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安倍総理の志は死なない!!

防衛省の「次期装輪装甲車」決定に見た調達の欠陥

体系的に進められず問題意識なき前例踏襲が続く
清谷 信一 : 軍事ジャーナリスト
2022年12月22日

AMVは南アでもバジャーの名前で採用されている
12月9日、防衛省は96式装甲車の後継である次期装輪装甲車にフィンランド、パトリア社のAMV(Armored Modular Vehicle)を採用したことを発表した。AMV自体は優秀な装甲車で多くの採用国があり、またアフガニスタンなどでの実戦でその性能も証明されている。一方で今回の採用は防衛省、自衛隊の装備調達の問題点も浮き彫りにしている。
そもそも他国では次世代の装甲車輌のポートフォリオを決定して個々の装甲車輌の調達を決めるが、防衛省にはそのようなマスタープランが存在しない。
現在、この次期装輪装甲車のほかにも同じく8輪の共通戦術装輪車、軽装甲機動車の後継である小型装甲車の3つのプログラムが進められているが、体系的に進められていない。
フランスのスコーピオンとは何が違うか
対して外国、例えばフランスでは装甲車輌の包括的な調達計画であるスコーピオン(SCORPION:Synergie du contact renforcée par la polyvalence et l’infovalorisation)が存在する。スコーピオンは仏陸軍参謀本部とDGAが2000年から着手して2億ユーロ(約300億円)の費用をかけて、既存の装甲車輌の役割をどのような後継車輌に割り振るのか、またFELIN先進歩兵システムとVBCI歩兵戦闘車のネットワークシステムとのシステムの統合などが検証されてきた。総予算は60億ユーロ(約7800億円)が見込まれている。

(写真:フランス国防省)

programme-scorpion-equipements(写真:フランス国防省)
既存の最新8輪装甲車、VBCI(APC型520輌、指揮通信型110輌)と、装輪155ミリ自走榴弾砲、カエサルはそのまま使用されるが、そのほかの主要戦闘装甲車輌は新たに開発、調達される6×6装甲偵察車、ジャガー、4×4汎用装甲車VBMR、6×6汎用装甲車で置き換えられる。またルクレール主力戦車の近代化もスコーピオンに含まれている。砲兵システムでは旧式で装軌式のAUF155ミリ自走砲はすべてカエサルで更新される。このため現在の77輌に加えて32輌のカエサルが追加発注される予定だ。
翻って実は日本の防衛省が採用する次期装輪装甲車と共通戦術装輪車はともにほぼ同レベル要求仕様の8輪装甲車である。共通戦術装輪車にはすでに三菱重工業のMAV(Mobile Armored Vehicle)が採用されており、事実、同社は次期装輪装甲車の候補としてMAVを提案していた。

MAV機動装甲車(写真:三菱重工業)
共通戦術装輪車は16式機動戦闘車とともに機動連隊に配備される。より高い脅威に対処する装甲車で、高い生存性が必要とされ、武装も30ミリ機関砲などを搭載する。対して次期装輪装甲車はより脅威度の低い環境で使う装甲車であり、APC(装甲兵員輸送車)のほか、装甲野戦救急車や兵站支援車輌などなどの調達も予定されている。
ところが筆者が取材したところ、MAVよりもむしろAMVのほうがより機動力も高く、防御力、とくに耐地雷能力は優れている。実のところ、わが国の装甲車開発能力は南ア、シンガポール、トルコ、UAE、韓国などから比べて、そうとう劣っている。それはこれらの国が輸出に励んで、性能、コスト、品質がこの20年ほどで飛躍的に向上して先進国レベルになったのに、わが国はそのような世界のトレンドに無関心だったし、輸出をしないことに伴って市場経済で性能、コスト、品質が厳しく問われる環境ではなかったからだろうと筆者は見ている。
共通戦術装輪車も次期装輪装甲車も同じ車輌であれば兵站や教育が共用化できるというメリットがあるが2種類の車輌を選定したのでそのメリットを捨てたことになる。仮に両プロジェクトでMAVが採用されれば、兵站や教育が共用されるだけでなく、装甲車メーカーが集約されるというメリットがあった。それを捨ててもAMVが優れており、採用せざるをえなかったのだろう。
ライセンス生産先はパトリア任せ
AMVは国内企業がライセンス生産をすることになっているが、その会社はパトリアが選定することとなっている。常識的に考えればコンペに負けた、三菱重工が選ばれることはないだろう。順当に行けば装甲車製造の経験のある日立製作所が有力候補だが防衛省の発表はなく、パトリア任せであるという。防衛省はすでに来年度予算で次期装輪装甲車29輌分を232億円で要求し、2026年度から配備するとしている。

