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安倍総理の志は死なない!!

中国との熾烈な競争、干ばつ、エサの争奪戦の激化…日本で牛肉が「超高級食材化する」と断言できるヤバすぎる背景

牛はゲップによって強力な温室効果ガスであるメタンを排出する。そのため、環境保護を重視する人々のなかには、牛肉をはじめとする畜産物を一切摂取しないヴィーガンとなることを選択する人もいる。
では、環境保護のために我々は牛肉を食べることをやめるべきなのか。色々な議論があるところだが、筆者はそうした主張には同意しない。「牛肉を食べたい」という人々の欲望そのものは尊重されて然るべきだ。
だが、我々の欲望が認められることと、その欲望が叶うかどうかはまた別の話である。いくら「牛肉を食べたい」と考えても、今後その欲望を叶えづらくなる可能性は大いにある。なぜなら、様々な社会の変化によって、牛肉がこれまで以上に“超高級品”となるかもしれないからだ。
なぜ、牛肉を食べたくても食べられない未来がやってくるのか。以下、いくつかの側面からその背景を考えたい。
激化する中国との“牛肉争奪戦”
まず、環境問題とは別の視点から牛肉の未来を考えてみよう。
日本で流通している牛肉の約6割は外国産だ。そのため、日本で安定して牛肉を食べるためには外国産牛肉をいかに確保できるかが重要となる。
しかし、今後は国際市場における“牛肉争奪戦”が激化するおそれがある。中国をはじめ、経済成長著しい国で牛肉の消費量が増え、これらの国に日本が国際市場で買い負ける可能性があるためだ。
事実、中国は牛肉の輸入量を急速に増やしている。2019年から2022年までのわずか3年間で、同国の牛肉輸入量(金額ベース)は倍増した。
特に目立つのが米国からの輸入だ。これまで中国はウルグアイやブラジルなどの南米諸国から牛肉を多く輸入していたが、近年は米国からの輸入を増やしており、2022年の第3四半期までの対米輸入金額はついに日本を上回った。
米国は日本にとって最大の牛肉輸入相手国だ。しかし、このままのペースで中国の買い増しが続けば、米国産牛肉でさえもこれまで通り調達することが難しくなるかもしれない。
エサの輸入も中国との競争に
「輸入がダメなら国産を増やせばいい」。そう言いたいところだが、中国の旺盛な内需の影響は国内の農業にも及んでいる。なぜなら、日本は肉牛に与えるエサの大部分を輸入に頼っているためだ。
家畜のエサには、繊維質の多い粗飼料と、たんぱく質や炭水化物を多く含む濃厚飼料の2種類がある。このうち、より重要なのは濃厚飼料で、肉牛(肥育段階)のエサの約9割は濃厚飼料が占める。
濃厚飼料は主にトウモロコシなどを原料とするが、日本ではこの濃厚飼料の自給率が10%ほどしかない。つまり、日本はエサでも中国との競争にさらされているのだ。
現在、中国政府は肉類の自給率を急ピッチで高める計画を進めている。これにともない、中国による飼料穀物の輸入も増加しており、直近3年で輸入量は約4倍に急増した。
こうした国際的な飼料需要の増加で、近年の飼料価格は慢性的に高い状態が続いている。したがって「国産牛肉であれば安く食べられる」という訳でもない。
干ばつで牛の頭数も減少か
ただでさえ厳しい牛肉の需給状況に追い討ちをかけるのが、気候変動による牛肉生産への悪影響だ。特に深刻なのは、干ばつの影響である。
地球温暖化によって、世界各地で干ばつの深刻化が予想されている。ここではその理由を詳述しないが、大きな要因としては(1)川に水を供給する山地の残雪が減少すること、(2)高い気温で地下水が蒸散してしまうこと、(3)気温上昇による飽和水蒸気量の増加で短時間の集中豪雨が増加することなどが指摘されている。
干ばつによる水不足が深刻になると、牛のエサである牧草やトウモロコシなどが育たなくなってしまう。当然、エサを十分に作れなければ牛を大量に飼うことも難しくなる。その結果、牛肉の生産量は減少し、価格も高騰する。
牛肉市場への干ばつの影響は、すでに無視できないレベルになっている。2019年に記録的な干ばつに見舞われたオーストラリアでは、エサ不足が深刻になり、飼育頭数の削減を決めた農家らが例年以上のペースで牛の屠畜を進めた。この際に多くのメス牛も屠畜されたため、その後数年にわたり子牛の数が減少し、豪州産牛肉の価格は長期的に高騰した。
実際に、豪州産牛肉(冷凍肩ロース)の日本での卸売価格の推移を見ると、2017年度には856円/kgだったところが2022年度には1,222円/kgまで上がっている。この5年で4割以上の高騰となったわけだ(22年度は3月分データを含まず)。
干ばつの影響を受けるのはオーストラリアだけではない。昨年、米国では西部から南部にかけて干ばつが深刻になり、牧草の状態が急速に悪化した。肉牛の大産地・テキサス州では農家らが牛の早期淘汰に動き、家畜市場に出荷された牛の数は平常時の4倍になったとも報じられている。
こうした干ばつ被害が今後拡大すれば、輸入牛肉を中心に日本の牛肉価格がますます高騰する可能性は高い。
4割値上げの「肉税」導入
牛肉生産は気候変動の“被害者”である一方、“加害者”としての側面も持つ。
冒頭でも触れた通り「牛のゲップが環境に悪い」という話は多くの方がご存知だろう。牛は4つの胃を持ち、このうち第1胃のルーメンでエサに含まれる食物繊維などが分解・発酵されるのだが、その過程で温室効果ガスのメタンが発生する。メタンは、二酸化炭素よりも強力な温室効果を持ち、気候変動の大きな原因とされる。
