Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

CO2排出「50%削減」で製造業の空洞化が加速する

(池田 信夫:経済学者、アゴラ研究所代表取締役所長)
 4月16日に行われる日米首脳会談の最大の議題の1つが気候変動である。アメリカのバイデン大統領は大統領選挙で「2050年CO2排出ゼロ」という公約を掲げ、菅首相も同じ目標を表明したので、それをどこまで具体化するかが焦点となる。
 特に影響が大きいのは、気候変動に関するパリ協定で約束したCO2削減目標をどこまで上積みするかである。日本は2030年までに、2013年比26%削減を約束している。これは原発の動かない現状では不可能だが、アメリカ政府は上積みを求めているという。
50%削減には膨大な「エネルギー浪費」が必要
 バイデン大統領は2005年比50%削減を打ち出す見通しで、その予算2兆ドルを議会に提案している。彼はトランプ大統領の脱退したパリ協定に復帰し、4月22日にオンラインで開催する「気候変動サミット」のホストになるので、世界の気候変動対策のリーダーになろうとしているのだろう。
 EU(ヨーロッパ連合)はすでに1990年比55%削減という目標を打ち出したので、欧米で日本の「脱炭素包囲網」ができている。これに対して菅首相は明言を避けているが、日米首脳会談に同行する小泉進次郎環境相は「2030年に50%削減は当然だ」と公言している。
 霞が関では「無理すれば40%までは何とかなる」という声もあるので、45%あたりが落とし所かもしれないが、26%削減と45%削減は、まったく違う世界である。電力だけを考えると、26%削減は第5次エネルギー基本計画で想定したように原発の運転期限を延長してすべて再稼働すれば、計算上は達成できる。
 いま日本の電力の火力比率は75%なので、これを26%減らして55%にすることは、原発20%、再生可能エネルギー(水力を含む)25%にして非化石電源を45%にすれば可能だが、50%は不可能だ。
 火力比率を37%に減らすには、残りの63%をすべて非化石電源にしなければならない。原子力が20%としても、残りの43%を再エネにする必要があるが、今の再エネ比率は21%。これをあと9年で2倍にすることは物理的に不可能である。
 原発がフル稼働して再エネが30%になったとしても、残る10%以上は水素やアンモニアなどの水素エネルギー変換で埋める必要がある。たとえばLNG(液化天然ガス)で発電した電力で水を電気分解して水素をつくり、それを燃やして発電するのだ。
 LNG火力発電で水を電気分解して水素をつくり、それを燃やして発電するのは無駄であり、元のLNGで発電したほうがエネルギー効率は2倍以上高い。しかもLNGを燃やすとCO2が発生するので環境負荷も変わらないが、ここにはからくりがある。
「水素エネルギー」の巧妙なトリック
 いま総合商社は「水素ブーム」だという。水素は比重が軽いので大気中になく、液化するには零下250℃以下にしなければならないが、アンモニアは窒素と水素の化合物で扱いやすく、肥料などの材料として大量生産されているので、産油国のLNG発電所で水素からアンモニアをつくり、それをタンカーで日本に輸入するのだ。
 これもLNGのエネルギーを水素に変え、それをアンモニアに変えて日本に運び、それを燃やして発電するものだから明らかな無駄で、直接LNGを日本に輸入すればいい。しかしそれだと、CO2が日本国内で発生する。産油国でLNGを燃やせば、それは日本の排出量にカウントされない。
 つまりこれは日本の代わりに産油国でCO2を発生させるだけで、地球全体として排出するCO2の量は変わらないのだ。経産省の燃料アンモニア導入官民協議会によれば、アンモニアの発電単価は23.5円/kWhぐらいで、LNGの発電単価は13円の約2倍である。
 LNGのコストをわざわざ2倍にするビジネスは、資本主義ではありえないが、日本政府としては、CO2を日本の代わりに産油国で排出することに意味がある。特に電力会社の化石燃料をすべてアンモニアに変えれば、電力部門のCO2排出量は現在の半分になるので、国際公約を満たせるかもしれない。
 それならこんなややこしいことをしなくても、産油国から排出枠を買えばいいのだが、それだと日本政府の面子が立たない。それをごまかすために電力会社がアンモニアという形で排出枠を買い、そのコストを電力利用者に転嫁するのだ。
 CO2の収支を「炭素会計」と呼ぶが、これはその会計操作である。1990年代に銀行が不良資産を子会社に付け替える「飛ばし」が横行したが、これもCO2という不良資産を産油国に飛ばすだけで、地球環境問題の解決にはならない。
 それでも50%削減できないと、CO2を地中に埋めるCCS(炭素貯留装置)が必要になる。これは気体を地中に埋めるだけで、何も生み出さない明らかな浪費である。
日本の電気代は中国の7倍になる
 1970年代にも、エネルギー危機が起こった。石油ショックで原油価格が暴騰し、日本中が「省エネ」に取り組み、日本の自動車の燃費は飛躍的に向上した。「できるはずがない」といわれた省エネ技術を日本の電機メーカーがつくり、世界を制覇した。今回も日本企業は歯を食いしばってやる、と役所はみているのだろう。
 電力会社はやるかもしれない。東京電力と中部電力の合弁会社JERAは、2050年までに火力発電所をすべてアンモニア発電に変えるという方針を表明した。それによって電気代が2倍になったら、電力利用者に転嫁すればいい。
 しかし製造業はそうはいかない。トヨタ自動車の豊田章男社長が警告したように、かつては賃金の低い国に工場を移すグローバル化が起こったが、これからはCO2の負担が少ない国に工場を移すグローバル化が起こる。トヨタが「国内300万台」などと無理をする義理はないのだ。
 日本製鉄も1万人の合理化計画を発表し、今後は国内で高炉は建設しない。「カーボンフリー製鉄」という技術もあるが、コストは現在の2倍になる。政府の補助金なしでは、高炉メーカーは国内に残らないだろう。
 これから起こるのは、賃金の安い国に工場を移して生産性を上げるグローバル化ではなく、水素やアンモニアを使って環境コストの負担を逃れる浪費のグローバル化である。それは法人税率の低いタックス・ヘイブンに本社を移すのと同じ非生産的な競争だが、企業収益には大きな影響を及ぼす。
 製造業が逃げる先のカーボン・ヘイブンは、火力比率5%のフランスや1%のスウェーデン、あるいは2030年までに原発を100基以上稼働する中国だろう。習近平国家主席は昨年の国連総会で、原子力と再エネだけで2060年までにCO2排出ゼロにすると約束した。中国には反原発運動がないので、これは日本の「再エネ100%」と違って達成可能な目標である。
 中国が計画通り原発を建設すると、2030年代には電力単価は3円/kWhまで下がると予想されている。他方で日本ではCO2のコストを電気代に転嫁するため、23円/kWh程度になる見通しだ。中国の7倍のコストでは競争できないので、新しい工場は中国に建設するだろう。
 日本の製造業の経営者は従業員をレイオフしたり、政府を批判したりしない。希望退職を募集して新しい工場をカーボン・ヘイブンに建て、国内の雇用は失われる。このように1990年代から続いてきた「静かな空洞化」が、日本経済の衰退の原因なのだ。


環境保護は外見はグリーンでも、中身は真っ赤(共産主義)のスイカだ!!!