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台湾からの「視線」に日本が注意するべき理由

「コロナ対応」で自己肯定感を強める「台湾」
川島 真 : 東京大学総合文化研究科教授
2021年11月22日


中台関係、日台関係を考えるときに気をつけたい視点と、これからの日本の姿勢とは


米中対立の激化に伴い、「西太平洋」地域をめぐる安全保障情勢が喧しくなってきている。
このような状況下で上梓された『西太平洋連合のすすめ:日本の「新しい地政学」』(北岡伸一編)では、「米中対立」時代に日本が生き残る道として、日本、東南アジア諸国、オーストラリア、ニュージーランド、太平洋島嶼国などによる「柔らかな民主主義の連合体」として「西太平洋連合」構想を提示している。
本稿では同書で台湾と同構想について論じた川島真氏が、中台関係、日台関係をめぐる視座を論じる。
台湾の重要性
このたび刊行された北岡伸一編著『西太平洋連合のすすめ』で、第12章「西太平洋の国際関係と台湾」を担当した。同書でも記したとおり、台湾は西太平洋、インド太平洋の安全保障面でも、また自由や民主などの価値観を共有している存在としても極めて重要である。
また、日本との関係についても、かつて日本が50年にわたり統治したことや、2011年の東日本大震災に際して200億円を超える民間からの寄付金が送られたことなど、極めて緊密だと言えよう。
目下、米中間の「対立」の下でも、台湾は軍事安全保障面、自由・民主などの価値、そしてTSMCの半導体技術に代表される先端産業など、多様な側面でその「対立」の焦点となっている。ワシントンなどでもバイデン大統領の発言などにみられるように台湾の重要性が強調される。欧州では、台湾の民主や自由を讃える風潮が強まり、各国の議会やEU議会などが台湾との交流活動を活発化させている。
そして、日本でも、中国が台湾に軍事侵攻する「台湾有事」を想定したシミュレーションをする必要性などがしばしば指摘されるようになっている。もし中国が台湾に軍事侵攻したら、それは日本にとっても極めて重大な事態となろうし、邦人の救出だけでなく、さまざまな可能性を想定しておくことが必要になることは確かだ。
「中国か、台湾か」なのか
にわかに注目されている台湾だが、その台湾について考えるときに注意したい点がいくつかあると筆者は考える。
その1つが、中国と台湾とをセットにする考え方だ。中国批判が強まり、中国がネガになると、台湾がポジになり、評価が上がる、という傾向のことだ。確かに、台湾にあるのは中華民国政府であり、形式的には中国の正統政府だと主張している。台湾という国はないから、世界の9割以上の国が北京にある中華人民共和国政府を中国政府だと認識し、1割未満の国が台湾の中華民国政府を中国政府だとしている。この点では、中華人民共和国政府か中華民国政府かということが、中国か台湾かということと重なってしまうのも理解できる。
だが、かつては北京の政府も台湾政府もともに、中国政府として自らが主導する中国統一を目指していたものの、1990年代初頭以降、台湾は中国統一政策を形式的にも放棄した。中華民国は台湾にあるのであり、台湾は台湾だ、という考え方が台湾に定着している。他方、中国は台湾統一こそが悲願であり、それが中華民族の復興の象徴だとしている。
2019年の年頭、習近平が台湾の武力統一の可能性に言及すると、台湾では中国に厳しい姿勢をとる蔡英文総統への支持率が上昇に転じた。台湾の人々は、自らの生活の幸福と安定の維持継続を求めている。2019年には、中国の香港政策が強硬化し、また翌2020年のコロナ禍の中で、中国の在中台湾人の扱いなどが問題となると、台湾の人々の対中認識は一層悪化した。また、コロナに対して際立った対応を見せた台湾では、「台湾プライド」とでもいうべき自己肯定感が強まっている。
台湾意識が以前に増して強まっている台湾の人々にとって、中国と比べて評価されるということ、すなわち中国をネガとして見るから、台湾がポジとして扱われるというのは必ずしも嬉しいものではないだろう。台湾社会の感覚では、台湾は台湾、だからである。もちろん、台湾をめぐる問題が国際化されて、台湾支持が強まることや、中国批判の声が高まることは台湾にとって悪いことではない。しかし、つねに中国というフィルターを通して台湾を見ることは、逆に中国の設定する枠組みに囚われることになるという点に留意が必要だろう。
台湾から日本への視線
他方、台湾から日本はどのように見えているのか。台湾の世論調査を見ると台湾社会の日本への好感度は極めて高い。東日本大震災での日本への支援を見ればそれは明らかだ。しかし、台湾は「親日」だと決めつけることは適切ではないかもしれない。日本であればなんでもポジティブに受け入れる、などということはないからだ。例えば、福島およびその周辺地域からの食品輸入の禁止措置は現在も継続している。この背景には、台湾の人々が「食の安全」に極めて敏感であり、また原発をめぐる問題を国内問題としても極めて重視しているということがある。
また、台湾がLGBTQなどをめぐる問題についてアジアの最先端を走っているし、またTSMCに見られるように半導体技術をめぐっても世界最先端にある。彼らが日本の民主主義や自由をどう捉え、また日本の科学技術や産業競争力をどのように見ているのか、想像にかたくない。台湾から日本への厳しい視線があるかもしれない、ということは意識していくべきであろう。歴史をめぐっても、台湾社会が日本の植民地統治を肯定的に評価している面があるのは確かだが、少数ではあっても慰安婦問題を重視したり、日本統治時代を移行期正義政策(植民地統治や権威主義的統治について、過去に遡ってその人権侵害や違法行為に関する事実を明らかにし、加害者と被害者が和解し、加害者が被害者に補償していくべきだとする考え方)の対象とすべきだ、とするような声もある。
