Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

新聞の敵は「NHKのネットではない」と断言できる

「ニュースはネットでタダで読める」からの脱却
境 治 : メディアコンサルタント
2023年08月09日
このところ、日本新聞協会(以下、新聞協会)の各所での発言が目立っている。直近では自民党・情報通信戦略調査会の8月2日の会合だ。報道によると「NHKのネットテキスト業務は撤退を」と新聞協会が主張したという。そこまで言うか!と驚いた。明らかに言いすぎと感じた。
NHKのネット業務に反対する新聞協会
筆者が関係筋に確認したところ、新聞協会は7月12日にもこの調査会に日本民間放送連盟と共に呼ばれ、NHKネット展開の必須業務化に反対論を唱えたという。だが議員たちからはほとんど共感を得られなかった。共感されないのに、さらに強い主張をする図太さにはある意味感心する。
新聞協会はNHKのネット業務について議論する総務省の有識者会議「公共放送ワーキンググループ」(以下、公共放送WG)でも、必須業務化への反対を数回にわたって主張してきた。
現状はNHKの本来業務は放送であり、ネット事業はその「補完業務」とされ予算にも縛りがある。「公共放送WG」では、NHKはネット業務も必須業務化したほうが国民の利益にかなうとの方向性で有識者たちが議論を進めていた。
そこにオブザーバーとして乗り込んできた新聞協会は、NHKが「理解増進情報」を無料でネットで読めるようにしていることが「民業圧迫」に当たると指摘していた。「理解増進情報」とはストレートニュースではなく解説記事などを言う独特の言葉だ。「テキスト業務は撤退」というのはさらに進んで映像と音声以外出すなと言っている。NHKがテキストニュースをネットに出すことを、地方紙が問題視しているというのだ。
NHKのテキストと新聞のネット版は競合する?
これらの場で意見をぶつけ合うのはいいが、新聞協会の主張はあまりにも乱暴でデータも何もない印象論にすぎない。何より、国民の意思や利益をまったく視野に入れていない。自分たちの権益を守るために「怪気炎」を上げる保守派にしか見えない。有識者や政治家のみなさんにわざわざ反感を植え付けているだけで、交渉術としてあまりにも拙い。
受信料をきちんと払っている国民の1人として言わせてもらうが、NHKがネットでテキストニュースや「理解増進情報」を発信するのは、価値ある活動なので絶対にやめてほしくない。何の権利があって「撤退せよ」と言うのだろうか。国民の利益を損なうことをゴリゴリ言っても、世間の新聞業界への反感を巻き起こすだけだと理解したほうがいい。
私は日本経済新聞を紙で購読し、ネット版も読んでいる。一方、朝日新聞デジタルの有料購読者でもある。NHKがテキストニュースをネットでいまより配信したからといって、2紙の購読をやめたりしない。新聞のネット版とNHKのテキストニュースは競合関係にはまったくなっていない。なぜならば性質が全然違うからだ。
NHKのニュースはあまり余計な色がついておらず、解説的なものにしても語り手のキャラクターはほとんど出さない。純度は高いが味は薄いのが公共放送NHKの特徴だし、それでいい。
新聞は、それぞれの傾向があり、記者個人の主張を感じることも多い。経済情報ではNHKより日本経済新聞のほうがさらに詳しくディープだ。朝日新聞はよく言われるような左への偏りも感じる。それもわかったうえで、独自のオピニオン性が高いし、特集やシリーズも興味を引くものが多い。時折、左に傾きすぎて辟易することもあるが、それもわかったうえで重宝している。
実は紙の時代は日本経済新聞だけを購読していた。ネットでさまざまなメディアに接するうちに、朝日は全文読みたい記事が多いことに気づいてデジタル版を契約した。そこにNHKのテキストニュースが多少量が増えたところで、朝日や日経が不要になったりはしないのだ。
地方紙にとってとくにNHKのネット進出が脅威だと言うが、それを言うなら全国紙が各地方に進出しているほうがずっと具体的な脅威だろう。NHKにとやかく言う前に新聞社同士がエリア制限し互いを守るほうがずっと地方紙にとって重要ではないか。それを調整するのも業界団体の役割ではないのか?
