Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

財務大臣が高校レベルの経済理論を知らず、官僚から「オレたち抜きでは何もできない」と…日本の政治家とキャリア官僚の“歪んだ関係”

 最近、「世の中は変わらない」と投票に行かない国民が多い。その結果、経済政策の基本も分からない政治家が国政に携わってしまうことになる。すると、どうなるか。利上げ、増税、規制強化が待ち受け、ローンの利子は上がり、税金も容赦なく上がり、無駄に行動を制約される。どんなに働いても給料が上がらない世界になってしまうのだ。
 ここでは、経済学の基本をわかりやすく記した倉山満氏の著書 『これからの時代に生き残るための経済学』 (PHP新書)より一部を抜粋して再編集。経済を知らない政治家と政治家をだましたがる官僚の本末転倒な関係を紹介する。(全2回の1回目/ 2回目 に続く)
◆◆◆
乗数効果がわかっていない?
 政治家のコンプレックスを象徴するようなエピソードがあります。
 2010(平成22)年1月26日の参議院予算委員会で、菅直人財務大臣の話です。
 当時は野党だった自民党の林芳正氏に、「子ども手当の乗数効果はいくらか」との質問を受けました。菅財務相はトンチンカンな答弁をし、同僚の長妻昭厚生労働大臣も仙谷由人国家戦略担当大臣もまともに答えらませんでした。そして、「乗数効果は、高校生が学ぶ、きわめて初歩的な経済理論なのに民主党の経済閣僚はわかっていない」と揶揄されました。
 民主党に政権担当能力がないことが、公衆の面前でバレてしまった瞬間でした。テレビで生放送されています。国会中継など誰も見ていませんが、ネット世論が取り上げ、大騒ぎになります。
 当時は「反民主党」というだけでウケる時代でしたから「ほれ見ろ。民主党ってこんなにレベルが低いんだぞ!」と拡散されます。そのうち地上波でも取り上げられて、民主党は何もできない人たちの集まりであるというイメージが全国民についていきました。
 この場合、菅直人の何が罪深いか。
「菅直人が乗数効果ごときを知らなかったこと」と思ったら、あなたは官僚の罠にはまっています。
 菅財務大臣は「そんなことも知らないのか」と責められましたが、正直なところ「乗数効果」ってそんなに有名な概念でしょうか?
 ちなみに高校生用の『用語集現代社会+政治・経済(’22-’23年版)』(清水書院、2021年)によると、以下の通りです。
〈乗数理論
 投資支出の一単位の増加から波及して、乗数倍だけ国民所得が増加することを説明する理論。国民所得がある水準のとき、投資支出が1兆円増えたとする。その1兆円は、必ず誰かの所得となり、貯蓄か消費に回される。ここで、1兆円のうち80%が消費されるとすれば、今度は0・8兆円が次の誰かの所得になり、さらに同じく80%が消費に回されれば、0・64兆円が誰かの所得となる。この過程が無限にくり返されれば、最終的には5兆円だけ国民所得が倍加する。つまり、所得が一単位増えたとき、そのうちどれだけを支出するかをc(この例では、0・8)とすれば、1/(1-c)を、最初の投資支出増加分に掛けた額だけ国民所得が増加する。このとき、1/(1-c)を乗数とよぶ。〉