AMV (写真:防衛省)
AMVを選定した理由として防衛省は基本性能が最も優れており、後方支援・生産基盤についてはMAVと同等とし、総合点でAMVが勝ったと説明している。生産主体が決まりもしないで、いったいどのように後方支援・生産基盤の体制を評価したのだろうか。
防衛省は生産企業が決まらない場合や採用がキャンセルされた場合、また時間と費用を掛けて入札と試験を行うことになると説明している。すでに12月半ばであり、予算が国会を通るのは遅くても4月だ。現在時点でライセンス生産の担当企業が決まっていない、というのは無責任に映る。
次期装輪装甲車のレクチャーでは、その派生型についての説明は筆者の個別質問でようやく出てきた。諸外国では派生型も含めて調達数、調達期間、総予算を明示して議会で承認を得てからメーカーと量産の契約を結ぶ。このような計画なしでは本来調達単価の算出はできないし、納税者に対する説明責任の放棄である。これでは文民統制が機能しているとは言いがたい。
また来年度から生産が始まるのに、APC型の武装や概要すら「敵に手の内をさらさないため」と説明を拒んだ。この程度のことは軍事機密でもなんでもない。そんなことは人民解放軍ですら言わないセリフだ。このような過度の秘密主義はこれまた納税者を敵視することにほかならない。10月の危機管理産業展で防衛省は耐地雷ブッシュマスターを展示したが、メーカーや採用している軍隊が普通に公開している車内を非公開にした。これと同じだ。
現代の装甲車はエレクトロニクス、ソフトウェア、すなわちセンサー、RWS、状況把握装置、ナビゲーション、バトルマネジメントシステム、ドローンジャマーなどとの統合が必要であり、価格面でも大きなウェイトを占めている。どのようなシステムを搭載するかも秘密にするのは現代の装甲車輌がどんなものか知らないと告白するに等しい。

infographie-innovation(提供:フランス国防省)
このようなことをしているから防衛省や自衛隊は、本来は何が核心的な機密かを理解できていないのではないかと疑ってしまう。また納税者から見ると、判断材料が提供されないので防衛省調達がブラックボックス化している。
国防ではなく装備の調達自体が目的化
そもそもの問題は防衛省の産業政策と問題意識なき前例踏襲だ。防衛省は装甲車輌メーカーの統廃合を考えていなかった。今回のAMVの採用はせっかく減った装甲車メーカーをまた増やすということになりかねない。現時点では生産メーカーは明らかにされていないが、これまでの経緯を考えれば日立という線が有力だ。その場合でも2社体制が温存されることになる。
わが国ではこの分野に三菱重工、コマツ、日立の3社のメーカーが存在しているがいずれも世界の競合には見劣りする。これらのメーカーの仕事を確保するために毎年少数発注を続けて、調達完了まで30年ほど掛けている。諸外国では5~10年程度だ。これだけ時間をかければ予定数がそろって戦力化できる頃には旧式化している。また少数生産のために量産効果が得られない。コマツの軽装甲機動車は諸外国の同等の装甲車の3倍の調達コストであった。国防ではなく装備の調達自体が目的化している。
たとえば装甲車メーカーを1社に絞って、調達期間を圧縮して戦力化を早め、同時に量産すれば調達コストは下げられる。そうなればメーカーの仕事も増えて、利益も増える。
防衛省にはそのような産業政策はなく、共通戦術装輪車は三菱重工に発注し、96式の後継(当初のプログラム名は「装輪装甲車(改)」)はコマツに発注して2つの装甲車メーカーに仕事を発注し、2社を温存する方針だった。
かつては装甲車輌の調達数も多く、装軌装甲車は三菱重工、装輪装甲車はコマツという暗黙の棲み分けもあったが、調達数が減って16式機動戦闘車のように三菱重工も装輪装甲車を生産するようになっており、棲み分けもなくなった。
コマツとしても事業を継続するため是が非でも次期装輪装甲車の受注獲得が必要だった。安値で落札したものの、直接戦闘に使用しない、防御力も不整地装甲能力も低いNBC偵察車をベースにして安かろう、悪かろうの試作車の提出につながった。さすがにこれは試験でダメ出しを食らった。だがこの駄目な車輌をMAVと機競合で選んだのは防衛装備庁であり、陸幕だった。
そしてもう1つの小型装甲車も問題だ。これは現用の軽装甲機動車の後継とされている。だが本来これは96式の後継と統合したほうがよかった。
スコーピオンのような構想は事実上ない
この手の小型装甲車は本来偵察や対戦車、連絡などの目的に使用されるものだ。だが陸上自衛隊では96式装甲車があるにもかからず、これを事実上の主力APCに使用している。
軽装甲機動車の乗員は4名で、1個分隊は2輌に分けて搭乗しなければならない。しかも個人装備を搭載する十分な車内容積もない。そのうえ固有の無線機もなく非武装であり、下車戦闘の際は操縦手も下車する。
対して96式のような大型の装甲車であれば、下車戦闘の際に乗員は残り、固有の機銃も搭載しているので下車隊員を火力で援護したり、随伴して必要なときは下車隊員を速やかに収容できたりするので機動力も高い。それに固有の無線を搭載しているので携行無線機より、より遠くまで通信もできる。

96式装甲車(筆者撮影)
軽装甲機動車をAPCに据えたのは、調達単価が安く、車輌専用の乗員が必要ないからだろう。だがそれは機械化部隊の利点を全部捨てる行為である。
そうであれば軽装甲機動車の後継は96式の後継と統合するのが望ましいが、そのような構図を陸幕も装備庁も描くことをせず、漫然と後継が必要だからと、それぞれの後継車輌を選定した。これは事実上、先述のフランスのスコーピオンのような構想がないことを意味する。

スコーピオンプログラムのジャガー(筆者撮影)