そして、「台湾有事」についても、日本がさまざまな事態を想定しようとしていることを歓迎する向きも台湾で多いし、「台湾海峡の平和と安定」について日本や他の先進国が関心を示すことを、台湾の政府も歓迎している。だが、同時に日米などが過度に台湾海峡への関心を示しすぎれば、むしろ緊張を高めるのではないかという声もある。
他方、台湾における日本論でやや困ることに、例えば日本の政治家を見るときに「親中」か「親台」かなどというレッテルばりがしばしばなされるということがある。また、日本は中国に配慮ばかりしている、という声もある。これは、台湾の中でも依然「中国か台湾か」という枠組みが残されていることを示している。日本側としても、粘り強く日本の事情を台湾社会に説明していくことが必要だろう。
単純でない中台関係
中国は2049年に「中華民族の偉大なる復興」を遂げ、台湾統一も成し遂げるとしている。周知のとおり、昨今、中国は台湾統一にむけての軍事装備を着々と整備し、また台湾周辺での軍事活動を強化している。また、ミサイル攻撃能力だけでなく、台湾東部海岸上陸のための揚陸艇も保有しようとしている。「台湾有事」が迫っているように感じられるのはこうした状況による。
ただ、言葉のレベルでは中国首脳の台湾をめぐる言論は、昨今やや緩和され、中国は台湾社会に中国統一を望む勢力を作っていくというように、台湾社会への浸透政策を強調している。2049年に設定する「夢の実現」に際して、中華民族の一員である台湾の人々もそれを祝福するというのが中国の建前だ。それだけに夢を共有する台湾人を増やしたいというのだろう。無論、台湾社会の対中感情は極めて悪く、それは決して容易ではない。夢を共に祝う台湾人の養成ということもまた1つの「夢」だろう。
しかし、中国が台湾社会への浸透政策や、福建省と台湾との融合政策を進めることなどにまったく理由がないというのでもない。例えば、TSMCなどはハイテクの面で中国との間でデカップリングをしたが、半導体産業に関わる台湾企業でも中国と深い関係のある企業が少なくないし、台湾経済にとって中国経済は依然極めて重要だ。TSMCも低技術の製品の工場を中国にもつ。台湾で暮らす中国人も増加しているし、台湾のメディアにも少なからず中国系の資本が入っている。台湾におけるチャイナ・ファクターは今後も増していくだろう。
コロナ禍で一時的に減少しているが、ポストコロナには中国と台湾との関係はまた緊密になり、以前のように中台間で毎日何十ものフライトが行き交い、多くの人が往来するようになろう。台湾海峡は確かに緊張度を増しているが、その台湾海峡を行き交う中台の交流も活発なのである。
中台をめぐる日本の現在とこれからの姿勢
台湾の重要性は冒頭に記したとおりである。日本にとっても、東アジア、あるいは西太平洋においても、そして米中間においても極めて重要な存在となっている。
その台湾をめぐって日本はどのような姿勢をとっていくべきか。1972年9月29日の日中共同声明には、「中華人民共和国政府は、台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを重ねて表明する。日本国政府は、この中華人民共和国政府の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」と記されている。これは現在も日本の台湾政策の基本だ。また、G7などで先進国が確認した「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促す」ということは、中国の台湾への武力侵攻、武力統一を牽制することを意味する。
この大枠を前提として、日本が考えなければならないことは、安保協力や経済関係強化をはじめ枚挙にいとまがないが、ここでは2点あげておきたい。
第1に、日台関係が総じて良好であっても、日台間に外交関係がないという制約があるということだ。例えば、日本の歴史や地理の教科書に台湾のことがどれだけ出てくるのか。韓国に比べれば極めて少ない。そして、日本の国立大学に固定化された台湾研究のポストはおそらく1つもない。国交がないこともあり、また台湾が「中華民国」であって台湾ではないという「建前」のためか、日本国内では制度的な意味での「台湾」は欠如している。したがって、小学校から教育を受けても台湾理解は深まらない。こうした制度的欠如が日本の台湾認識にもたらす問題への対策を講じ、日台交流の発展の基礎を改めて形成すべきだ。
第2に、中国により台湾が平和裡に統一されるとしたら、それをどう考えるのかについての議論を深めるということだ。そして、中国が台湾社会に対する浸透政策を進めるならば、中国に対抗するという意味合いではないにしても、日本社会と台湾社会との間でも対話や協力を進めていくことができないか検討すべきだろう。
台湾の重要性が増していることに鑑み、改めてその存在の意義や関係性について考え直し、日台関係を再構想する時期に来ているのではないかと筆者は考えている。また、日本自身の台湾への理解を一層深めることも今後の課題だ。例えば、中国と台湾とがCPTPPに加盟申請したのを見て、中国は反対、台湾は賛成として、台湾の加盟を支えようと積極的になっていいのかどうか、立ち止まってみる必要があろう。なぜ蔡英文政権は、中国が申請に踏み切るまで申請できなかったのか。それにはいくつか理由があるが、たとえば「食の安全」などに極めて敏感な台湾の総統である蔡英文にとって、CPTPP加盟申請は国内政治の面で極めて危険な賭けである面があるからだ。こうした台湾社会に寄り添った理解もまた一層求められるところであろう。