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中国のウイグル族への人権侵害:日本は強硬姿勢を明確にせよ

 2021年11月15日の報道番組に、10日に発足した第2次岸田文雄内閣において新設された「国際人権問題担当」の首相補佐官に任命された中谷元・元防衛大臣がゲストとして出演した。
 現下の最大の国際人権問題は、中国の新疆ウイグル自治区に住むウイグル族への人権侵害である。
 岸田首相が、「国際人権問題担当補佐官」を新設したのも、中国による新疆ウイグル自治区での人権弾圧が念頭にあったと思われる。
 中谷氏は、「人権外交を超党派で考える議員連盟」(以下、議連)の共同会長を務めており、ウイグル問題に関し、人権問題に関与した外国の人物や団体に制裁を科すことが可能な日本版マグニツキー法(人権侵害制裁法)(詳細は後述する)の制定を目指していた。
 2021年4月6日の同議連の設立総会の様子をメディアは、次のように報道していた。
「『米国や英国、カナダなどが足並みをそろえて人権弾圧を止めようとしているのに、日本は加わる選択肢すら十分ではない。制裁できる仕組みも必要だ』と、国会内で開かれた同議連の設立総会で、共同会長に就いた中谷元・元防衛相が訴えた」
「総会では、外国で起きた深刻な人権侵害に対し、政府が資産凍結などの制裁を科すことのできる『日本版マグニツキー法』の成立へ検討を進める方針を決めた」
 ところが、11月15日の報道番組に出演した中谷氏は、日本版マグニツキー法の制定ついては、これから各省と協議し、慎重に検討したいと大きく後退した。
 同番組にコメンテーターとして出演していた読売新聞の飯塚恵子編集委員は、中谷氏の豹変ぶりに驚いた様子であった。
 そして、飯塚氏は日本版マグニツキー法の制定に慎重になった中谷氏に対して、なぜ、考えが変わったのかと何度か質問したが、納得の得られる回答は得られなかった。
 筆者も飯塚氏と同じように驚いた。筆者の推測であるが、中谷氏は既に各省庁、特に外務省の官僚に篭絡されたように見受けられた。
 中谷氏の今回の豹変ぶりは同議連の多くの仲間を失望させたと思う。
 同議連の総会には衆参53人の国会議員が参加した。日中関係を重視する立場からこれまで議連への参加に慎重だった公明、共産両党からも1人ずつ加わった。
 これらの多くの仲間は中谷氏の日本版マグニツキー法を制定したいという「信念」を信じて、同氏の下に集まったものと思う。
 さて、人権は人類の普遍的価値であり、一国の内政問題にとどまるものではなく、国際社会で解決すべき問題であるとする認識が広がっている。
 2021年3月、欧州連合(EU)と米国、英国、カナダが、歩調を合わせる形で、中国がウイグル族の人権を侵害しているとして、中国当局者らへの制裁を発動した。
 しかし、日本は、「人権問題を理由に制裁をする法律がない」というのが理由で、何ら行動を起こしていない。
 それならば法律を作ればいいのではないかと言うのが同議連の発足の理由であった。
 以下、本稿では、初めに新疆ウイグル問題とウイグル族の弾圧について述べ、次に、ウイグル人への人権侵害の実態について述べ、最後に、マグニツキー法と日本版マグニツキー法の必要性について述べる。
1.新疆ウイグル問題とウイグル族弾圧
 中国領域に住むウイグル族は約1000万人、うち約980万人が新疆ウイグル自治区に住む(2010年中国人口センサス)。
 新疆は18世紀中葉に清朝の版図に入り、1884年に省となった。
 中華人民共和国(以下、中国)は漢人以外の民族的少数者を55の「少数民族」として「民族の区域自治」で統治しており、ウイグル族は新疆ウイグル自治区を中心に集居している。
 新疆ウイグル問題とは、19世紀のムスリムの蜂起、1930年代、1940年代の東トルキスタン共和国樹立など、短期間とはいえ、何回かの「独立」の経験をもつ中国の「辺境」で、分離独立、高度な自治、あるいは人権を求める暴力事件が多発している状況を指す。
 新疆ウイグル問題への対応として、中国は、漢民族に対して新疆ウイグル自治区への移住を促してきた。
