Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

「台湾有事の最前線」に行って分かった、“日本の防衛力”の不安な実態

ダイヤモンド・オンライン 提供 与那国島にある日本最西端の碑。晴れた日には台湾が見える(筆者撮影)
中国を警戒するアメリカの
「防火壁」となった日韓

 5月20日から24日まで韓国と日本を歴訪した、アメリカのバイデン大統領。
 韓国の尹錫悦(ユン・ソクヨル)大統領や日本の岸田文雄首相との首脳会談で得られた答えは、ロシア以上に中国を警戒するアメリカにとって、ほぼ満額回答と言っていい内容となった。
 まずは韓国だ。韓国訪問で、サムソンの工場を視察したバイデン大統領に、サムソン側は、170億ドル(約2兆2000億円)以上をかけて、アメリカに新工場を作る予定であることを明らかにした。
 米韓首脳会談では、尹大統領が、アメリカが提唱する新たな経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」を通じ緊密に協力すると約束し、日米韓3カ国の協力が重要だと明言した。
 韓国側は、バイデン大統領訪韓で、「半導体を供給します」「アメリカ主導の経済チームに加入します」「韓日関係を改善し、アメリカとの防衛協力もしっかりやります」と言ってくれたわけだ。これほどのお土産はあるまい。
 日本より先に韓国に来てくれたことへの配慮はあるにせよ、韓国は、尹政権に代わった途端、これまでの「安米経中」(安保はアメリカ、経済は中国)というビミョーな路線を転換したことになる。
 日本も、日米首脳会談の後、バイデン大統領を、東京・白金台の八芳園でもてなした。
 八芳園は、徳川家康の家臣、大久保彦左衛門の屋敷跡で、明治時代の実業家、渋沢栄一のいとこに当たる渋沢喜作が所有していた場所だ。
 それ以上に、中国の辛亥革命を指導し、台湾で「国父」と敬愛される革命家、孫文が亡命中に身を寄せた場所であることに意味がある。
 岸田首相は、台湾有事や尖閣諸島有事を視野に、バイデン大統領や同行したブリンケン国務長官らをもてなす夕食会の会場に、台湾ゆかりの場所を選んだのである。
 バイデン大統領が、夕食会にさきがけて開かれた日米共同記者会見で、報道陣から「アメリカは、中国が台湾に侵攻したら軍事的に関与するか?」と問われ、「イエス」と答え、「日本の防衛に全面的に関与する」と述べたのも無理はない。
 軍事介入に言及したときは、筆者も「アメリカがこれまで中国に対して続けてきた『あいまい政策』からかじを切るのか?」と鳥肌が立ったが、バイデン大統領からすれば、日韓両国に関係改善の兆しが見られ、その両国と連携強化を再確認できたことは満足できる結果だったのではないだろうか。
 アメリカは、中国の台湾侵攻、あるいは北朝鮮の核・ミサイル開発に備え、日韓両国をアメリカの「防火壁」にすることに成功したと言っていいだろう。
中国軍が太平洋を抑えることで
日本は米軍に頼れない可能性も

