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今のインドは「30年前の中国」…2027年にはGDPで日本を抜く「未来の大国」とどう付き合うべきか?

前編記事『「昇るインド、沈む中国」…厄介なグローバルサウスの新旧主役と日本の関わり方を考える』に続き、新著『インドの正体』(中公新書ラクレ)を上梓した伊藤融防衛大学校教授と、現代ビジネス中国問題コラムニストの近藤大介が、台頭する「未来の大国」との付き合い方を話し合う。(撮影/西崎進也)

今のインドは「30年前の中国」…2027年にはGDPで日本を抜く「未来の大国」とどう付き合うべきか?© 現代ビジネス
モディ首相が中国企業の呼び込みを後悔した理由
近藤: 習近平主席とモディ首相の初対面は、2014年7月のブラジルBRICS(新興5ヵ国)首脳会議でした。
中国側から聞いた話では、習近平政権は日米などに対抗するため、モディ新政権を取り込もうとした。それで習主席はモディ首相に、「両国が『竜象共舞』(竜と象が共に舞う)で、21世紀のアジアを牽引していこう」と説いた。さらに、「あなたの還暦祝い(同年9月17日)を、あなたの故郷でともに祝いたい」と申し出たそうです。
伊藤: その提案を、モディ新首相は快諾した。それは、クジャラート州首相時代に何度も訪中しており、中国企業を呼び込み、西側諸国の企業と競わせた方がインドの国益になると考えたからです。
また、新政権のスローガンである「メイク・イン・インディア」(インドで製造する)を実現するために、中国企業にも投資してほしかった。インドに安い中国製品を浸透させることで、国民に生活向上を実感させようという意図もありました。
しかし印中共同声明では、当初、両国の事務方が協議していたよりも、協力の規模を縮小させました。インド側が慎重になったのです。
近藤: 私が聞いているのは、次のような話です。モディ首相の還暦当日、クジャラート州のアーメダバード空港に降り立った習近平主席は、出迎えたモディ首相と固い握手を交わして言った。
「私はあなたとの約束を守って、ここへ来た」
ところがモディ首相は、意外な返答をした。
「あなたは私に、とんだ誕生プレゼントをくれた。これがチャイニーズ・スタイルなのか?」
この日、両軍が睨み合う国境のカシミール地方で、中国軍が攻撃を仕掛けたのです。どうも人民解放軍の反習近平派(江沢民派)が、習主席のメンツを潰すために行った挑発行為だったようです。
伊藤: インドはほどなく、中国経済を呼び込んだことを後悔するようになります。祭りに使う花火から、「ガネーシャ」(ヒンドゥの神像)までもが、中国製になってしまったのです。
大手製薬会社も中国企業に買収されました。逆に、インドが得意とするサービス業は、中国が規制をかけていて、中国市場に参入できませんでした。
インドと中国との蜜月は終了
近藤: 中国はイケイケドンドンで、翌2015年5月にモディ首相を、仏教にゆかりのある古都・西安に招待します。この時は、習主席がわざわざ、北京から1000km近くも離れた西安に飛んで、至れり尽くせりの接待をしました。
伊藤: しかし、翌2016年1月、パキスタンのJeM(ムハンマド軍)が、インド北部のパンジャブ州パタンコート空軍基地への襲撃事件を起こした際、国連がJeMを国際テロ組織に認定することを、中国が拒否した。続いて同年6月、インドのNSG(原子力供給国グループ)入りを、やはり中国が拒否した。
この二つの出来事で、インドにとって中国との蜜月は終了しました。翌2017年5月、習近平主席が北京で主催した「一帯一路国際協力サミットフォーラム」を、インドはドタキャン。南アジアで不参加だったのは、インドとブータンだけです。
近藤: 東アジアでも「一帯一路」への不参加国が2ヵ国あり、それは日本と北朝鮮でした。ともあれ同年夏、両国の国境付近でトラブルが起こりますね。