 1949年には新疆地区の人口の4分の3が主要民族たるウイグル族(約330万人)で、漢人はわずか30万人であった。
 ところが、1955年に新疆ウイグル自治区を設け、1950年代末から石油開発、綿花生産などのために大量の漢人が植民した。
 植民のピークは1960年代末で、1970年にはウイグル族は自治区人口の半分を切った。2015年時点では新疆全体で漢人が38%、ウイグル族が47%となっている。
「植民」の主体になったのは新疆生産建設兵団である。国防、治安そして開墾と生産など多様な任務を負った武装集団である。
 1949年解放軍の新疆進攻と同時にイリ、タルバガタイ、アルタイの3区の「民族軍」を中核に兵団が組織され、以後、軍務と開墾に従事している。
 2013年末における兵団の総人口は270万1400人で、新疆全人口の11.9%を占める。そのほとんどが漢人である。
 ところで、習近平国家主席がウイグル族への弾圧を強めたのは、2014年4月30日に新疆ウイグル自治区で起きた「爆破テロ事件」がきっかけであるとされる。
 習近平氏が国家主席となり、初めて新疆ウイグル自治区を視察した際に、ウルムチ南駅が爆破され、漢民族と衝突して多くの死傷者が出た。
 それ以来、中国当局はテロ対策として締め付けを強化した。その過程で、イスラム教徒を敵視する形で次々と強制収容所へ入れていった。
 米国務省の推計では新疆ウイグル自治区で100万人を超えるイスラム教徒が強制収容所に送られているという。
 他方、亡命したウイグル人らで構成する「東トルキスタン民族会議」と「世界ウイグル青年会議」が2004年に合流して「世界ウイグル会議」が創設された。
 2006年に、ウイグル人の著名な人権運動家で、中国政府に政治犯として6年間投獄された経験をもつラビア・カーディル氏が「世界ウイグル会議」の第2代議長に選出されると、同会議の国際社会における影響力は一気に高まった。
 ラビア・カーディル氏は、中国当局による新疆ウイグル自治区における人権侵害を批判し、亡命ウイグル人の支援などを行っている。
 一方で、新疆ウイグル地域の中国からの独立を求めるほかのウイグル人団体とは一線を画し、「ウイグル民族の民族自決権の確立」を主張。
「高度な自治」が容認されれば、同地域が中国内に留まる可能性についても含みを残している。
 しかし、中国政府は同会議を「反中分裂組織」とし、カーディル氏を「暴力恐怖分子」(テロリスト)と批判し、同会議が呼びかける対話を拒否している。
2.ウイグル人への人権侵害の実態
 中国の新疆ウイグル自治区については、各国の調査機関や複数の人権団体から100万人以上のウイグル人などが再教育キャンプに強制収容され、イスラム教徒のウイグル人に対する「中国化」の洗脳教育や、一部で強制労働が行われていると国際社会から指摘されている。
 以下、関連事象を時系列に沿って述べる。
①2018年夏、国際連合人種差別撤廃委員会は百万人のウイグル人が強制収容所に入れられていると報告。
②2019年11月、国際調査報道ジャーナリスト連合は、同地区の収容キャンプの実態が詳述された中国政府の内部文書を公表。
 これにより、中国政府が新疆ウイグル自治区でイスラム教徒の少数民族ウイグル族らを監視する大規模システムを構築し行動を把握、恣意的な拘束や施設への大量収容を行っていたことが明らかになった。
③2020年3月、オーストラリア戦略政策研究所は、強制収容所に入れられたウイグル人が、自治区を含む中国全土の工場に移送され、強制労働を強いられている実態をまとめた報告書を公表した。
 サプライチェーンなどで関与したとされるグローバル企業82社、日本企業14社のリストが出され、その中にアパレルではユニクロがリスト入りした。
 米国シンクタンクや非政府組織などは、中国が多数のウイグル人を綿花栽培などで強制的に働かせていると主張しているが、中国政府は一貫して強制労働を否定している。
④2021年1月12日、英国とカナダは、中国の新疆ウイグル自治区で強制労働によって生産された製品の輸入を阻止するための厳格な新規則を発表。
⑤2021年1月13日、米国は、強制労働の情報があるとして新疆ウイグル自治区で生産された綿製品とトマト製品の輸入を禁止すると発表。