そして、このメタンの世界全体での排出量のうち、約3割は畜産業から発生している。また、二酸化炭素を含めた温室効果ガス全体で見ても、人間による排出量のうち、約15%は畜産業とその関連産業から発生しているとされる。
こうした事実から、牛肉は気候変動対策のなかで“悪者扱い”されることが多い。その結果、各地で牛肉の消費抑制が声高に主張される状況に至っている。
なかでも注目すべきは、牛肉の消費抑制を目的とした「肉税」の導入を検討する動きだ。肉税とは、その名の通り、牛肉などの肉類に対する特別の課税を意味する。
2016年にはオックスフォード大学の研究者らが、温室効果ガス削減に効果のある肉税の税率を試算した論文を発表した。それによると、気候変動対策として有効な牛肉の価格上昇幅は40%とされている。40%の値上がりというと、吉野家の牛丼並盛は448円(税込)*なのが1杯627円(税込)、マクドナルドのビッグマックも1個450円(税込)*なのが630円(税込)まで値上がりする計算だ。(※2023年4月時点)
そして、こうした肉税検討が政府レベルで進んだケースもある。イギリスでは2021年10月、ジョージ・ユースティス農業担当大臣(当時)が「温室効果ガス排出量の大きい食品への課税」として肉税導入を検討すると発言した。
しかし、英国内ではこの報道が大きな波紋を呼んだ。インターネット上では批判の声が大きくなり、1週間後にはユースティス大臣自ら「国内での肉税導入は選択肢にない」として発言を撤回する事態になった。
つまり、環境問題への関心が高いとされる欧州であっても、肉税への支持は集まっていないのが現状なのだ。実際に、各国での世論調査の結果もそのことを示している。
2021年8月に実施された世論調査では、欧州各国の消費者に肉税の創設について賛否が問われた。その結果、ドイツでは賛成が28%・反対が48%、イギリスでは賛成が19%・反対が55%、フランスでも賛成が14%・反対が59%と、いずれの国でも反対派が多数を占める結果となった。
ニュージーランドの衝撃
こうした欧州の状況を見ると「肉税なんて、あり得なさそうな話だ」と思えるかもしれない。だが、消費者ではなく農家に環境負荷の代償を負担させる、別の意味での「肉税」に目を向けると、実はすでに導入が決まった国もある。
それがニュージーランドだ。同国政府は昨年10月、温室効果ガスの排出量に応じて、畜産農家に金銭負担を求める制度案を発表し、2025年から制度が開始される公算が大きくなっている。この制度で直接的に環境負荷の代償を払うのは農家だが、そのコストは商品価格に転嫁され、最終的には消費者が負担することになる。
こうした温室効果ガスを排出している産業自身に環境負荷の代償を払わせる制度は、カーボンプライシングと呼ばれ世界的に広がっている。
現状、農家を対象とする制度はニュージーランドにとどまっているが、今後同じような動きが各国に広がれば、日本での導入が検討される可能性もゼロではない。
また、日本で導入されなくても、日本の牛肉輸入相手国で導入されれば輸入牛肉の価格が高騰する可能性もある。実際、ニュージーランドは日本にとって第4位の重要な牛肉輸入相手国だ。
“超高級化”をどう受け止めるべきか
肉税をめぐる議論からも分かるように、牛肉の価格が上がれば牛肉需要は減少し、温室効果ガスの排出量も減る。そう考えると、牛肉の“超高級化”にはメリットがあることも認めなくてはならない。
だが、そう簡単に現実を受け入れられないという方も多いだろう。では、何かこれを阻止するための道はないのか。最後にいくつかの方策を考えてみたい。
まず考えられるのは、エサも含めた牛肉の完全自給化を進め、国際市場の影響を排除する方針だ。実際に鹿児島県や北海道などでは、一部の生産者がそうした取り組みを進めている。
しかし、農業に適した平地の少ない日本において、完全自給飼料によって牛を育てることのコストは相当に高い。そのため、仮に日本で完全自給の牛肉が一般的になっても、牛肉の“超高級化”は避けられないと言える。むしろ、完全自給が進めば進むほど、牛肉の高級化は進行する可能性すらある。
では、気候変動への対応はどうか。干ばつが深刻化するなか、日本を含めた各地の研究機関は、干ばつ下でも牧草などを育成できる手法の研究を行なっており、将来的には干ばつによる牛肉生産への影響はかなり少なくなるかもしれない。
また、畜産業による環境負荷を減らす研究も進んでいる。現在までに、海藻やカシューナッツ殻液などをエサに添加すると、牛から発生するメタンが減ることは科学的に判明している。このまま技術開発が進めば、畜産業の環境負荷も劇的に減り、肉税などの規制の影響を心配せずに済むかもしれない。
しかし、現在のところ、これらは希望的観測に過ぎない。残念かもしれないが、牛肉の“超高級化”が進む可能性は高い。そして、そのことにはメリットもある。
これまで我々はハンバーガーや牛丼を手軽に食べてきた。そんな牛肉との付き合い方も変えざるを得ないときが来ているのかもしれない。
※出典先
U.S. Beef Exports to East Asia on Record Pace
独立行政法人農畜産業振興機構
平成26年7月 農林水産省「本格的議論のための飼料の課題」
農林水産省「お肉の自給率」
農林水産省「食肉流通統計」、東京食肉市場(株)
Global Methane Emissions and Mitigation Opportunities