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安倍総理の志は死なない!!

許されるわけがない中国「海警法」の“違法性”

数多 久遠:小説家・軍事評論家、元幹部自衛官)


 中国が「海警法」を成立させました。


 海警法によって中国の公船は外国公船(日本の海上保安庁など)への攻撃が認められるようになります。一方、海上保安庁(以下、海保)には外国公船(中国の海警局船など)に攻撃することができません。


 これを問題視し、海保にも同様の権限を付与するべきという意見があちこちで見られます。また、海警法を執行する海警局船舶に対応するため、海上自衛隊を派遣すべきという意見もみられます。


 筆者も海警法に対しては断固たる措置をとるべき考えていますが、そうした方向の対応は国際法上不可能であり、別の方向を考えるべきです。


 そもそも、こうした意見が根強いのは、船と航空機で国際法上の扱いが大きく違うことを知らない人が多いからなのではないかと推察されます。法律に対する知識不足によって、上記のような意見が出てくるのではないかということです。


 そこで以下では、船と航空機に適用される国際法について概観し、中国の海警法にどう対処すべきかを考えてみたいと思います。ただし、条文を書くとかえって理解を妨げると思いますので、条文は載せません。また、海警法は、尖閣に造られている構造物を破壊する法的根拠を与えるなど他にも問題があるのですが、以下では外国公船に対する攻撃についてのみ考えてみます。


【1】海保は一方的に攻撃されるのか?
 海警法は、中国公船が外国の公船に武器を使用することを認めています。


 一方、日本側、海保の巡視船は、外国公船に対して武器を使用することが禁じられています。海上保安庁法は、武器を使用してよい対象から外国公船を除外しているからです(民間の船に対しては使用できます)。


 なお、海保は北朝鮮の工作員が運行していた不審船に対して武器を使用したことがあります。公船として認められるためには、国籍旗を掲げるなどの条件があるのですが、不審船はそうした条件を満たしていなかったため、武器が使用されました。


 なお、海保船舶も、中国の海警局などの公船から攻撃を受けた場合には、自衛のための反撃は可能です。


 今後、尖閣周辺海域で、日本の海保船舶と中国の海警局船舶の双方が、相手が不法行為を働いたとして非難し合う可能性がありますが、その際に海警局は武器を用いて海保船舶を拿捕しようとするかもしれません。その際には、海保は自衛のための反撃をすることは可能です。


【2】公船に対する武器使用はなぜ禁じられているのか?
 攻撃を受けた場合しかこちらからは攻撃できない、相手の不法行為(領海内での法執行)には何もできないという状況に、憤りを感じる人は多いでしょう。


 中には「領空侵犯した航空機を撃ち落とすように、領海侵犯した船を沈めてしまえ!」という過激な言説も耳にします。しかし、航空機と船舶は国際法上での位置づけが全く異なります。同じように考えてはいけないのです。


 国際法上、領空侵犯した軍用機や政府が運航する航空機は、撃ち落とされても文句は言えません。


 現在、民間機の場合は、誘導に従い、指定の空港に着陸させられることになっていますが、1984年以前は、民間機でさえも撃墜されても(国際法上は)文句を言えませんでした。この変更は、1983年に発生した大韓航空機撃墜事件の反省を踏まえたものです。大韓航空機撃墜事件では、民間機を撃墜したソ連が人道にもとると非難されましたが、国際法違反だとして非難されてはいません。


 国際法は、各国の合意の上に成立しています。なぜ各国は「航空機に対する撃墜が可能」ということに合意しているのでしょうか。その理由は、空は海上でも陸上でもつながっている上、航空機の速度が非常に速いためです。航空機に対しては撃墜も可能としていなければ、もたもたしている間に、首都に爆弾が落とされる事態にもなりかねません。そのため、このような規定になっています。


 対して、船舶は低速な上、陸上に乗り上げることはできません。即座に撃沈しなくとも、それほど危険性はないというのが一般的な認識でした。それに、海上の自国領域である領海の範囲は、艦砲の射程の範囲を考慮して考えられていました。つまり、領海に入らなければ、砲弾は国土まで届かないという考え方です。


