Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

「世界秩序」ロシア・ウクライナ戦争で揺らぐ根幹

機能不全の国連はどんな役割を担っていくのか
API地経学ブリーフィング
2022年06月27日
一般財団法人アジア・パシフィック・イニシアティブ(API)は2月28日で創立10周年を迎えた。節目にあたり、今回から3回にわたり、API研究主幹の細谷雄一・慶應義塾大学法学部教授、API・MSFエグゼクティブ・ディレクターの神保謙・慶應義塾大学総合政策学部教授、API上席研究員の鈴木一人・東京大学公共政策大学院教授の3氏が「ロシア・ウクライナ戦争をめぐる地経学と国際秩序の変動」について3週連続で語り合う。
細谷氏は外交史を専門とするとともに、政府の安全保障と防衛に関する懇談会などの委員を歴任。神保氏の専門は外交政策で、防衛省参与、国家安全保障局顧問などを歴任。鈴木氏は国際政治の専門家で2013~2015年に国連のイラン制裁専門家パネル委員を務めるなどした。
鈴木 一人(以下、鈴木):API10周年を記念しての鼎談ですので、まずはAPIの10年を少しだけ振り返っておきたいと思います。APIはどのようなシンクタンクで、何を成し遂げ、社会にどのような変化をもたらしてきたとお考えですか。
インディペンデントと検証
細谷 雄一(以下、細谷):APIには2つの特長があると思います。1つはインディペンデントであることです。日本では防衛研究所、日本国際問題研究所、経済産業研究所のような官庁系のシンクタンクが主流ですが、APIは一貫して政府から助成金を得ずに独自の見解を発信し続けて来ました。もう1つは、福島原発事故やコロナ対策などの政府の政策を検証してきたことです。船橋洋一・理事長の強い方針もあってのことでしたが、社会から信頼される検証報告ができたのは、インディペンデントであったからだと思います。
神保 謙(以下、神保):発足当初の日本再建イニシアティブ(RJIF)、そしてAPIに引き継がれた10年間で、私自身は2つの領域で5つのプロジェクトに関わりました。1つ目の領域は、日本のグランド・ストラテジーです。2013年に日本の国家安全保障戦略を考えるプロジェクトを立ち上げ、「静かな抑止力」と題する政策提言を発表しました。ここから派生して形成された「現代日本の地政学」のグループでは、研究会を組織して、その成果として『現代日本の地政学 - 13のリスクと地経学の時代』(中公新書)を出版しました。
もう1つの領域は政策の検証です。政策当事者にインタビューを重ねて重要政策の成果や失敗を検証するメソッドこそ、APIが確立した独自の手法だと思います。私は、民主党政権の3年3カ月を扱った『民主党政権 失敗の検証』(中公新書)と、第2次安倍政権の7年8カ月を扱った『検証 安倍政権 保守とリアリズムの政治』(文春新書)の双方に関わりましたが、かけがえのない経験でした。民主党政権の際には政府関係者27名、安倍政権の際には54名のヒアリングを実施しました。これらのプロジェクトを支えたのは船橋理事長の強いリーダーシップですが、船橋さんが関係者に電話してアポを取る際の迫力には圧倒されました。またAPIのリサーチアシスタント、インターンの資料収集や準備などが、プロジェクトの質を支えました。まさに総合力としての成果でした。
鈴木:私はAPIの前身の「日本再建イニシアティブ」が設立されるきっかけとなった福島原発事故の検証作業にも参加しましたが、お2人にご指摘いただいた数々の検証はAPIの最も大きな社会貢献だったと思っています。日本では事故や事件が起きると提言はたくさん出ますが、それをチェックするシステムがありません。国会でも予算委員会は花形で真面目にやりますが、決算委員会はおざなりで関心も低いのです。
しかし、提言が実現したかどうかを検証することは非常に大切なことで、昨年、APIの出発点である福島原発事故の「10年検証委員会」を立ち上げ、座長を務めさせてもらいました。
もう1つ、神保さんが関わられたグランド・ストラテジーも重要な仕事だったと思います。シンクタンクには、個々の政策に対する処方箋を示すことが期待されている部分がありますが、個別の政策を論じるだけでは、全体最適は見えてこないし、日本の将来像も示せません。その意味で、部分最適ではない全体最適を考えるグランド・ストラテジーを提供することもAPIの特長だったと思っています。
秩序間の対立
鈴木:それでは、本題に入っていきたいと思います。今般のロシアのウクライナ侵攻に端を発した事態はまだ呼称が安定していませんが、今回は「ロシア・ウクライナ戦争」という呼び方で統一します。開戦から4カ月が経過した今も、この戦争の先行きが見通せない状況で、戦争終結後の国際秩序の変動を考えるのは難しいことですが、今日はそれに挑戦したいと思います。