「中国は、相手が強く出てくると強く出る。特に習近平体制になってからその傾向がある」
 こう語るのは大東文化大学教授で、『新中国論』(平凡社新書)の著者、野嶋剛氏である。
 野嶋氏の指摘どおり、中国は、米韓、日米、そして日米豪印による「Quad(クアッド)」首脳会談で「中国包囲網」が強化されたのを受け、さっそく王毅(ワン・イー)外相が、5月26日からソロモン諸島やキリバスなど8カ国歴訪に出発した。
 この動きこそ注目すべきだ。ソロモン諸島は、中国と安全保障協定を結んでいる。キリバスも、中国と安全保障協定締結に向け交渉している国だ。
 ともに太平洋上にあり、ここに中国軍機が離着陸し、中国軍の艦艇が停泊できるようになれば、アメリカ軍は自由に航行がしにくくなるほか、グアムやハワイの基地まで脅かされることになる。
 陸上自衛隊元陸将の渡部悦和氏は筆者の取材に、「太平洋上の諸島を中国に押さえられるとアメリカ軍は動きにくくなる」と語る。
 渡部氏ら自衛隊関係者やアメリカ軍関係者によれば、有事の際、沖縄に駐留するアメリカ軍は、中国軍の攻撃を回避するため、一度、グアムかハワイまで退くという。
 そこで態勢を整えて、台湾や尖閣諸島を防衛するため前線に出てくるというのだが、ソロモン諸島やキリバスを押さえられれば、それさえ難しくなる可能性があるということだ。
 アメリカ軍がいったん退けば、中国と正面から対峙するのは日本の自衛隊である。「違憲だ」「合憲だ」などと悠長な議論をしている暇はない。
 岸田首相はバイデン大統領との会談で、日本の防衛費の増額を表明したが、いつまでも「アメリカ頼み」ではいられない実情もあるのである。
台湾・尖閣有事で懸念される
「事実認定」のグレーゾーン

 3カ月余りにわたり国際社会の注目を集めてきた、ロシアのウクライナ侵攻。ウクライナ軍の善戦は評価すべきだが、東部や南部の厳しい戦況は、中国という脅威を抱える日本や台湾にとって、「攻められてからでは遅い」という教訓を残した。
 仮に今、中国が尖閣諸島や台湾を武力で統一しようと動いた場合、日本の対応は間違いなく後手に回る。
 自衛隊が防衛大臣や総理大臣の命令を受け実施する海上警備行動や防衛出動では、島が制圧された後に稼働することになるだろう。
 振り返れば、2021年8月、自衛隊の元幹部ら30人が、東京・市谷のホテルで実施したシミュレーションは、そんな不安を感じさせるものだった。
 日本は、安倍政権下の2015年9月に成立し、翌年3月に施行された安全保障関連法によって、自衛隊の活動範囲が拡大され、集団的自衛権の行使も可能になった。
 平和安全法制とも呼ばれる法律の制定によって、日本や国際社会の平和、安全のため、切れ目のない体制が整備されることになった。しかし、簡単にはいかない。
 安全保障関連法で定められた「事態認定」は下記の三つである。
(1)重要影響事態
 放置すれば日本に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態など 日本の平和と安全に重要な影響を与える事態
→アメリカ軍などへの後方支援が可能になる。
(2)存立危機事態
 密接な関係にある外国に対する武力攻撃が発生し、日本の存立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある事態
→日本が直接攻撃を受けていなくても、集団的自衛権を行使して必要最小限度の武力行使が可能になる。
(3)武力攻撃事態
 日本に対する武力攻撃が発生
→必要最小限度の武力行使が可能になる。
 このように大別されているのだが、中国による台湾や尖閣諸島に対する動きがどの事態に当てはまるのか、まだ武力行使に至っていない「グレーゾーン」の場合、線引きは難しい。
 前述のシミュレーションでも、「事態認定」について「これは重要影響事態」「いや、存立危機事態でないと対応が限定される」と、軍事の専門家であるはずの自衛隊制服組OBの間でも意見が割れた。結局、2日間にわたって行われたシミュレーションで、「事態認定」についての結論は出なかった。
 机上でのシミュレーション訓練ですら、この状態だ。実際に中国軍が台湾や尖閣諸島に迫る動きを見せた場合、「事態認定」だけで相当な時間を要することが予想される。そうなると、台湾はともかく、尖閣諸島など数日で制圧されてしまうだろう。
自衛隊の増強は続くが
対策は不十分な八重山諸島

