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安倍総理の志は死なない!!

「台湾有事」はアメリカが言うように近いのか

日米首脳会談が提起した日米安保の4論点
岡田 充 : 共同通信客員論説委員
2021年04月22日

対面で行われた日米首脳会談。対中政策でバイデン大統領(右)は日本を安保上、前面に押し出そうとしている(写真・2021 Bloomberg Finance LP)


アメリカ・ワシントンで2021年4月16日に行われた日米首脳会談は、共同声明で日中国交正常化以来、初めて台湾問題を盛り込んだ。同時に、日米安保を中国抑止の「対中同盟」に変えようとし、同盟強化を外交の柱に据えたバイデン政権は、台湾有事の危機感を煽ることで日本を対中抑止の「最前線」にしようと狙っている。
台湾に言及した共同声明は、アメリカの「深謀遠慮」が見事に結実したことを見せつけた。台湾有事は本当に近いのかという論点をはじめ、共同声明が提起する「日米中安保」の4論点を整理する。
バイデン政権による周到な準備
台湾問題の言及を含め安全保障政策の大転換は、2016年に施行された安保法制前なら、野党や世論を巻き込んで大論争に発展していただろう。コロナ感染の第4波に見舞われ、コロナ対策がプライオリティになっていることもあるが、安保論争は「音無し」だ。
台湾については、トランプ前政権の積極的関与政策を継承したバイデンの周到な準備があった。第1は、首脳会談の「前座」になった日米安全保障協議委員会(「2プラス2」)だ。
「2プラス2」は、「台湾海峡の平和と安定の重要性」という一文を2005年以来初めて共同文書に盛り込んだ。さらに米中の政治、経済、軍事、IT技術をめぐる対立だけでなく、尖閣、南シナ海、台湾、香港、新疆の人権問題に至るまで、米中対立のあらゆるテーマを網羅し、中国を「批判」、「反対」、「懸念」表明する。
日米両国がこれほど包括的に中国を全面批判した外交文書は初めてであり、中国を敵対視する「対中同盟」化の流れも「2プラス2」で決まった。
首脳会談の共同声明も、中国批判をすべて盛り込んだが、多くの読者にとって既視感があり驚きはなかったはずだ。バイデン政権は、台湾問題に対する危機感が、日本政府と世論に浸透し、共有されているという認識に立ち、首脳会談でも日本政府の一部にあった慎重論を押し切って、台湾問題を入れることに成功した。
バイデンはさらに2021年3月、対日工作と併行して、「今後6年以内に中国が台湾を侵攻する可能性がある」(デービッドソン前アメリカ・インド太平洋軍司令官、3月9日)「中国の台湾侵攻は大多数が考えるより間近」(アキリーノ太平洋艦隊司令官、3月23日)などと、米軍・情報関係者が、台湾有事が切迫しているというキャンペーンを展開した。
日本の主要メディアや識者は、特にデービッドソン発言を「重い意味がある」として、台湾有事が近い論拠にした。
軍事緊張は「戦闘の意思と能力」を図るテスト
ここで第1かつ最大の論点は、中国が武力行使する「台湾有事」は、本当に切迫しているかどうかである。バイデン政権は2021年3月25日、アメリカと台湾の沿岸警備を協力・強化する覚書に署名した。続いて4月9日に台湾との政府間交流の拡大に向け新指針を発表すると、大量の中国軍機が台湾防空識別圏に繰り返し入り、「異様なキナ臭さ」が台湾海峡に漂った。
しかし2020年夏から台湾海峡を舞台に繰り広げられた軍事的緊張は、米中双方が互いの戦闘意志と戦闘能力をテストするためと筆者は見ている。中国がいま台湾に武力行使できない要因の第1は、世界最強の軍事力を持つアメリカと衝突しても勝ち目はないこと。第2に、「統一支持」がわずか3%にすぎない台湾の民意。民意に逆らって統一しても、国内に新たな「分裂勢力」を抱える結果になるだけだ。第3に、国際的な反発は香港の比ではなく、成長維持のために設定した「一帯一路」にもブレーキがかかる。
習近平は2019年の初め、彼の包括的な台湾政策(習五点)を発表し、「武力使用の放棄」は約束しないとしながらも、統一の進め方について「(中台の)融合発展を深化させて、平和統一の基礎を固める」との方針を唱えた。台湾海峡両岸の経済・社会的条件を融合発展させることによって、統一条件を作り出すという気の長い方針である。
習は2021年3月末、台湾対岸の福建省を訪問した際、「両岸の融合方針」を再確認する発言をしたが、これは「武力行使が近い」とする西側観測を否定するサインだった。
日米など西側では、台湾問題や香港への「国家安全維持法」導入を「習近平に権力を集中した強硬姿勢の表れ」との観測が目立つが、あまり根拠はない分析だ。アメリカ・イェール大学の歴史学者であるオッド・アルネ・ウェスタッド教授は「朝日新聞」のインタビュー に、中国の行動を「国益を阻害する他国の動きに対抗している」と、アメリカの行動に対する「受動的」なものとの見方を示している。
