Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

「脱炭素」は一歩間違えれば「ムリゲー」になる

日本の「国際競争力復活」に必要なことは何か
村上 尚己 : エコノミスト
2021年04月30日
「脱炭素政策の前にやることがある」という
4月22~23日に気候変動に関するサミットがアメリカ主催で開催され、約40カ国の指導者が参加した。パリ協定が掲げる平均気温上昇を抑制するための温暖化ガス削減に向けて政策転換を行っているジョー・バイデン政権は、サミットにおいて排出量を2005年対比で約50%削減するとの目標を掲げた。
先んじて温暖化問題に熱心だったヨーロッパ諸国に、バイデン政権が再び寄り添った格好だが、日本もアメリカに追随した。菅義偉政権は発足当初から「脱炭素政策」を重視していたが、今回のサミットでは、2013年対比で約46%と削減目標を従来から引き上げた。
温暖化ガスの最大の排出国である中国は、2020年9月の国連総会において習近平国家主席が、2030年までにCO2排出量の増加を止めることに加えて2060年までのカーボンニュートラルを目指す、と発言している。ただし今回のサミットでは、2030年までの明確な削減目標を改めて示すには至らなかった。
筆者は気候変動問題について十分な知見を持っているわけではない。だが、温暖化ガスが近年の急激な気温上昇を招き、世界の環境に大きな影響を及ぼしている問題に関して科学的な知見は積み重ねられている、と考える。このため、気温上昇に歯止めをかけることは、環境変化がもたらす負の外部性を低下させるため、経済的に合理性がある政策対応になる。
日本は排出削減にどの程度貢献できるのか
また、政権交代によってアメリカの姿勢が転換して大きな潮流ができたので、それに日本が乗り遅れることは、国際政治の世界ではありえない選択肢だろう。むしろ、温暖化問題に関するルール策定に積極的に関与して存在感を示すことが、日本の国益を高める一つの手段になる。
一方で、今回の温暖化ガス削減目標の引き上げについて、その妥当性について客観的な論拠を示すことは実際には難しいと思われる。アメリカやヨーロッパとの政治的な距離感を考えて、日本の削減目標の引き上げが、政治的に決まった側面が大きいのだろう。
そもそも、世界の温暖化ガスを本当に削減するためには、日本よりも格段に排出量が大きいアメリカ、中国だけではなく、インド、ロシアなどの排出量がより大きい新興国の協力を得る必要がある。日本は世界第3位の経済大国ではあるが、国内の削減取り組みによって、世界的な排出削減に対する貢献はかなり限られる。
米中覇権争いの構図が続き、バイデン政権が中国への政治圧力を強めるなか、温暖化ガス削減は重要な「政治ツール」になるだろう。今後の米中の対立あるいは折衝の場面で、日本がうまく間に入って立ち振る舞えるか。外交行動を通じて日本が中国に働きかけることが、世界全体の温暖化ガス排出抑制のために、国内の排出削減よりも大きな貢献ができる日本としての役割ではないかと筆者は考えている。
今回、2030年の中間目標引き上げに際して、各国は再エネ利用の拡大などで、実現可能性が見込める数字を積み上げた試算が参照されたとみられる。2050年までの脱炭素実現のためには、それらの前提を超える複数の技術革新による課題解決が必要だろう。各国政府、科学技術者、民間企業がこれを目指す意義は大きいとしても、その実現可能性は専門家にもわからないのが実情ではないか。
つまり、2050年という将来目標は、不確実性が高い技術革新の進展に依存するのだから、将来的に大きく見直される可能性もある。そして、2030年の中間目標の実現性を取り巻く環境も今後大きく変わりうるのだから、今回アメリカや日本が引き上げた削減目標について、あれこれ論評することは建設的ではないだろうし、政治的なメッセージと位置付けるべきだろう。
削減目標を巡る政治家の「無責任な発言」
日本では、小泉進次郎環境大臣が46%の温暖化ガス削減目標に関して「おぼろげながらも浮かんできたんです、46という数字が」と発言して、ネットの世界で炎上するなど話題になっている。上記のようなさまざまな事情を踏まえて、政治的に決まった今回の削減目標を正しく国民に伝えることは、政治家の資質や能力をはかる一つの試験紙だろう。そして重要な場で、多くの国民を呆れさせるような無責任な発言が聞かれた、ということだと筆者は評価している。
2050年までの脱炭素実現を積極的に目指すとしても、経済全体の成長率や国民の経済厚生を上昇させる政策対応が、より重要である。政治家が官僚組織の提言を鵜呑みにして野心的とされる温暖化ガス削減目標が一人歩きすれば、日本経済をさらに停滞させるだけである。
今後、脱炭素を実現させる民間企業の投資や技術開発を後押しするための財政支出は、優先順位が高い政策になる。一方、ビジネス経験がない公的組織が主導する産業政策は既得権益を作り出す弊害があり、市場経済を通じた自由競争を阻害するリスクがある。
ここで既得権益を作りあげる行動をとりがちな官僚組織と民間企業の癒着をしっかり監視することは、政治家の重要な役割になる。環境を理由にした増税の動きはすでに始まっているが、官僚の提言を鵜呑みにするだけの不勉強な政治家の害悪は、これから顕わになるだろう。
また「脱炭素は経済成長率を高める起爆剤になる」との見方も聞かれる。民間企業の投資拡大や事業変革を促して、1990年代半ばから続いたデフレによって定着した、過度に保守的な大企業の行動が積極的に変わるきっかけになるかもしれない、と筆者はやや希望的な観測を持っている。もし、脱炭素を実現させる技術革新に日本企業が成功すれば、デフレによって国際競争力を失っていた日本企業の復活の象徴になりうる。
安定的な2%インフレ実現が必要なワケ
だが、先に述べたように、環境権益を生み出すだけの産業政策にとどまれば、脱炭素推進策は日本経済の衰退をもたらし、むしろ企業の競争力を低下させる。脱炭素を目指す政府や官僚の行動を、厳しい目で国民が監視する必要がある。
そして、脱炭素実現の前提として、マクロ政策を徹底して「安定的な2%インフレ」という経済環境を早急に実現することが、最も重要だと筆者は考えている。
仮に、安倍晋三前首相時代の「アベノミクス」が目指した脱デフレが頓挫して、デフレ期待が再び強まればどうなるか。名目経済のパイが拡大しない環境のなかでの、脱炭素推進は目標だけが高い「ムリゲー」(難易度が高すぎてクリアするのが無理なゲーム)でしかない。
そうなると、復活しかけている民間企業のアニマルスピリッツ(野心的な意欲)は再び萎縮し、企業の野心的な投資や技術革新を阻害して、デフレ経済の到来で1990年代以降常態化した民間企業が貯蓄超過を増やす行動が再び強まるだろう。そして、環境利権の恩恵を積極的に享受することが民間企業にとって極めて合理的な行動になる。
安定的な2%のインフレの実現を通じて総需要不足を克服して、3%以上の名目GDPを持続的に拡大させる。これが、今後民間企業の技術革新によって、将来の脱炭素を実現させる必要最低条件になると筆者は考えている。菅政権が本気で脱炭素を実現させたいならば、アベノミクスを徹底させ、それを進化させる必要がある。