 筆者は、日米首脳会談やQuad首脳会合を前に、台湾にもっとも近い島、沖縄県与那国島(与那国町)と尖閣諸島を行政区域に抱える石垣島(石垣市)へと向かった。
 台湾とは100キロ程度しか離れていない与那国島。この距離は東京―熱海間とほぼ同じだ。人口は1700人(そのうち自衛隊員が1割)。日本最西端の島だ。島の中央には、中国軍の動きを監視するためのレーダーがそびえる。
 その島には、4月1日から航空自衛隊の移動式レーダー部隊が配備された。来年度までには電子戦専門部隊も配備される。
 これによって、与那国島の人口の2割近くを自衛隊員が占めることになり、ダイビングなどで人気の島は、「基地の島」としての顔も持つことになる。
 しかし、島民からは不安の声が上がる。その代表格は、糸数健一町長だ。
「これだけで島を守り切れるのでしょうか。電子戦の専門部隊とはいっても車両2台分くらいの増派で大丈夫なのでしょうか。もっと増やしてもらいたい」
「島民の避難も大きな課題です。島内での避難は防災訓練で実施していますが、島外への避難は全然やっていません。陸路では逃げられないのでフェリーと航空機で、ということになりますが、フェリーは120人程度、航空機は50人程度しか一度には乗れません。とても間に合わない」
 与那国町漁業協同組合の嵩西茂則組合長も次のように語る。
「このところ、中国の侵攻に備えた台湾軍の演習が急増し、われわれの漁場が狭くなった気がします。台湾軍のドーンという砲撃音も聞こえるぐらいですから」
「漁業は厳しくなる一方ですが、何よりもまず島内にシェルターを作ってほしいですね。島外に逃げられない場合、必要になりますし、台湾から逃れてきた人たちだって身を潜める場所が必要になりますから」
 与那国島で聞いた声は、先に紹介した元陸将、渡部氏の危機意識とも重なる。
「八重山諸島の自衛隊基地が増強されるのは、われわれからすれば、ようやくここまで来たという思いです。ただ、兵站(へいたん。物資を最前線に運ぶ手段)が最大の課題です。武器や弾薬、飲食料品などをストックしておく場所が必要です。戦争になってからでは間に合いません」
 その与那国島では、台湾の起業家と沖縄の業者により「台湾村」の建設構想が持ち上がっている。その目的は島の活性化だが、もう一つ、有事の際、台湾人の避難場所を作るという狙いもある。それだけ、有事の可能性は大きく、危機感も高まっているのだ。
 八重山諸島の中心、石垣島でも、今年度中に配備される陸上自衛隊の警備隊、ならびに地対空ミサイル部隊や地対艦ミサイル部隊を受け入れるための施設工事が進められている。作業中の大型クレーンの姿は、新石垣空港からも確認できる。
 また、石垣港には、海上保安庁の巡視船と巡視艇が、常時4隻から5隻は停泊している。港を一望できる高層マンションは、その動きをチェックするために中国人が長期滞在し始めたという話も耳にした。
 こうしてみると、八重山諸島は戦時に備え、地元住民、日本政府、それに中国と台湾の思惑が複雑に絡み合う状況下に置かれていることがわかる。
「アメリカは日本を守る」「有事が起きれば軍事介入する」といったバイデン大統領の言葉に頼るだけでは事足りない。
 防衛費を増額し、中国に「日本を攻めたらものすごい反撃に遭う」と思わしめるほどの体制を整える必要がある。当然、自衛隊の南西シフトもさらに強化すべきだ。
 台湾有事や尖閣諸島有事が生じた際の最前線となる与那国島や石垣島を取材後、一連の首脳会談を見ながら、日本も本気で有事に備える段階に来ていると実感させられた。
 なお、侵攻開始から3カ月が過ぎたロシア・ウクライナ情勢に関しては、ウクライナのゼレンスキー大統領の言葉を材料に、両国を取り巻く各国の思惑や安全保障の問題が簡単にご理解いただけるよう拙著を上梓した。ご一読いただけたらありがたい。
(政治・教育ジャーナリスト/大妻女子大学非常勤講師 清水克彦)