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安倍総理の志は死なない!!

台湾の国民党が「親中」と呼ばれている数奇な経緯

敵対していた中国共産党との協力は約20年前に
小笠原 欣幸 : 台湾政治研究者、東京外国語大学名誉教授
2023年05月21日
「反中」と「親中」の対立構造で理解されがちな台湾で、野党・国民党は「親中」の代表格とみられている。反共産主義政党だった国民党はなぜ「親中」と呼ばれるようになったのか。
2024年1月に台湾総統選が行われる。すでに主要政党の候補者が出揃い、選挙戦が本格化している。それに合わせて日本メディアでも総統選挙に関する報道が増えてきた。
その報道の中では、台湾の最大野党である国民党に言及する際に「親中」や「対中融和路線」という説明書きを加えることが多い。中国との距離感が問題になっているので、「親中」「反中」という分類は確かにわかりやすい。
だが、国民党は現在中国を統治する中国共産党とは過去に激しく対立し、国共内戦のように戦火も交えた。その歴史を知っていれば、国民党が「親中」と呼ばれていることに疑問を持つ読者もいるであろう。
なにしろ、国民党を率いた蒋介石が支配していた時代の台湾では、仮に「中国大陸と対話すべきだ」と主張すれば確実に捕まり、処刑される可能性すらあったのだ。その国民党がなぜ「親中」と呼ばれるようになったのか。一見謎めいているが、経緯を見ていけばその答えははっきり出すことができる。
共産党に深い恨みがあった
20世紀初頭、中国では中国国民党(国民党の正式名称)と中国共産党という2つの近代政党が登場した。両党は対立と協力を繰り返し、第2次世界大戦後、人々を戦乱に巻き込んで戦った(国共内戦)。
1949年、毛沢東が率いる共産党が内戦に勝利し中華人民共和国を建国、敗れた蒋介石が率いる国民党は台湾に逃げ込み中華民国という国家を存続させた。国民党は、組織をズタズタにされ、多数の死傷者を出し、中国大陸を失ったので、共産党に対する恨みは非常に深かった。
しかもそれで終わりではなかった。毛沢東は「台湾解放」を唱えた。その意味は台湾を武力で制圧し、蒋介石らを捕まえ、台湾を社会主義化することであった。共産党は台湾にスパイを送り込み、金門島に激しい砲撃戦をしかけた。外交的には台湾を孤立させるなどして国民党政権に強烈な圧力をかけた。
毛沢東による軍事侵攻は、蒋介石の自衛努力とアメリカの軍事支援によって阻止された。蒋介石は共産党政権を打倒するため「大陸反攻」を唱え、台湾社会に反共イデオロギーを浸透させた。国民党政権は、中華人民共和国を全否定し、往来も連絡も禁止した。
蒋介石の後を継いだ蒋経国も「妥協せず、接触せず、交渉せず」(三不政策)の方針をとった。一方、国民党は中国ナショナリズムの立場であるから、中華民国こそが正統な中国国家であると主張し、中華民族、中国文化は称賛する。
中台の間では香港を経由した間接貿易や、台湾海峡の洋上での密貿易が活発になった。現実を追認する形で、蒋経国時代の末期から李登輝時代にかけて中台間の直接貿易、旅行、通信、投資が解禁された。
李登輝政権は民主化を進める中で、共産党を反乱団体と見なしその鎮圧のために国家の資源を投入することを可能にする法令を廃止した(1991年)。台湾は中華人民共和国を認めることはしないが、敵視もしないという方針に切り替えたのである。中台はそれぞれ窓口機関をつくり、対話・交渉・取り決めを行える体制を整えた。1992年には双方の間で一定の了解ができた(92年コンセンサス)。
1990年代は、中台の物・金・人の往来が飛躍的に増えた。それでも李登輝が率いる国民党は共産党に対する警戒感を持ち続け、江沢民の統一に向けた話し合いの提案にも乗らなかった。
ジリ貧の危機が親中のきっかけに
転機になったのは2004年総統選挙である。2000年選挙で民進党の陳水扁が当選、国民党は台湾に遷移して初めて政権を失った。李登輝の後を継いで党主席に就任した連戦は2004年選挙での政権奪還を目指した。しかし、陳水扁の巧みな選挙戦略と投票日前日の銃撃事件もあり、陳水扁が僅差で再選を果たした。これが国民党にとって非常に大きな打撃となった。
国民党は8年間政権から遠ざかることが決まり、予算と権限を通じた集票構造が崩れていくことになった。それだけでなく、陳水扁当選の背後には台湾アイデンティティの広がりがあり、国民党がジリ貧になる可能性があった。
その国民党の苦境をよく見ていたのが中国の胡錦濤政権であった。連戦が率いる国民党は、民進党に対抗するためには宿敵の共産党と手を握ることもやぶさかではないという考えに傾いていた。胡錦濤の側も陳水扁の民進党政権を押さえ込む強い必要性があった。「陳水扁・民進党・台湾独立」を共通の敵として国共両党が和解する好機が訪れた。
