Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

天安門事件被害者が憤る台湾前総統の親中姿勢

民主主義を求める行動に対し批判、中国擁護も
高橋 正成 : ジャーナリスト
2022年06月23日

2016年5月、現在の蔡英文総統(左)の就任式で政権を受け渡した中国国民党の馬英九前総統(中、写真・2016 Bloomberg Finance LP)
2022年6月4日、天安門事件発生から33年目にあたるこの日、台湾の馬英九・前総統が「フェイスブック」で声明を発表した。ところがその内容が、中国の習近平国家主席を称え、民主進歩党(民進党)政権下の現在の台湾を貶すものだったことから、社会で物議を醸している。さらに、事件の被害者も馬氏を非難する事態に陥っているのだ。
馬氏は2008年から2016年まで、台湾の直接選挙で選ばれた中国国民党(国民党)籍の総統として2期8年務めた。在任中の2015年に、中国の習氏と史上初の中台首脳会談を行うなど親中路線を進めた。しかし過度な接近は、2014年の「ひまわり学生運動」などに代表されるような、台湾内でくすぶり続けていた反中世論が一気に噴出する結果をもたらした。今では台湾の親中派政治家の大御所、国民党のご意見番のような存在である。
共産党の統治を評価した馬氏
今回の声明でまず問題とされたのは、中国の現状を全く顧みず習氏を称えた部分である。とくに2021年10月、習氏が中央人民代表大会工作会議で語ったとされる部分を取り上げ、中国共産党(共産党)の統治を評価している点だ。
習氏は、民主主義は人類共通の価値観だけでなく、共産党と国民が堅持する重要な理念と強調している。しかし、民主化の指標ともいえる選挙を、習氏は批判しているのだ。そもそも、民主主義を大切にする政党や政府であれば、天安門事件のような「民主化」を求めた運動は起きなかったはずで、前提からおかしい。ちなみに、共産党は2021年に採択した「歴史決議」でも事件を「動乱」としており、学生らを殺害し弾圧した当時の対応は正しかったという立場を変えていない。
次に問題とされたのは、天安門事件に関する声明であるにもかかわらず、台湾の現政権や与党への非難を大々的に展開している部分である。
台湾が「民主化」を世界や中国にアピールする裏で、現政権による弾圧が行われ「不自由な民主化」に陥っていると指摘した。例えば、(親中路線の)テレビ局のニュースチャンネルの閉鎖や、与党が国民党に「白色テロ」(国民党支配の台湾で、反体制派に行った政治的弾圧)への清算を求める行為がそれだ、という。
馬氏は「これらは台湾内でルーツが違う人々への憎しみを煽る行為だ」と述べている。他にも言論の発信者を調査するような行為や、司法に干渉し独立機関とは名ばかりの民進党色が強い組織があるなどを例示しているが、その批判の前提がすべて台湾の大多数の民意を反映しない、馬氏をはじめとする国民党の行き過ぎた親中路線によることには触れていない。
例えば、その報道の偏向ぶりが問題となり閉鎖に追い込まれた「中天新聞台」では、2018年の高雄市長選や2020年1月の総統選で、親中派の国民党候補だった韓国瑜氏の動向を集中して放送した。その関連報道が8割を超えたなどとして、メディアを所管する独立機関「国家通信放送委員会(NCC)」から罰金処分を受けていた。ところがその後も十分に是正されていないなどとして、最終的に放送免許更新が認められなかったのだ。
アメリカの「国民党離れ」が進むか
また、馬氏は白色テロ時代の原因究明を清算としている部分は、自身も白色テロの被害者で、監察院長で国家人権委員会主席委員を兼務する陳菊氏がかつて語ったように、「調査は報復行為ではなく、被害者やその家族の名誉回復や非人道的行為への反省のため」である。むしろ、馬氏が今回の声明で中国に対し諭すように語った「負の歴史に真剣に向き合い、傷を癒す」ために行われているといえる。共産党が事件に向き合おうとしないのと同様に、国民党も過去の白色テロに十分に向き合っているとはいえない。
筆者が最も違和感を覚えたのは、天安門事件の被害者や遺族らを悼む言葉がないこと。さらにアメリカを中心とした国々の「反中ムード」が、中国の国際的な立場を一層複雑化していると、習政権から見た国際情勢を語っている点である。後述するが、この声明によってアメリカの「脱・国民党」が加速したかもしれないと筆者は考える。
鄧小平以降の改革開放がすべて帳消しになるほど、時に毛沢東すら連想させる強権的な習氏と共産党政権に対し、台湾の元総統としての批判などは一切ない。やさしく諭すように感じられるトーンと、一方で現政権への非難を大々的に展開している声明に、もはや台湾人でなくても違和感を抱かなかった人はいないだろう。
翌日の2022年6月5日、蘇貞昌・行政院長(首相)は「(馬氏の声明は)事実とまったく異なり、全体主義を美化するもので、世界から失笑されるだろう」とコメントしている。蘇氏自身、1979年の言論弾圧事件「美麗島事件」で、弁護士として当局が逮捕した反体制活動家らを弁護するチームに参加した経歴を持つ。自由や民主への思いは人一倍強いはずだ。
さらに、この声明に激しく憤ったのが、天安門事件で学生側のリーダーだった王丹氏だ。王氏は北京大学在学中に運動に加わり学生らを率いた。事件後、逮捕収監されるが、国際的な圧力が功を奏し国外に逃れる。その後、アメリカに亡命し台湾にも滞在していたが、現在はアメリカ在住である。
王氏は2022年6月5日にフェイスブックで、まず馬氏を馬某と呼称し、声明を信じがたいものと評した。そして、習氏の談話を肯定する前に、なぜ完全に自由がなくなった香港や、強制収容所と化した新疆ウイグル自治区、天安門事件の被害者や遺族について触れようとしないのかを問題視した。さらに、ゼロコロナ政策の下で人権を無視した防疫措置が行われた上海をも無視する姿勢に、「これらを知らないなら愚か者、知っていて触れないのなら悪人」と喝破した。
「事件の被害者の傷に塩を塗る行為だ」
そして、この声明は習氏と共産党を阿諛追従(あゆついしょう)したものだとし、事件の被害者らの癒えない傷に塩を塗る行為だと断罪した。
ちなみに中国からはフェイスブックに自由にアクセスできない。つまり馬氏のこの声明は中国の一般の人々には直接届くものではない。馬氏にとって天安門事件は、単なる呼び掛けの口実で、どうでもいいことなのだと思わざるをえないのだ。
馬氏の発言とは裏腹に、2022年6月2日から12日までの10日間、現在の国民党主席である朱立倫氏が訪米し、同党の「親米」を盛んに訴えた。しかし、党内で馬氏や親中派が依然として強い影響力を持つ中、アメリカが朱氏や国民党を信用することに懐疑的だとする意見が多いという。そしてこの声明がアメリカに「脱・国民党」を加速化させる可能性は十分にあるのだ。そういう意味で馬氏の今年の「六四」天安門事件声明はとても重要なものなのかもしれない。