撃能力の保持を盛り込んだことは、これからの安全保障を考えるうえで大きなステップになったと思います」
こう語るのは、元自衛隊統合幕僚長の河野克俊氏である。河野氏はさらに続けた。
「これまで日本には、守るという『盾』の役割しかなかったわけですが、『矛』という攻撃の役割も担うことになりました。こちらも反撃しますよ、ということになれば、相手国はひるみ、何よりの抑止力になります。良い方向に進んだと思います」
筆者もこの考え方に異論はない。ただ、敵基地を攻撃できる中長距離ミサイルが配備される可能性がある自治体にとっては、「はい、そうですか」とはならない。
その代表格が沖縄県与那国町だ。
一般的に与那国島として知られる与那国町は、馬場代表が懸念を示した先島諸島(沖縄県の宮古列島と八重山列島の総称)の1つだ。人口は約1700人で日本の最西端に位置する。台湾とは110キロ程度しか離れておらず、時折、台湾軍による演習の砲撃音も聞こえてくる「台湾に一番近い島」である。
政府が防衛3文書の改定と防衛費増額を決めたのを受け、筆者は住民への取材を始めた。そこで聞かれたのは困惑の声ばかりであった。
「2016年に陸上自衛隊の駐屯地ができたときは、反対ではありませんでした。しかし、敵基地を攻撃できるミサイル部隊まで設けるとなると、話は別です」(50代男性)
「中国の動きを見ていますと、やむをえないことかもしれません。でも、中長距離ミサイルを配備する前に納得がいく説明がほしいです」(30代女性)
与那国島にミサイル部隊などの配備計画が伝達されたのは、1月10日のことだ。説明に訪れたのは、沖縄防衛局の小野功雄局長らだ。
これに対応したのは糸数健一町長と町議8人で、そのうちの1人によれば、町側からはミサイル部隊の配備に懸念の声が相次ぎ、住民に説明する機会を設けるよう求める声も上がったという。

与那国町の糸数健一町長(写真:筆者撮影)
「反撃能力は相手国領土にあるミサイル基地を叩くためのものですよね? だとすれば、同盟関係にあるアメリカ軍が標的にするものと同じになります。台湾をめぐって中国とアメリカが軍事衝突した場合、日本もそのお先棒を担ぐことになれば、中国側は当然、日本にあるミサイル基地、つまり与那国島も攻撃の対象にしますよね?」(ある町議)
沖縄県石垣市が所管する尖閣諸島も、「台湾の一部」と見なしてきた中国である。台湾統一に動けば、尖閣諸島も侵攻の対象に含み、その近くに位置する与那国島の自衛隊基地を叩くことは容易に想像できる。
地域振興を名目に自衛隊を誘致
歴史をひもとけば、与那国島に自衛隊基地誘致の話が浮上したのは、2005年の町長選挙で保守系の外間守吉(ほかま・しゅきち)が当選して以降である。
その背景には、1978年以降、中国が当時の最高指導者、鄧小平によって進められた改革開放路線によって経済成長し、資源の確保が急務となり、海洋進出に活路を見出そうとしたことがある。
資源を海洋に求めた中国は、1994年にフィリピンの海域であるミスチーフ礁に建造物を設けて占拠。翌年の1995年には台湾をミサイル発射で威嚇し、アメリカとの間で緊張が高まる事態も引き起こしている。
こうした動きを受け、与那国島では与那国防衛協会を設置し、2008年9月の町議会で自衛隊基地の誘致を次のように決議した。
過疎化が進み、国や県から見放される前に、私たち町民は心を1つにして、諸課題を早期に一挙に解決する必要がある。周辺に忍び寄る国際紛争にも国家の防衛力で身を守りながら国家予算を獲得する方策は、自衛隊誘致しかない(筆者要約)
外間はその後3回、町長選挙で再選を果たしたが、自衛隊基地ができれば隊員とその家族で人口が増え、過疎化に歯止めがかかるとの論法を用いた。つまり、国に向けては安全保障、町内の有権者に向けては地域振興と、その理由を使い分けることで自衛隊基地を誘致したのである。
この思いは、今年春、大規模な自衛隊駐屯施設が完成し、地対艦ミサイル部隊や地対空ミサイル部隊が配備される石垣島(沖縄県石垣市)の住民にも共通するものであろう。
防衛体制の強化前に急がれる住民避難対策
与那国島など先島諸島をめぐるもう1つの懸念は、馬場氏が指摘した住民避難の問題である。