いくつか論点はあると思いますが、まず、今回の戦争の性格について伺います。この戦争はロシアの暴走であって、ロシア単独の問題なのか。それとも、国際秩序の変化の結果なのでしょうか。
ロシアは国連安保理の常任理事国であり世界最大の核保有国です。今回の戦争はそういう国の暴走であり、核大国だから制約を受けずに始めることができたということなのか、それとも、例えば、アメリカの衰退と中国の台頭のように、世界秩序が変化し、不安定化したことにより、国際社会が介入しなくなった結果と受け止めるべきなのか。まずは歴史家として細谷さんはどのように見ていらっしゃいますか。
細谷:今回の戦争は基本的に2つの秩序間の対立だと見ています。1つは、プーチンが考えるような19世紀型の大国主導の国際秩序です。先日、プーチンは「植民地と呼ぼうがなんと呼ぼうが、大国に従属し、国家主権を持たない国家は自ら意思決定することはできない」と発言しました。つまり、プーチンが考える主権国家というのは、核兵器を持ち自己決定権がある国家だということです。その文脈で考えると、核兵器を持たない国家は、ウクライナだろうが、ポーランドや日本だろうが、自ら意思決定はできず、ロシアや中国、アメリカのような大国に隷属しなければいけないということになると思います。
この思考は典型的な19世紀型の大国主義的な国際秩序観です。18世紀末から19世紀には大国によりポーランドは三度分割されましたが、それと同じような発想でロシアはウクライナを分割しようとしています。これは、絶対に許してはいけません。
もう1つの国際秩序のイメージは、日本やイギリス、あるいはEUなどが求めるような、法の支配に基づく国際秩序です。日本外交も頻繁にそれを主張しています。今回の戦争の構図は、この2つの秩序の対立だと考えます。もしロシアが勝利するということになれば、その後の国際秩序は変わっていかざるをえない。これまでの法の支配に基づく国際秩序が機能を失い、大国主導のパワーポリティックスに変化する危険性があります。核兵器の数によって国家のランクや自己決定権が決まってしまう世界になります。
一方で、ロシアの野望を挫くことができれば、世界秩序は法の支配をある程度維持し、さらにそれを確立していく契機になるかもしれません。従って、この戦争を「われわれには関係のないロシアとウクライナの戦争」と見てはいけないというのが私の立場です。日本は積極的に関与すべきです。
それは、軍事行動に関与するということではなく、今後の世界秩序を形成していくうえでという意味においてです。もし、核保有国主導の世界秩序に変化するようなことがあれば、最も不利益を被るのは核兵器を持たない日本です。その理解が日本の中でもっと広がってもよいかなと思っています。
秩序の空白地帯
神保:国家は自己中心的な存在であって、国家の上に立つ世界政府や中央政府といったものは、現実には存在しません。だからこそ国際法や国際制度・規範によって秩序を形成することが望ましいのですが、秩序を維持するためにはルール違反を未然に阻止したり、違反国を罰したりできる力(パワー)の下支えが必要です。そう考えると、今回の戦争がなぜ起きたのかという問いは、侵略行為に対して強いペナルティーを与える制度やパワーが存在したのか、という問いに読み替えることができると考えています。
ウクライナはNATO加盟国ではありませんので、アメリカを含むNATO加盟国の条約上の防衛義務は発生しません。1994年に米英ロの3国がウクライナの安全の保証をうたったブダペスト覚書を交わしていますが、同文書には具体的な措置が規定されておらず、今回の危機の際にも役に立ちませんでした。つまりウクライナは秩序の空白地帯であり脆弱であったということが議論の出発点です。
そのウクライナの安全保障がこれまでかろうじて支えられていたのは、ウクライナ問題は政治的に解決ができるかもしれないというロシア側の期待と、NATO諸国の軍事的関与がありうるという戦略的な曖昧性の組み合わせだったと考えます。ロシア側の政治的解決への期待は2014年に起きたウクライナのユーロマイダン革命と、ロシアのクリミア併合以降に遠のいてしまいました。そして後者については、アメリカがウクライナに直接軍事介入をしない、というロシア側の確信によって、侵略の利益が国際社会から与えられるペナルティーよりも大きいと判断したことが、今回の秩序崩壊の原因だと捉えられます。
鈴木:アメリカファースト主義のトランプ政権の登場以降、アフガニスタンからの撤退など、アメリカが国際社会の問題に積極的に関与しない姿勢を明確にしたことで、それまで、ロシアの軍事的行動のブレーキになっていた戦略的曖昧さが緩んでしまい、結果的にロシアの行動の自由を広げてしまったということができると思います。また、ロシアが勝利してしまえば、これまでの国際秩序の基盤であった法の支配や国際法は、あってなきものになってしまいますし、この世界は力でしか解決できない無法地帯と化す危険性をはらんでいると思います。