⑥2021年1月19日、米政府は、事実を慎重に検証した結果、中国がウイグル人イスラム教徒に対してジェノサイド(民族大量虐殺)と人道に対する罪を犯していると認定したと発表した。
 1月21日に発足したバイデン政権のアントニー・ブリンケン国務長官は1月27日の記者会見で、「ウイグル人に対してジェノサイドが行われたとの認識はそのままで、変わっていない」と述べた。
⑦2021年2月3日、英国放送協会(BBC)は、新疆ウイグル自治区の収容所でウイグル人女性が組織的に強姦され拷問されていると報じ、被害者女性や元職員の詳細な証言を紹介した。
⑧2021年2月22日、日本の主要小売り・製造業12社が、中国の新疆ウイグル自治区などでの少数民族ウイグル族に対する強制労働への関与が確認された中国企業との取引を停止する方針を固めたと共同通信が報じた。
⑨2012年3月22日、欧州連合(EU)は、外相理事会で、中国での少数民族ウイグル族の不当な扱いが人権侵害にあたるとして、中国の当局者らへの制裁を採択した。
⑩2021年3月22日、米国、英国、カナダは、中国での少数民族ウイグル族の不当な扱いが人権侵害にあたるとして、中国政府当局者らへの制裁をそろって発表した。
⑪2021年4月22日、英議会下院は、中国の新疆ウイグル自治区で「少数民族が人道に対する犯罪とジェノサイドに苦しんでいる」と認定し、英政府に行動を求める決議を超党派の賛成で採択した。
 英政府は「多数の拘禁や強制不妊手術の報告や証拠がある」としているが、ジェノサイドとは認定していない。
 カナダ下院は2月22日、オランダ議会は2月25日にそれぞれ、中国新疆ウイグル自治区の少数民族ウイグル族に対する「ジェノサイド」を認定する動議を可決している。
⑫2021年6月10日、国際人権団体アムネスティ・インターナショナルは、ウイグル族などイスラム教徒の少数民族が多く暮らす中国北西部の新疆地区で、中国政府が人道に対する罪を犯しているとする報告書を公表。
 同報告書でアムネスティは、中国政府がウイグル族やカザフ族などイスラム教徒の少数民族に対し、集団拘束や監視、拷問をしていたと主張し、国連に調査を要求した。
⑬2021年7月12日、中国ではウイグルの綿製品の使用をやめると表明した企業の製品の不買運動も起きており、人権問題をめぐって企業は難しい判断を迫られているとNHKが報じた。
3.日本版マグニツキー法の必要性
(1)マグニツキー法(Magnitsky Act)
 2009年、ロシアの税務弁護士セルゲイ・マグニツキーは、ロシア税務当局が関与した2億3000万ドルの不正を調査した後、約1年間の獄中生活の後にモスクワの刑務所で死亡した。
 マグニツキーの友人であるビル・ブラウダー氏は、ソビエト連邦崩壊後のロシアで活躍した米国生まれの著名なビジネスパーソンで、この事件を公表し、汚職に関与したロシア人を制裁する法律を制定するよう米政府に働きかけた。
 ブラウダー氏は、この事件をベンジャミン・カーディン上院議員とジョン・マケイン上院議員に伝え、彼らは法案の提出を進めた。
 2012年6月、米下院外交委員会は、「Sergei Magnitsky Rule of Law Accountability Act of 2012」という法案を下院に報告した。
 この法律の主旨は、マグニツキーの死に責任があると考えられるロシア政府関係者を罰するために、彼らの米国への入国と米国の銀行システムの利用を禁止することであった。
 2021年12月6日、米国上院は同法を92対4で可決し、同法は、同年12月14日にバラク・オバマ大統領によって署名された。
 同法は、人権侵害をした個人や組織を対象に資産凍結やビザ発給制限などの制裁を科すことが目的で、米国は当初はロシアだけを対象としていたが、その後、全世界に広げた。
 ところで、英国やカナダなどの国々も同様の法律を制定し、2020年末にはEUも承認した。
 つまり、人権侵害問題が世界的に注目されるようになったことで、いまやほとんどの主要先進国で制定されている法律となっている。
(2)日本版マグニツキー法の必要性
