Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

金正恩、トランプ、プーチン…安倍外交の内幕

 安倍元首相の国葬が執り行われ、その死を悼んで2万5千人以上の人が献花に訪れた。岸田文雄首相や菅義偉前首相が弔辞でも讃えたのが安倍外交だった。その功績とは何だったのか。
 安倍氏に最も食い込んだ記者として知られ、20年にわたり取材してきた政治外交ジャーナリストの岩田明子氏が、今回、「文藝春秋」11月号(10月10日発売)で、首脳会談の知られざる裏側を明かして徹底解説している。
 トランプ前大統領とは堅い信頼関係を結び、「蜜月関係」が注目されがちだった安倍氏だが、実は水面下では熾烈な交渉を繰り広げていたという。
〈「もう終わりだ! こんなディールは馬鹿げている」
 トランプは怒りを爆発させると、安倍に向かって交渉打ち切りを通告した。その瞬間、臨席していた茂木敏充経済再生担当大臣とライトハイザー通商代表の顔からはサッと血の気が引いたという。

© 文春オンライン トランプ氏と安倍氏
 トランプの言う「ディール」とは日米貿易協定のことだ。2017年1月、すでに12か国間で署名を終えていたTPP(環太平洋パートナーシップ)協定から、トランプが突然の離脱を宣言。米国は多国間協定から二国間や少数国間協定へとシフトし、日本も二国間協定を結ぶよう迫られていた。(中略)
 緊迫した交渉の結果、安倍は頑なだったトランプを納得させることに成功。自動車の追加関税についてトランプから「シンゾーと仲が良い間は課さない」との約束を取り付け、牛肉の関税もTPPと同じ削減率で日米貿易協定を結ぶに至っている。
 2020年8月に安倍が退陣を表明した際には、トランプがいち早く電話をかけ、「貿易交渉では正直負けたと思ったが、これもシンゾーの偉大な交渉力、そして人柄に屈したのだ」と吐露したが、これは日米貿易協定の熾烈な交渉過程を指している〉
 さらに安倍氏が長年の悲願に掲げてきた北朝鮮との「拉致問題の解決」や、米国が対応に苦心してきた「核施設の閉鎖」についても、トランプとは逐一相談していたという。
〈開催5日前の6月7日――。
「米朝首脳会談の場で、金正恩に日本政府の最重要課題である拉致問題を提起してほしい」
 安倍はトランプとのテタテ(1対1)による会談で、こう依頼したという。
 米朝の距離がここまで近づいたことはかつてなく、安倍は、拉致問題解決にこぎつける最大のチャンスだと考えていた。
 小泉訪朝の際に発表した日朝平壌宣言には、国交正常化した暁には、日本が北朝鮮に対して無償資金協力をはじめ、経済支援をすると書かれている。安倍はトランプを介して、この宣言が今も生きていることを金正恩に伝えたかったのだ。
 私の聞いたところでは、この時、安倍の念頭には1965年に韓国と結んだ日韓基本条約があった。この条約に基づき、日本は韓国に対して経済支援を行い、その総額は何兆円にも及ぶ。拉致問題が解決に至れば、安倍は北朝鮮に同様の支援をすることも検討する考えだった。
 安倍の気迫を前にトランプは深い理解を示した。そして米朝首脳会談の冒頭、トランプは2度にわたって拉致問題を提起し、北朝鮮が日本と向き合うことを求めた。米国が突如、日本の話を持ち出したことに、金正恩は驚きを隠せなかったという。
 3か月後の9月23日、国連総会に出席するためにニューヨークを訪問した安倍は、トランプタワーで再びトランプとの首脳会談に臨んだ。ミートボールやチョコレートアイスが並んだ夕食会で、上機嫌なトランプは笑いながらこう語った。
「北朝鮮との関係はうまくいっている。会談の最中、私が以前に彼(金正恩)のことを『ロケットマン』と呼んでいたと話したら、彼はすぐさま訂正して、いや、あなたは私を『ちびのロケットマン』と呼んでいた、と言い返してきた」
 さらにこの日の会談では、トランプが「衝撃の内容だ」と言って、金正恩から受け取った手紙を披露する一幕もあった。ハングルで書かれた手紙はその場で日本語に翻訳して読み上げられたという。
 宛名に「ドナルド・J・トランプ閣下」、差出人に「金正恩国務委員長」との記載がある書面には、「米朝首脳会談の共同声明を履行していく決意は変わらない」と書かれていた。具体的に、核兵器研究所の完全な閉鎖や、核物質生産施設の不可逆的な閉鎖を段階的に行っていく旨も記載されていたという。
 安倍もその場で「非常に意味のある手紙だ」と感想を述べた。〉
プーチン大統領との“踏み込んだ議論”
 また、ウクライナ戦争勃発以降は関係が途絶えているロシアのプーチン大統領とも安倍氏は27回にわたり首脳会談を行っている。日露交渉の最大の問題だった北方領土をめぐっては首脳会談の場でかなり踏み込んだ議論を交わしていた。
〈そして2018年11月14日、シンガポールでの日露首脳会談。私は、これが最も北方領土の解決に向けて前進した会談だったと見ている。「1956年の日ソ共同宣言を基礎に、交渉を加速する」との合意内容だが、そもそも日ソ共同宣言は、日露の外交関係が回復した後に歯舞島・色丹島の日本への返還を規定している。実際に安倍は、合意に先立つテタテの会談で、踏み込んだ議論が交わされたことを明かしていた。
「今日は率直に考えを述べたい」 
 安倍がそう告げると、プーチンは黙って頷いた。安倍の提案は大胆なもので、北方四島それぞれの主権と国境線を、具体的に画定するものだったのだ。その条件を踏まえたうえで平和条約の交渉を進める。安倍の決意を汲み取ったのか、遂にプーチンも「現実的な案だ。作業を進めよう」と承諾したという〉
「文藝春秋」11月号掲載の連載「安倍晋三秘録第2回」では、安倍氏がトランプやプーチンと信頼関係を築いた理由や、G20大阪サミットでの数々の秘話など、全12ページで詳細に綴っている。
(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2022年11月号)