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安倍総理の志は死なない!!

「ルールを決められると破りたい」ロシア人の本音

あまりに多様なロシア人を束ねるのは難しい
小泉 悠 : 東京大学先端科学技術研究センター特任助教
2022年04月28日
報道では伝わってこないロシア人の真の姿とは(写真:Andrey Rudakov/Bloomberg)
ロシアによるウクライナ侵攻が始まって2カ月。連日のようにウクライナにおける悲惨な映像を見るにつけ、ロシアやロシア人に対するイメージを悪くしている人がいるかもしれない。が、政府による方針をそのまま国や国民に結びつけることは、さらなる悲劇や差別を生むことになりかねない。本稿ではロシア軍事・安全保障の専門家である小泉悠氏の新著『ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔』より、「普通の」ロシア人の素顔に迫る。
「ルール」を破りたくなるロシア人
日本人の大きな特徴といえば、比較的ルールを守ることではないかと思いますが、その正反対にあるのがロシア人です。ただ、これはまったく無秩序を好むというわけではなくて、上から「これはルールです」といわれるとどうしても反発してみたくなる、という反骨心の表れであるようです。
私の印象に残っているのはこんなエピソードです。
少し前まで、ロシアでは徴兵逃れが蔓延していました。最近ではだいぶ事情も変わりましたが、2000年代までのロシア軍では新兵いじめで自殺者が相次いだり、食事や兵舎が酷かったり、麻薬汚染が広がっていたりと散々な有様でした。
その上、戦争となれば戦地に送られかねないわけですから(公式には徴兵は戦地に送らないということになっているが、守られていない)、なんとか息子を軍隊に送りたくないと考えるのが人の情というものでしょう。
徴兵逃れの最も一般的な手段は、医者に賄賂を払って偽の診断書を書いてもらうことです。つまり「この者はこれこれの疾患があるので軍務に耐えない」などと診断してもらうのです。
大体給料1カ月分くらいが偽診断書の相場だったそうで、決して出せない金額でもないですから、一時期は中産階級以上の家庭からはほとんど徴兵に行く人がいないという状況でした。
あるとき、国防大臣が、「わが国の若者は、徴兵年齢になると、どういうわけか具合が悪くなってしまうようだ」と皮肉ったことがあるほどです。 
私の知り合いのロシア人もこの手で徴兵を逃れようと医者を訪れたのですが、ここで意外なことをいわれました。「お前さんは視力が低すぎる。これなら普通に徴兵検査を受けても不合格だよ」というのです。
医者もそんなこといわずに偽診断書を書いておけば儲かったのに……と思わないではないですが、こういうところも実に「ロシアっぽい善意」といえるでしょう。
ロシア人を統治するのは容易ではない
とにかくそういうわけで知り合いは徴兵検査の会場に向かったのですが、視力検査の段になるとこんな考えが頭をもたげたそうです。「結局、視力検査の表はずっとそこに掛けたままなんだから、前のやつがいう『上』とか『右』とかを記憶しておけば通っちゃうんじゃないか」。
もともと非常に賢い男ですから、自分の前に並んでいる人たちがどこを指されたときに何と答えたのかを一瞬で覚え込み、自分の番が回ってきたら見事に合格したそうです。
いや、金を払ってでも軍隊に行きたくなかったのでは……? と突っ込みたくなりますが、無理だといわれると何としても突破してやろうというのがロシア人。実利のためにルールを破ることもありますが、ルールを破ることは時にそれ自体が目的にもなってしまうのです。
そんなロシアの人々を統治するのは容易ではありません。むしろ「われわれは容易に統治できない民なのだ」というところにロシア人は自負心を持っているようなフシもありますし、そもそも建国神話からして「部族同士が争い合ってどうにもならないのでノルマン人のリューリクに頼んで統治してもらった」ということになっています。
この「容易に統治できないわれわれ」意識と、「そうであるがゆえに強い調停者を戴かねばならない」という意識は表裏一体であり、プーチン大統領の人気もこの辺にあるのかもしれません。
ただし、ロシアは決してロシア民族だけの国ではない、ということには注意する必要があります。ヨーロッパからアジアまで、北極圏からユーラシア中央部の平原地帯までの広大な国土を持つ国ですから、そこに暮らす人々は実に多様です。
多民族国家ロシア
確かに数の上で最多を占めるのは白人で正教徒のロシア人ですが、次に多いタタール人は、見た目は白人ですがイスラム教徒が多数を占めます。サハやトゥバといったシベリアの共和国には日本人そっくりのアジア系民族も住んでいますし、こうした人々の宗教はチベット仏教であったり、自然崇拝のシャーマニズムであったりします。
さらに、これら多様な人々の間では民族間の結婚も行われるわけですから、「ロシア人とはこういうもの」とはなかなか一概にはいえません。よくいわれるように、民族としてのロシア人(ルースキー)であることとロシア国民(ロシヤーニン)であることはイコールではないのです。
現在のロシア政府高官の顔ぶれを見ても、ラヴロフ外務大臣の父はアルメニア系(しかもジョージアの少数民族であるトビリシ・アルメニア人)、ショイグ国防大臣の父はトゥバ人、ナビウリナ中央銀行総裁はタタール人と、意外なほど多様であることがわかります。
また、ロシアには、旧ソ連諸国の人々が多数住んでいます。特にアルメニア、キルギス、タジキスタン、ジョージアあたりは自国に産業が乏しいこともあって、多くの出稼ぎ労働者がロシア各地で働いています。
稼げる金額だけでいえば欧米の方が割がいいはずですが、ロシア語が通じるし、旧ソ連諸国なら労働ビザも取りやすいということのようです。
GDPのかなりの割合がロシアからの送金で成り立っている、という国もあり、こうしてみると旧ソ連諸国の中におけるロシアの存在感はやはり侮り難いものがあります。
ちなみにプーチン大統領自身はロシア人(ルースキー)ですが、こういう国を「調停者」として治めていかないといけないわけですから、ロシア国民(ロシヤーニン)全体のリーダーとして振る舞わなければなりません。
「ウケ」を狙うプーチン
ロシア正教会とは親しくするけれども、イスラム教の大モスクも建設する、ユダヤ教のシナゴーグにだって訪れてみせる、という具合です。ただし、最近では微妙な変化も見られるようになりました。2020年7月の憲法改正で、「ロシアは千年の信仰に基づく国家である」という文言が挿入されたことがそれです。


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日本人から見るとなんだか訳がわかりませんが、ロシア人が見れば、キエフ・ルーシ(前述のリューリクの摂政であったオレグが現在のキエフに開いた国家)が10世紀に正教を国教化したことだとピンと来るでしょう。
つまり、ロシアは正教国家であると言外に暗示しているわけです。穿った見方をすると、2024年の大統領選挙で超長期政権を狙うプーチンが、最大多数を占めるロシア人(ルースキー)のウケを狙っているのではないか、という見方も成り立ち得ます。