胡錦濤はその好機を逃さず、国民党が重視している政策理念に歩み寄り国民党の釣り上げに動いた。2005年4月、連戦が訪中し胡錦濤と会談した。これは蒋介石と毛沢東が会談して以来60年ぶりの国共トップ会談となった。
共産党との連携関係はここから始まった。両党は陳水扁政権の頭越しに中台の経済関係の拡大に向けて次々に合意を発表していった。中国がパイナップルなど台湾産の果物の関税をゼロにして輸入を増やす恵台政策を発表したのもこの時である。
経済面でみられた国民党の「親中」
国共連携の成立後、国民党副主席の江丙坤が頻繁に訪中し、地方の共産党幹部との会合で問題を抱えた台商(中国で活動する台湾ビジネスパーソン)のために善処を要請した。中国でビジネスを展開するためには土地の取得、労働者の募集、原材料の調達、地元販売網への食い込み、環境規制のクリア、税金などさまざまなハードルがある。それらは地元共産党幹部の意向で変わるものであった。
中国の不透明な市場構造、荒稼ぎする台商、なんでも管理する共産党、中台ビジネスの窓口を握る国民党が結びつき、あっという間に利権関係ができた。民進党が「国民党は親中」と批判したが、当時の台湾社会は、政党が台商をサポートすることを問題視する雰囲気ではなかった。
中国とパイプがあり、中国とうまくやれるというイメージは国民党にプラス要因となり、2008年総統選挙で馬英九の勝利につながった。ただし、馬英九は選挙戦では広い意味の台湾アイデンティティをアピールしてバランスをとっていた。
馬英九政権の第1期は中台関係が急速に改善し、経済に関する協定を結んで、中台の経済の一体化を進める方向に動いた。江丙坤が窓口機関である海峡交流基金会のトップに就任、台商からの大量の陳情をさばき、サポートした。
国民党の関係者も中台ビジネスに相次ぎ参入した。それは、家族が経営する会社であったり、側近が経営する会社であったりした。中台ビジネスの利益は一部の政治経済関係者が享受し、彼らは「両岸権貴」と呼ばれた。一方で、一般民衆にはあまり恩恵はなかった。気がつくと国民党は共産党と抜き差しならぬ関係になっていた。
馬英九政権が2期目になると国共両党の連携はさらに深まり、それに対する不安や反発が2014年の「ひまわり学生運動」となって噴出した。学生らが台湾の国会を占拠し、審議されていた中国との新たな経済協定の撤回を求めた。民意の多数派は国会を占拠した若者らに同情的になり、国民党の親中イメージは同年の地方選挙でマイナス要因となった。
その後、馬英九は台湾への統一圧力を強める習近平と2015年に会談したことで、同党の親中イメージはさらに固まった。馬習トップ会談が選挙で国民党のプラスになるという見方が国民党内にも共産党内にもあったが、それは台湾の民意の変化を把握できていないがための計算違いであった。国民党は2016年総統選挙で大敗し政権を失った。
選挙後の党内の検討課題に親中イメージ問題があがったが具体策は取られなかった。2019年1月には習近平が台湾統一への強い意志を表明した。習近平が唱える「一国二制度による統一」は事実上中華民国を併合する政策であるが、国民党からの反応は鈍かった。その後も共産党との連携は続き、国民党は2020年総統選挙でも敗北した。
「親中」イメージは国民党内でも問題に
総統選挙で2回連続敗北したことで、親中と呼ばれていることが敗北の原因だと指摘する声が党内でも広がった。党執行部が総辞職したことで2020年3月に党主席選挙が行われた。中堅の江啓臣とベテランの郝龍斌が立候補した。郝龍斌は国民党の中国イデオロギーの強い支持層である深藍勢力に近いと見られている。
その郝龍斌は、「国民党が親中のイメージを持たれているのは、党内の多くの人が私利のため対岸(中国)に軟弱な態度をとり、こびへつらうからだ」と述べ、自分が主席に就任したら、「党内の一定のレベル以上の政治家が対岸と経済上の取引や商売をするのを禁止する」という方針を打ち出した。
結局、郝龍斌は落選したが、主席選挙の政見発表でここまで踏み込んだところに親中問題の根深さが表れている。当選した江啓臣も親中イメージを払拭しようとしたが、軌道修正は思うようには進まなかった。その後に就任した朱立倫現主席は、「アメリカと親しく、日本と友好的に、中国と平和的に」というスローガンを打ち出し、イメージを変えようと努力している。
現在、国民党は「中国と対話を進める」という路線を打ち出しているが、共産党に100%従っているわけではない。「一国二制度」に反対し、台湾に対する軍事演習を批判してもいる。親中イメージとどう向き合うか、国民党は難しい判断を迫られている。親中を薄めるのか、あるいは、親中で何が悪いと開き直るのか。
党内では「共産党と対話できるから平和を守ることができる」という主張に活路を見いだせると考えている人が多い。国民党の総統候補に指名された侯友宜がどういう対中政策を打ち出すのか注目される。