NHKは2020年から「NHK+(プラス)」というアプリで同時配信+見逃し配信をスタートした。民放は在京キー局が団結してTVerアプリを2015年に開始していた。NHK+の登場でTVerはユーザー数を減らしてなどいない。「2023年度第1四半期業務報告」によるとNHK+はID登録数401万、週平均のUB数は150.6万だった。
TVerは今年4月に累計ダウンロード数6000万を超え、5月の月間UB数は2800万に達した。NHKの週平均150.6万を4倍にしても600万程度で、TVerのほうが断然多い。先に始めたサービスの優位性はあるにしても、NHK+が何の民業圧迫にもなっていないことがわかる。
TVerはドラマ・バラエティーなどエンタメ中心だが、NHK+だって民放ドラマより視聴率が高い朝ドラや大河ドラマを視聴できるのだ。NHKがネットではさほど強い存在ではないのは明らかだろう。民業圧迫は幻だ。新聞協会は幻といつまで戦い続けるのか。
新聞協会のこれからの本当の敵
新聞協会のこれからの本当の敵はNHKではなく、「多死社会」だ。都内ではすでに火葬場が1〜2週間待ちになっている。高齢者がどんどん亡くなっているからだ。その影響を、今後の新聞業界はダイレクトに受けてしまう。
新聞通信調査会の「メディアに関する全国世論調査2021」によると、「月ぎめで新聞を取っている人の割合」は70代以上が84.0%で、しかも前年より増えていた。いわゆる団塊の世代が70代に入ったのでかなり大きな人数だ。60代は71.6%で前年比-6.1%、50代は61.3%で前年比-5.3%といずれも大きく減少していた。40代は46.2%でなぜか前年より+3.1%だったが、とにかく若い世代ほど新聞を取っていない。30代は32.4%だった。ざっくり言うと、70代以上が新聞購読者の核なのだ。
次に、国立社会保障・人口問題研究所が出している2020年と2030年の人口予測を調べてみた。2020年の70歳以上は合計2795万人だったが、同じ人たちが2030年に80歳以上になり、予測値によると人数は1569万人に減る。実に1226万人、44%も減るのだ。
新聞購読者の中核たる70歳以上が2030年までに半分近くにまで減少する。その下の世代は購読率が下がっている。まさか60代の人が70歳になったら「わしも年寄りになったから新聞でも取るか」とはならないだろう。今後、新聞発行部数は雪崩のように減少が加速する。
今年は各新聞が購読料を値上げした。紙の価格上昇で上げざるをえないのだろう。2021年から2022年にかけて、新聞の発行部数は3303万部から3085万部へと218万部も減らした。購読料の値上げで今年はさらに部数減少に拍車がかかるだろう。
さらに言えば、長らく紙の新聞を取ってきた私だが、毎日みるみる新聞紙が資源ごみと化すのを悩ましく思っている。朝刊に載っているニュースはほとんど前の晩にネットで読んでいるので、前ほど紙を読まなくなった。このSDGsのご時世に、届いた途端に資源ごみになる新聞とはいったい何かと疑問に思わざるをえない。
つまり新聞は、購読者が高齢化してしまったうえに、紙の形態が時代に合わなくなっているのだ。NHKのネット必須業務化にいちゃもんをつける暇があったら、自分たちのビジネスモデルの大転換をこそ議論すべきではないのか。私だって新聞にはなくなってほしくない。真っ当なニュースの担い手は、ネットの時代こそ大事になっているのだから。
自分たちのメディアこそ開発すべき
私から日本の新聞業界への提案は、「新聞」というプラットフォームをいますぐ立ち上げることだ。そしていま複数のニュースアプリに記事を提供しているのを一斉にやめる。記者たちが毎日奮闘して集めた記事を、よそのプラットフォームに渡してわずかな収益を得るのではなく、自分たちで作ったプラットフォームに全収益を吸い上げるのだ。経営的にはしばらく厳しいだろうが、耐え抜いた先に新しいビジネスモデルが構築できる。TVerを見ればまとまることの強さはわかるはずだ。
若い人は「ニュースはネットでタダで読める」と思っている。そうしてしまったのはほかならぬ新聞社自身。今からでも切り替えるべきだ。「ニュースは無料で読めます。ネット上の“新聞”で。さらに詳しい記事や解説、特集などはそれぞれのニュースサイトで有料で読めます」。そうすればすべてが解決する、とは言わない。だがそれが第一歩ではないのか。過去に似た試みが失敗したのも知っているが、今はまた状況が違う。もう一度、今回はすべての新聞社に参加してもらってトライすべきだ。新聞協会のメディア開発委員会(各所での発言はこの名義で出される)というなら、自分たちのメディアこそ開発するべきだろう。
そのうえで、「NHKのネット必須業務化、大賛成」と意見を翻し、「ただし一緒にネットの言論空間を安全安心に守るために協力を」と呼びかける。そしてNHKのテキストニュースに必ず各新聞の関連記事、解説記事へのリンクを貼るルールにする。公共メディアであるNHKがこれを断る理由はないだろう。それにNHKも新聞協会の会員社だ。同じ団体の一員として喜んでリンクを貼るはずだ。国民も歓迎し、少しは新聞協会を好きになってくれるかもしれない。