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安倍総理の志は死なない!!

【疾風勁草】「中国の夢」は“世界の悪夢”となるか 「中華民族の偉大な復興」の示す意味とは

 世界に向けた“失地回復宣言”
 中華人民共和国の習近平総書記(国家主席)は7月1日、中国共産党創建100周年の記念式典で約1時間にわたって演説した。日本経済新聞電子版の演説全文によると、その中で18回も「中華民族の偉大な復興」という言葉を使った。しかし、「中華民族の偉大な復興」が何を意味するかについては具体的には述べるところがない。
 ただ、その演説の冒頭に近い部分で同氏は、「1840年のアヘン戦争以降、中国は徐々に半植民地、半封建社会となり、国家は屈辱を受け、人民は苦しみ、文明はほこりにまみれ、中華民族は前代未聞の災禍に見舞われた。それ以来、中華民族の偉大な復興を実現することは、中国人民と中華民族の最も偉大な夢となった」と述べている。
 さらに、それを受ける形で「新民主主義革命の勝利により、旧中国の半植民地、半封建的社会の歴史を徹底的に断ち切り、旧中国の散り散りになった状況を徹底的に断ち切り、列強が中国に力をもって押しつけた不平等条約と中国における帝国主義の一切の特権を徹底的に廃し、中華民族の偉大なる復興の実現に向けた根本的な社会の条件をつくり上げた」(日本経済新聞電子版1日配信・式典全文より)とも述べている。
 ここでいう「旧中国」とは清朝を指しているが、清朝は第6代皇帝の乾隆帝時代、相次ぐ遠征によって、中国本土、中国東北部だけではなく、今はロシア領となっている沿海州、アムール州、チベット、モンゴル、新疆(しんきょう)ウイグルをも支配下におき、今のミャンマー、ベトナム、ネパールを朝貢国とするなど歴代の中国王朝最大の版図を獲得した。しかし、アヘン戦争の敗北で清朝の弱体化が顕著になって以来、列強の浸食にあい、アムール州、沿海州はアイグン条約、北京条約で、ロシアに割譲された。
 また台湾は、日清戦争の敗北により日本領となり、第2次大戦後は国民党に奪われた。習近平氏の言う「不平等条約」が璦琿条約、北京条約を指していることは明らかであり、ここから同氏は、清朝の最盛期であった乾隆帝時代のように広大な版図を有し、世界に冠たる覇権国家になることを夢見て「中華民族の偉大な復興」と言っているものと考えられる。
 その意味で、同氏は、世界に向けて暗に清朝時代の“失地回復宣言“をしたと見ることができる。これは、中華人民共和国による力による現状変更、領土拡大に正統性根拠を与えようとするものであり、「中国の夢」は「世界の悪夢」ということになる。
 同氏の演説には、第1次世界大戦の敗北により領土を削られたドイツの復興と領土回復を強く主張したヒトラーと通底するところがある。ヒトラーは、1925年に出版された「我が闘争」の冒頭部分で「両国家の再合併こそ、われわれ青年が、いかなる手段を持ってしても実現しなければならない畢生(ひっせい)の事業と考えられる」、「同一の血は共通の国家に属する」と述べ、習近平氏は先の演説で、「台湾問題を解決し、祖国の完全な統一を実現することは、中国共産党の変わらぬ歴史的任務であり、中華の人々全体の共通の願いだ」(日本経済新聞電子版より)と述べた。
 両者の言葉は、合併あるいは統一に向けた強い意思あるいは使命感において共通している。ヒトラーの言う「両国家」とはドイツとオーストリアであり、その8年後の1933年、ヒトラーはドイツ首相に就任して権力を握り、3年後の1936年8月に開催されたベルリンオリンピックを経て、1938年3月、ナチス・ドイツの軍がオーストリアになだれ込み、オーストリアは消滅した。
 台湾有事となれば日本有事に直結
 習近平氏は、中国共産党創建100周年の記念式典において、一人だけ人民服を着用した。自分を毛沢東に擬していることは一目瞭然だろう。
 しかし、毛沢東は中華人民共和国建国の大功労者であり、これまでの習近平氏の実績では毛沢東と肩を並べるのは難しい。もし、習近平氏が毛沢東と比肩するだけでなく、これを超えようとするなら、まずは台湾を統一し、さらには清朝末期に同氏のいう不平等条約によって他国に割譲した領土を回復する以外にない。
 その手始めとして台湾統一は避けて通れないが、香港の一国二制度の実質破棄は、台湾の平和的統一を事実上困難にした。仮に、台湾有事となれば、日本有事に直結する。最近、米軍のミリー統合参謀本部議長が上院歳出委員会の公聴会で、習近平指導部には近い将来に台湾侵攻をする動機がないという趣旨の見解を述べたようだが、先の演説から、その動機は十分に窺(うかが)える。
 また同氏は先の演説で、繰り返し繰り返し、中国共産党が中国人民を束ねて率いる「中国の特色ある社会主義」こそが中国を救い、中国を発展させることができると言っている。
 まさに、ムッソリーニが、ファシズムこそイタリアを救えると言っているようなものだ。考えようによっては、習近平氏がそれだけ、民衆の中に民主化への潜在的欲求が広がることを懸念していると見ることもできるが、むしろ天安門における民主化運動、新疆ウイグル自治区ウルムチの抗議運動、香港の民主化運動の鎮圧成功により、民衆の民主化運動を制圧する自信を持っていることだろう。
 これまで世界は、米ソ冷戦におけるソ連の敗北によって、共産主義と資本主義、一党独裁政治と民主政治のいずれが優れているかについては異論がなくなったと考えてきた。
 しかし、習近平氏は先の演説で、人権尊重、自由主義、民主主義、法の支配が普遍的価値であることを断固として否定し、一党独裁の共産党が14億の人々を束ねて率いる「中国の特色ある社会主義」こそ国や民衆を救う唯一の価値観であると宣明した。再び、価値観対立の時代を迎えたと考えなくてはならない。
 日本は、価値観を共有する欧米各国と連携し、腹を据えて、習近平指導部が束ねて率いる中華人民共和国と対峙する必要に迫られている。
■高井康行(たかい・やすゆき)弁護士、元東京地検特捜部検事。1947年、愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒業後、1972年に検事任官。福岡地検刑事部長、東京地検刑事部副部長、横浜地検特別刑事部長などを歴任した。岐阜地検時代には岐阜県庁汚職事件を、東京地検特捜部時代はリクルート事件などを捜査。福岡地検刑事部長時代、被害者通知制度を始める。1997年に退官し、弁護士登録。政府の有識者会議「裁判員制度・刑事検討会」委員を務めたほか、内閣府「支援のための連携に関する検討会」の構成員や日本弁護士連合会の犯罪被害者支援委員会委員長などを務めた。テレビや新聞でも識者として数多くの見解を寄せている。
【疾風勁草】は、刑事司法の第一人者として知られる元東京地検特捜部検事で弁護士の高井康行さんが世相を斬るコラムです。「疾風勁草」には、疾風のような厳しい苦難にあって初めて、丈夫な草が見分けられるという意味があります。