伊藤: そうです。中国側がドクラム高地(中国・ブータン間の係争地)で突然、道路建設を始めたのです。インドがこれを許せば、有事の際に中国軍がインドに侵攻しやすくなるので、看過できません。結局、2ヵ月以上、印中両軍が睨み合った後、中国軍が撤退しました。
近藤: この時、中国側は「われわれの要求に応じてインド軍が撤退した」と発表しています。ともかくこの辺りから、両国関係はこじれていきましたね。
私は、習近平主席がモディ首相を見限ったのは、2019年10月に、インド南部のチェンナイで行った首脳会談の時と見ています。
習主席は、アメリカが加わらない東アジア16ヵ国の自由貿易の枠組みRCEP(地域的な包括的経済連携)を早くまとめ上げたかった。そのため、ネックになっていたインドを説得しようと、1泊2日で訪印。いわば「モディに頭を下げる旅」でした。
しかし、モディ首相からけんもほろろに肘鉄を喰らい、失意の帰国。RCEPは1年後にインド抜きで妥結しました。習主席が外交的に赤っ恥をかいたのは、2015年9月の訪米に続いて、2度目のことでした。
習近平外交の弊害が表面化
伊藤: インドからすれば、中国との関係が、もう簡単には引き返せないほど険悪化したのは、翌2020年6月のガルワン渓谷での衝突です。インド軍の死者は20名に達し、インド国内の反中感情と対中警戒論は決定的なものとなりました。中国製品のボイコットだけでなく、中国からの投資を締め出す動きが続きました。
近藤: あの時は、中国側も死者が出たはずですが、発表していません。調べていくと、どうも人民解放軍ではなく、民兵が出動していたようです。いわば「中国版ワグネル」です。
伊藤: インドからすると、習近平政権の外交は理解不能なんです。周知のように、2018年から「米中2大国」の対立が本格化し、「米中新冷戦」と言われるようになった。中国とすれば、太平洋側のアメリカとの対立が激化しているのだから、後背地にあるインドとの関係を強化しようとするはずです。ところが中国は、逆にインドに無謀な戦闘を仕掛けてきたのです。
近藤: 「外交の常識」からすれば、ありえない行動ですね。
伊藤: その通りです。そこでインドは、中国にいくつかの「外交的シグナル」を送りました。つまり、中国が嫌がるような行動をあえて慎むことで、中国からの応答を待ったのです。例えば、アメリカが唱えるQUAD(日米豪印)首脳会合への参加を保留するといったことです。
しかし中国は、こうしたインド側のシグナルに、ことごとく無反応でした。それで「中国は一体、何を考えているのか?」と、ますます疑心暗鬼になっていったのです。
近藤: それはひとえに、習近平外交の弊害が出ているのだと思います。今月1日に中国で施行された「対外関係法」で明確に定めていますが、中国の外交政策を策定するのは「党中央」(習近平総書記)であり、国事活動を行うのは「国家主席」(習近平主席)です。
では中国外交部(外務省)は何をするのかと言えば、「外交事務」。つまり首脳会談の日時や場所の設定といったロジスティックです。
ここまで「習近平一色」の体制になると、中国の政治家や外交官たちは、常に習主席だけを見て行動するようになる。まるで「後ろ向き」のまま外交をやっているようなもので、相手の国がどう考えるかは二の次なのです。
伊藤: そうだとすれば、中国外交は多分に危ういですね。インドでは、外交・安全保障政策の大枠は、モディ首相とジャイシャンカル外相、ドヴァル国家安全保障顧問が中心に策定していると言われています。
近藤: 中国の秦剛外相は、6月25日以降、丸1ヵ月も「失踪中」ですよ(笑)。本当に、忽然と消えてしまって、外交部の報道官も「知らぬ、存ぜぬ」を通しています。これは、私が昨年出した著書(講談社現代新書)のタイトルなんですが、まさに『ふしぎな中国』です。
モディ政権、3期目突入はほぼ確実
伊藤: ただ、モディ首相も、2019年春の総選挙に勝利して以降、「ヒンドゥー・ナショナリズム」の体現者としての個人崇拝が始まっています。政界でも官界でも「モディ崇拝者」が増えているのです。