 人権は人類の普遍的価値である。国際社会で解決すべき問題であり、一国の内政問題にとどまるものではない。
 中国は、他国から国内問題について批判されると、「内政干渉であり、受け入れられない」と応じ、自分たちのやっていることを正当化する。
 しかし、今日、人権問題への関与は内政干渉にはならないという考えが定着している。
 戦後、国際社会での人権問題に対する関心の高まりが内政不干渉の概念に大きな影響を与えた。
 かつては特定の国の人権問題に介入することは内政干渉になるという主張もあったが、南アフリカの人種差別問題やパレスチナ問題など深刻な人権問題を前に、国連などがこうした問題の解決に関与することは当然であるという考えが次第に広まっていった。
 そして、1993年、オーストリアのウィーンで開かれた世界人権会議で「すべての人権の促進、保護は国際社会の正当な関心事項である」という宣言が採択された。
 従って、人権問題への関与は内政干渉には当たらない。
 当然、日本も中国に対して説明を求めたり、懸念や憂慮を表明したりしている。
 しかし、EUや米国が中国に対しウイグル問題の是正などを求めて制裁を発動する中、日本は制裁を発動していない。
「人権問題を理由に制裁をする法律がない」というのが理由である。
 主要7カ国(G7)のうち、いわゆる「マグニツキー法」を制定していないのは日本だけである。
 米国はジョー・バイデン政権になり、人権外交を重視している。さらにEUやカナダ、英国などとともに連携を強め、自由、人権、法の支配、そして自由で公正な経済秩序を含む普遍的価値への脅威に対抗しようとしている。
 そのような国際社会の中で、人権を守ることに行動を起こせない日本は国際的な信用を失う恐れがある。
 よって、日本は早急に「日本版マグニツキー法」を制定する必要がある。
(3)筆者のコメント
 日本政府は、中国の香港や新疆ウイグル自治区の人権問題について、欧米と足並みをそろえて批判するものの、人権問題を理由とする経済制裁には慎重な立場である。
 その理由は、最大の貿易相手国である中国の経済的な報復を恐れ、弱腰になっているのであろう。
 しかし、日本が中国に経済制裁を発動していなくても、日本の大手企業は新疆ウイグル自治区で生産された綿製品の使用を見直すなど対応を迫られている。
 今、日本政府は、欧米諸国から、ビジネス(商業活動)より人権を優先するという決断が求められている。
おわりに
 米国は、2021年1月、中国がウイグル人イスラム教徒に対してジェノサイド(民族大量虐殺)と人道に対する罪を犯していると認定した。
「ジェノサイド」とは、20世紀に作られた言葉である。この言葉を創作したのはポーランド出身のユダヤ人であるラファエル・レムキン博士である。
 同博士は、第1次世界大戦時のトルコ政府によるアルメニア人虐殺を知る。
 アルメニア人であるという理由で多くの無辜の民が殺されたにもかかわらず、トルコ政府を裁く法的な根拠がなかった。
 一国民が一人の人間を殺せば殺人罪に問われる。だが、国家が一民族を対象として大量虐殺に手を染めても罪に問われることはない。
 こうした不条理を許すべきではないと考えたレムキン博士は、一集団を対象とする虐殺を「ジェノサイド」と命名し、ジェノサイドは国際的に非難し、制裁を加えられるべきだと説いたのである。
 今、中国・新疆ウイグル自治区でのウイグル人への弾圧と人権侵害をきっかけに「ジェノサイド条約」が注目されている。
 日本は、集団殺害などの行為を犯罪化する国内法がないことを理由に同条約に加盟していない。
 主要7カ国(G7)のうち、同条約に加盟していないのは日本だけである。
 日本政府はいつもそうである。「日本版マグニツキー法」の場合もできない理由を挙げて、法律の制定に消極的であった。
 政府は、まず当該法律が必要なのか、必要でないかを明らかにすべきである。必要ならば、国内法を制定するだけである。
 最後に、岸田首相が中谷氏を国際人権問題担当補佐官に登用したのは、中谷氏に「日本版マグニツキー法」の制定を促進してほしかったのか、あるいは同法の制定を阻止してほしかったのか、その真意を明らかにしてほしい。