 航空機ほどの危険性はないため、公船が領海に侵入しても、撃沈を許可するような国際法はできなかったというわけです。


 むしろ国際法上、公船は、撃沈されないどころか、運用する国を代表する特別な地位を認められるようになっています。分かりやすく言えば、公船は移動可能な国土のようなものなのです。


 つまり、公船に対する攻撃は、国土に対する攻撃、つまり戦争行為と認識されます。世界史を見れば、艦船への攻撃が戦争のきっかけとなっている事例はいくつも目にすることができると思います。


 国際法、通称「国連海洋法条約(UNCLOS)」には、そのように定められています。当然、日本もこの条約に加盟しています。そのため、海上保安庁法においては、武器を使用してもよい対象から外国公船を除外しているのです。


【3】海警法は「国連海洋法条約」違反ではないのか?
 国連が採択した条約ですから、国連海洋法条約には中国も加盟しています。


 条約の締約国は、条約で定めた事項を守るため、条約に合わせて国内法を定める義務を持ちます。当然、中国も海警法をこの条約に基づいて定める必要があります。ところが、冒頭で述べたように、海警法は他国の公船に武器を使用できると定めています。


 中国が、どのような法的ロジックによって、海警法が国連海洋法条約に反していないと解釈しているのかは定かではありません。しかし、我が国でさえも「自衛隊が戦力ではない」としているなど無茶な法解釈をしているくらいです。理解不能なナゾ理論だとは思いますが、何らかのロジックは組み立てているはずです。


 しかしながら、普通の国際法理解からすると、海警法は明らかに国連海洋法条約違反です。


 中国が違反しているのだから我が国も違反し、海保にも外国公船に対する武器使用権限を付与すべき、というのは、我が国が継続してきた価値観外交における重要な要素、「法の支配」と矛盾します。ですから、これは絶対に行ってはならないのです。


 この海警法に対しては、「法の支配」という観点から、国連海洋法条約違反であることを強く抗議しなければなりません。


武器が使用されてからでは遅い
 1月29日、茂木敏充外相は、「この法律が国際法に反する形で適用されることがあってはならない。日本の領土、領海、領空を断固として守り抜く決意の下、冷静かつ毅然(きぜん)と対処していく」と述べました。加藤勝信官房長官も2月1日になってほぼ同様の発言をしています。この発言に対し、一部のメディアは、中国を牽制していると肯定的に評価しています。


 しかし、この発言では、中国側は抗議とは受け取りません。中国メディアも「日本は中国の立場に理解を示した」と言いかねない内容です。


 なぜなら、この茂木外相の発言では、「海警法そのものが国連海洋法条約違反である」とは言っていないからです。「国際法に反する形で適用されることがあってはならない」という発言は、国連海洋法条約に違反して実際に武器が使用されるまで抗議をしません、と言っているのと同じです。


 尖閣周辺海域で日本が海警法の脅威を受けるのと同様に、南シナ海ではフィリピンやベトナムが海警法の脅威を受けることになります。日本政府と異なり、両国は即座に抗議しました。ベトナム外務省は、声明の中で「ベトナムは国連海洋法条約に基づいて、水域の管轄権を証明する十分な法的根拠と歴史的証拠を有している」と条約名を明示しています。


 海警法には、この問題以外にも、尖閣に建造された灯台などを破壊するためと思われる条文があるため、日本政府としては様々な対応が必要です。しかしながら、この武器の使用に関しては、国連海洋法条約違反であることを、即刻、断固として主張しなければなりません。


 実際に武器が使用されてからでは遅いのです。


 海警法は、中国が継続しているサラミ戦術の1つです。船と航空機で国際法上の扱いが異なり、艦船での対応であれば、中国寄りの姿勢に傾いた日本政府・菅政権は妥協しやすいと見ているのでしょう。


 防衛省が公表している2019年の対領空侵犯措置の資料を見れば、国際法上、領域内に入れば即座に撃墜されることもある航空機は、尖閣の領空をしっかりと避けていることが見て取れます(下の図)。中国は、海警法によって、日本の妥協を引き出すつもりなのです。


防衛省が公表している2019年の対領空侵犯措置の資料より© JBpress 提供 防衛省が公表している2019年の対領空侵犯措置の資料より