にもかかわらず、アメリカが有事危機を煽る狙いは何かが、第2の論点だ。アメリカの何人かの識者がその狙いを解き明かしている。簡単に言えば、影響力を失いつつあるアメリカに代わって、日本を地域安全保障の「ハブ」にしようとする「深謀遠慮」である。
まず、ロバートD.ブラックウィル氏(外交問題評議会ヘンリー・A・キッシンジャー外交政策上級研究員)の近著「米国、中国、台湾:戦争防止の戦略」を紹介したい。彼は「同盟国、特に日本と協力し、中国の台湾への軍事行動に立ち向かい、台湾自身の防衛を助けるような新計画を準備する」必要を提言した。共同声明が台湾問題での日米連携を追求する論拠にもなっている。
もう1つはマイケル・グリーン元国家安全保障会議(NSC)アジア上級部長が2020年10月、菅首相が初の外遊先にベトナム、インドネシアを訪問した直後に「日本のような主要な同盟国が、地域の新たな安全保障枠組みの『ハブ』(中心)になることが求められている。菅の東南アジアへの訪問はその戦略を前進させる」と書いたのを見逃してはならない。
日本を地域安保のハブにしたいアメリカ
グリーン論文を読んだのかどうかは定かではないが、安倍晋三前首相は3月27日の自民党新潟県連主催の講演で、対中国政策について「インド太平洋地域がフロントライン(最前線)になった」「日米安全保障条約が本当に重要になってきた」と述べ、日本が「最前線」に立つ決意を鮮明にした。
第3の論点は、日本にアジア地域の安保の最前線を担う意思と能力があるかどうかだ。共同声明は冒頭で「日本は自らの防衛力を強化することを決意した」と書き、「2プラス2」の「能力の向上を決意」より強い表現だった。
日本にとって尖閣の視線の先にあるのが台湾問題。中国による尖閣奪取や台湾侵攻を過剰に宣伝することによって、(1)自衛隊の装備強化、(2)自衛隊の南西シフト、(3)日米共同行動、を加速しようという思惑が透ける。特に、中国が大量配備している地上配備型中距離ミサイルについて、防衛関係者は、台湾有事になれば沖縄の米軍基地を標的にする可能性が高いとみる。これに対抗して、南西諸島の陸自ミサイル部隊に、中国ミサイル搭載艦艇に対抗する役割も担わせようという動きも出てきた。
「2プラス2」時の岸信夫防衛相とオースチン国防相との会談では、台湾海峡で不測の事態が起きかねないとの懸念に基づき「台湾有事では緊密に連携する方針」を確認した。岸は「日本の平和と安定に大きく影響を及ぼす」として、台湾支援に向かう米軍に自衛隊がどのような協力が可能か検討する意思表明をした。岸は日米首脳会談の当日、台湾との距離が110キロメートルと最も近い与那国島の陸自ミサイル監視部隊を敢えて訪問し激励した。台湾防衛に向けた日本のサインだ。
こうしてみると台湾防衛に向けた意思だけは、次第に整えつつある。核はもちろんミサイル、空海軍力で、中国と日本を比較するとその差は明らか。アメリカに代わって安保のハブになる能力があるとは思えない。
最後の論点は、日米安保の性格を「対中同盟」に変質させたことに対し、中国がどう反応するかである。中国共産党機関紙「人民日報」系の「環球時報」は、日米首脳会談終了直後、「日本はアメリカの邪悪な共犯者」と厳しく批判する社説を発表した。中国外務省も4月17日、首脳会談に関する談話を発表し、共同声明について「地域の平和と安定を危険にさらす『日米同盟』の性質と陰謀を認識させた」と批判。中国は「必要なすべての措置を講じる」と、対抗措置と予告した。
しかしこれまでのところ、中国外務省は日本大使を呼んで抗議をしていないし、抗議声明を出すなどの強硬姿勢は出していない。中国にとって今最大の課題は、長期化する対米闘争をいかに有利に展開し、経済発展に安定した環境を作ることにある。
中国は全面対決回避を「寸止め」
このため、米中対立が本格化する2018年以来、安倍政権への激しい批判を封印してきた。対米闘争を有利に展開するため、日本、韓国、インドなど近隣国との友好関係を重視したからである。「環球時報」が、「日本はアメリカに引きずられている」という認識に立っていることに着目したい。日本との矛盾は「副次的」であり、「敵対関係」とはみなしてはいない。
今後、中国メディアや識者が、折に触れ対日批判を展開するとみられるが、日本を引き付け日米離間を図る政策に変化はないとみていい。それが対日全面批判を「寸止め」している理由だ。
ただ中国を敵対視する共同声明を出した以上、日中平和条約で中国との友好・協力を約束し、日本の将来の経済の命運に影響を与える中国との関係を放置していいわけはない。安全保障とは、外交努力を重ね、地域の「安定」を確立するのが本来の目的であることを忘れてはならない。
頭の整理のために少しだけ、付け加える。1996年の日米安保再定義では、日米安保は第3国に向けたものではない「地域の安定の基礎」としてきたが、今回の首脳会談を受け日本は、インド・太平洋だけでなく、グローバルな舞台でアメリカとともに対中包囲網で連携することを約束した。もはや「インド太平洋」や「日米豪印4国」(クワッド)は「中国包囲のためではない」という言い訳は通用しなくなった。「安保はアメリカ、経済は中国」という政経分離がいつまで通用するのかも問われるだろう。