与那国島では昨年11月30日、弾道ミサイルを想定した初めての避難訓練が実施された。ただ、避難先が特に防衛設備もない公民館であったこと、島外へ避難させるには4日から5日もかかる試算が示されたことなど、多くの課題を残した。
何せ、町役場で住民避難を取り仕切っているのは防災担当の課長1人である。町が主体では多くのことは望めない。糸数町長は、筆者の問いにこのような懸念を口にする。
「ロシアに対するウクライナとは違い、与那国島の場合、避難ルートは海路と空路しかありません。海路は石垣島までフェリーで4時間かかり、空路も飛行機が小さくて1つの便に50人しか乗せられません。国には大型船が入れる港湾と大型旅客機が離発着できる空港の整備をお願いしたいです」
ウクライナでは、地下シェルターが多くの市民の命を守った。中国の侵攻に備える台湾も、シェルターを全土で10万カ所以上設置している。
町側は台湾有事に備え、町民に「島内避難と島外避難のどちらを希望するか」を聞き、政府に対してはシェルターの設置を求める方針だ。政府も、先島諸島の自治体で有事を想定した図上訓練を行う予定だが、ミサイル部隊を配備するのであれば、何よりも早く、与那国島をはじめとする先島諸島の人々に、どのようなミサイルを配備するのか(沖縄防衛局は反撃能力を持つミサイルではないと説明)を正確に説明することが必要だ。
そして住民の避難対策、さらには台湾から避難してくるであろう人々(約2万人いる在留邦人も含む)の退避ルートや、避難場所を確保することも急務になる。
防衛装備産業衰退も深刻な課題
先頃、アメリカが、地上発射型中距離ミサイルの在日アメリカ軍への配備を見送ったと報道された。これは、日本が、アメリカ製のトマホークを約500発購入してくれるのに加え、現在は約200キロという「12式地対艦ミサイル」を改良し、射程距離を1000キロ程度まで伸ばして1000発保有することを踏まえたものだ。日本はそれらを沖縄本島を始め、先島諸島に配備すると踏んでのことである。
与那国島では町民の意見が2つに割れ、石垣島では市議会が「長距離ミサイル配備は認めない」とする意見書を可決しているが、数年先には配備される可能性がある。
仮に配備されるとすれば、巨額の税金を投入したり住民を不安に駆り立てたりする犠牲に見合うものを配備する必要があるが、想定される「12式地対艦ミサイル」1つとっても、性能向上は容易ではない。
日本には、紛争地域への武器輸出などを禁じた「武器輸出禁止三原則」という縛りがあるため、防衛産業の衰退が深刻化している。過去5年間で完成品を輸出できたのは、三菱電機の管制警戒レーダー1件(フィリピンへ技術移転)のみで、自衛隊しか顧客がいない防衛産業は、アメリカなどの最新鋭の装備品との過酷な性能競争や価格競争にさらされているのだ。
元自衛隊陸将、渡部悦和氏はこう嘆く。
「例えば、隣の韓国は国を挙げて防衛産業を後押しし、巨額の補助金も出しています。しかし、日本には国を挙げての成長戦略がまったくないのです。企業にとっては、技術開発費がかさみ利益率が低いので、撤退するのは仕方がないことです」
事実、コマツや住友重機械工業といった大手メーカーが、近年、相次いで防衛装備品の製造を打ち切っている。政府は財政支援に乗り出す方針だが、復活は簡単ではない。
反撃能力保持のため、アメリカ製のトマホークを大量購入するのはいいが、潤うのはアメリカだけで、日本の防衛装備品メーカーには何のプラスにもならない。ウクライナがロシアの侵攻を食い止めるため、アメリカやドイツなどから戦車をはじめ武器の供与を受けるのとは訳が違うのだ。
こうして考えると、防衛費増額については2027年度以降の増税の是非を問う前に、もっと早く議論し解決すべき課題があると言わざるをえない。
幸い、中国の習近平指導部は「ゼロコロナ政策」への不満解消や経済成長率の鈍化といった国内問題を優先させなければならない事態に直面している。ウクライナ戦争の成り行きや、来年に迫った台湾総統選挙、アメリカ大統領選挙の行方も見極める必要があるため、ここ1年から2年は台湾統一には動き出せない。この間に、政府は増税以外の課題にできる限り改善を加えておく必要があるだろう。