機能しないことを前提につくられた組織――国連
では、今後の世界秩序を考えるうえで、国際法や国際機関、特に国連はどのように変化していくべきなのでしょうか。国際連合はロシアの暴走を止められなかったことで「機能不全」と言われています。しかし、安保理の常任理事国に拒否権がある限り、国連は動かないような「機能」が内包されています。国連がつくられたときは、ともに第2次世界大戦を戦った連合国である常任理事国同士が戦うということはないことを前提としていました。
今後、新しい世界秩序をつくっていくうえで、国連の改革や新しい国際機関を創設するということも含めて、国連はどのような法の支配をつくっていく役割を担っていくのでしょうか。国連創設の起源を研究されている細谷さんから伺いたいと思います。
細谷:やや誤解を招きやすい言い方かもしれませんが、国連はそもそもの最初から機能しないことを前提につくられた組織でした。国連創設時に事務総長代行を務めたグラッドウィン・ジェブや、外務事務次官だったアレクサンダー ・カドガンといったイギリスの外交官は当初からソ連との協力。なので、国連安保理で大国間の協調が機能しないときに備えて、国連憲章51条や52条に見られるように、集団的自衛権という形で同盟を残したり、地域条項をつくったりして補完しようと設計していたのです。
つまり、ある程度機能するけど、大国間の利害が衝突して機能しないことも想定してつくられたのが国連でした。冷戦後に、国連にやや過剰な期待が集まった時期はありましたが、今は本来のあまり機能しないロープロファイルの国連に戻りつつあります。
しかし、1930年代の国際連盟のように、それが完全に破綻する事態は避けなければいけません。例えば、かつて日本が国際連盟を脱退したように、中国やロシアが国連から脱退するということになれば、国連は破綻に向かってしまいます。ですから、ロープロファイルではあっても破綻はしないレベルで国連を活用しなければなりません。
具体的には、NATOや日米同盟といった軍事同盟で国連体制を補い、国連というシステムを破壊するような対決はデメリットであることを、ロシアや中国に理解させる。同時に、国連が完全に破綻しないように、アメリカやイギリス、日本といった国々が国連の中で一定程度、継続的に重要な役割を担っていく。そのロープロファイルな国連を理解し、活用することが重要だと思います。
価値判断のリトマス試験紙
神保:国連憲章には国際の平和と安全に対する脅威に対して強制措置をとることがデザインされています。国連安保理には、加盟国に対して軍事行動を含めた「すべての必要な措置」をとる権限と正当性を付与する役割が期待されました。実際、1991年の湾岸戦争ではイラク侵攻後のクウェートの主権回復のためにこの権限が付与され、2001年の9・11後には、国連安保理はアメリカの個別的・集団的自衛権を認識して「あらゆる手段を用いて闘う」ことを確認する機能を担いました。
しかしロシアのウクライナ侵攻は、国連安保理常任理事国が侵略の当事者であることから、現在の安保理が有効に機能することは論理的に不可能です。現在のような大国間競争が再来した時代に、国連に権限と正統性を付与する権威を期待することはできません。
だからといって、国連の機能不全をことさら強調し、その役割を切り捨ててしまうことは早計です。例えば、今回のウクライナ侵攻でも、国連は加盟国の価値判断を問うリトマス試験紙のような役割を果たしています。国連総会の対ロシア非難決議のように、各国が賛成・反対・棄権という3つの判断の基準を世界に対して明らかにするということは国連でなければできないことです。
鈴木:中ロとアメリカや西側諸国が対立する大国間競争という状況の中で、世界が国連という仕組みでは制御できないことは、間違いないと思います。にもかかわらず、依然として日本には国連に対する過剰な期待があり、国連の現実の姿が軽視され、国連にできることについて正確な理解ができていません。言い換えれば、過剰な期待をしているがゆえに、過剰に失望するという状況が起きている。
しかし、正当性の付与や非難決議の採択など国連の持つ機能は、一定程度は残っていることも確かです。それは、中ロも含めた世界中のほとんどの国が加盟しているという国連にしかない特徴から導き出されたものです。反対に、中国やロシアが国連から脱退してしまうと、国連の正当性は失われ、NATOやOECDといった中ロ抜きの国際機構と同じということになってしまうでしょう。国際社会において敵対する関係でも一緒に話し合う場が、さまざまな問題を抱えながらも存在している。そこが、非常に重要だと思っています。