近藤: 中国では強制的な「習近平崇拝」が進められていますが、インドでは自主的な「モディ崇拝」ということですね。
伊藤: インドでも、例えばメディアによるモディ政権の批判は、タブー視されるようになってきています。5月に「国境なき記者団」が発表した最新の「報道の自由度ランキング」で、インドは180ヵ国・地域中、161位まで順位を下げました。
近藤: ちなみに中国は、179位でした。もう後ろには、180位の北朝鮮しかいません(笑)。
伊藤: モディ政権は、国内のイスラム教徒への弾圧も強めています。2019年8月には、イスラム教徒が多数を占めるジャンムー・カシミール州の自治権を剥奪し(憲法第370条適用停止)、同州を二つの連邦直轄地に分割してしまいました。
こうした人権侵害について、先月22日のホワイトハウスでの米印首脳会談の後、アメリカメディアの女性記者が質問したら、モディ首相は「民主主義はインドのDNAだ」と、気色ばんで反論しました。そしてその後、質問した女性記者のSNSが、「モディ崇拝者」たちによって、大炎上したのです。
近藤: そのような状況からすると、来年春の総選挙でも、モディ首相率いるBJPが勝ちそうですか?
伊藤: 野党が結束して、モディに対抗しうるような首相候補を国民に示せない状況が続くなら、間違いなく勝つでしょう。つまり、モディ政権が2期10年を経て、3期目に入るということです。そして、ますます「ヒンドゥー・ナショナリズム」を強めていく。
近藤: 2期10年を経て、強権的な3期目に突入――まさに習近平政権が辿った道です。
それでも世界は、インドにラブコールを送っていますよね。先月、モディ首相が国賓として訪米しましたが、ジョー・バイデン大統領は、「最も重要な二国間関係」と持ち上げた。ホワイトハウスで開いた歓迎晩餐会の出席者は、7000人に上りました。
伊藤: インドはウクライナに侵攻したロシアに制裁をかけないどころか、ロシアから武器や原油を大量に買っている。それでもご指摘のように、日本を含めた西側諸国から熱烈なラブコールを受けています。それはひとえに、中国に対抗するにはインドを味方につけるしかないという判断からでしょう。
まさに「昇るインド、沈む中国」
近藤: やはり背景は中国ということですね。国連の4月の発表によれば、インドの人口はついに中国を抜いたし、「一人っ子政策」の後遺症で少子高齢化に歯止めがかからない中国に対して、インドは若者の数が多い健全な人口ピラミッドを構成しています。
この先、「昇るインド、沈む中国」となるかもしれないと見て、中国はインドを、大いに警戒をしています。
伊藤: 産業構造や識字率といった各種統計から、いまのインドは「30年前の中国」と言えると思います。経済的に見れば、インドのGDPは昨年、元宗主国のイギリスを抜いて5位に浮上しました。IMF(国際通貨基金)の予測によれば、2025年にドイツを抜き、2027年には日本も抜きます。
ただ、2050年になっても、GDPはアメリカの82%、中国の56%で、3位のままです。日本の4倍には達していますが。



近藤: 最後にお聞きしますが、日本はこの先、そのような「台頭するインド」と、どう付き合っていけばよいのでしょうか?
伊藤: 日本はアメリカのように世界を牛耳る超大国ではないし、ヨーロッパのようにインドを支配した歴史もありません。そうした立場を利用して、インドをできるだけ自由民主主義の側に引き戻す役割を果たしていくべきです。価値観を巡る問題についても、何も言わないのではなく、対等な友人として、率直に意見交換を行うべきでしょう。
日本企業は、自らの製品や技術を、インドの発展に欠かせないものと思わせる努力が必要です。同時に、価値観の相違に目を向けず、利益だけを追求してきた中国ビジネスの教訓を活かすべきです。
日本にとって、インドは、厄介だけれども、必要な国なのです。
近藤: 今日は、どうもありがとうございました。