 たしかに高校生用の教材にも載っていますが、高校で教わる国・数・英・理・社すべての分野の知識を間違いなく習得し、覚えている大人がどれくらいいるでしょうか。
致命的な誤りは「その後の対応」
 政治家に「あらゆる専門用語を知っておけ」というのは無理な話。経済が大事なのはわかるけど、政治家は経済のことだけ考えているわけにはいかないのです。
 菅直人財務大臣と民主党政権の致命的な誤りは、何かを知らなかったことではなく、その後の対応です。
 メディアからは「こんなことも知らないのか」と煽りたてられ、官僚からは「政治家なんて、結局、オレたち抜きでは何もできないんだ」とバカにされる。それがよほど悔しかったのか、以後、菅直人は財務官僚の軍門にくだってしまいました。脱官僚政治を掲げて政権についた民主党だったのに、官僚の言いなりになり、すっかり依存するようになったのです。
 これこそが罪深い。
 そもそも、政治家は何をどこまで知っていなければならないのか。官僚はその道の実務の専門家だから、官僚です。なんだかんだと24時間365日、その仕事に取り組んでいるのです。言っちゃあ悪いですが、選挙の片手間に勉強して、太刀打ちできる訳がない。
源頼朝の偉大さ
 急に話は飛びますが、鎌倉幕府を開いた源頼朝には、大江広元という有能なブレーンがいました。鎌倉幕府の公式歴史書である『吾妻鑑』には、広元が随所で幕府の根幹となる政策を主唱する様子が登場します。実際、頼朝にも多くの提言をしたでしょう。
 では、頼朝が広元の言っていることを、どれほど理解できたか。間違いなく100%だったとは思えません。この世で誰も見たことがない「幕府」です。考えついた広元が偉いのであって、それを頼朝が100%理解できなかったとしても、頼朝の偉大さはいささかも損なわれません。なぜなら、それを実現したのは、頼朝だからです。
 ブレーンにできることは「何をすればよいか」を提示すること。政治家の仕事は実現することです。そして頼朝は、広元の言うことを細部まで完全に理解していなくとも、間違いなく本筋は摑んでいました。
 最近の政治家は、官僚のご説明を何%理解できるかで、優秀さを競っているようなところがあります。何の意味があるのでしょう。
 もっとも政治家にレクチャーする時、「そこからか!」と叫びたくなる時ほど悲しいこともありませんが。
官僚だって何でも知っている訳ではない
 わかりやすくイメージしやすいように、警察でお話ししましょう。警察を司る大臣は国家公安委員長です。
 では、国家公安委員長が、凶悪犯の逮捕の仕方に関して、官僚よりも詳しくなければならないのでしょうか。そんな訳はありません。だいたい、当の警察官僚だって、実際に凶悪犯の逮捕なんかしません。実際に現場の仕事を行うのは、ノンキャリアの官僚。この場合は現場の刑事です。凶悪犯の逮捕の仕方を知らないのは、政治家もキャリアと呼ばれる高級官僚も同じです。
 この事情は、財務省でも同じです。財務省のキャリア(幹部候補の高級官僚)にしても、ノンキャリ(その他の職員)に依存しています。局長~事務次官と出世するキャリアが、税務署の職員より税に詳しいなどありえません。
 予算を司る主計局にしても同じ。財務省主計局には司計課と呼ばれる部局があって、原則としてノンキャリしかいない課です。本当に国家予算を隅々まで知り尽くしているのは、この人たちです。
 冗談で、「記者会見で政治家の大臣が質問に答えられないと、後ろの事務次官を振り向く。次官が答えられないと横の局長を振り向き……最後に振り向いた人は壁しか見えない」と言われます。
 実際にはそんなことはありません。基本的に大臣が答えられるように想定問答を仕込むのが高級官僚の仕事ですし、仮に大臣が答えられなくても次官がカバーすれば終了です。
 実際、「国民福祉税」をぶち上げた細川護熙首相は記者の質問に何も答えられず、横にいた斎藤次郎大蔵事務次官がすべて答えると言う場面がありました。もっとも、官僚が答えに困るような鋭い質問を記者が繰り広げた場面を思い出せませんが、聞く方の勉強不足でしょうか。
キャリア官僚が政治家の役割を担っている
 閑話休題。
 今の日本では、政治家がだらしないから、キャリア官僚が政治家の役割を担っていて、本来の官僚の仕事はノンキャリが行っているという本末転倒の状態にあります。政治家が本来の仕事をこなしていたら、キャリア官僚などいらないのです。
 ところが、菅直人氏はじめ民主党政治家は、官僚に対抗できる知識を何でもかんでも知らなければいけないという強迫観念に駆られてしまいました。それこそが官僚の付け入る隙でした。( #2 に続く)
〈 「給料が上がらないのに物価高、岸田、何とかしろ!」国民の生活はキツくなるが…それでも物価高騰が“悪”とは言い切れないワケ 〉へ続く
(倉山 満/Webオリジナル(外部転載))