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安倍総理の志は死なない!!

世界に知れ渡ってしまった日本の「誤った」防衛戦略

JBpress 提供 合同軍事訓練「ジャンヌ・ダルク21」に参加した日米仏豪艦艇(写真:米海兵隊)
(北村 淳:軍事社会学者)
 アメリカ海軍内外の対中警戒派は10年以上も前より中国海洋戦力の強化状況に対して警鐘を鳴らしていた。しかし、オバマ政権下では予算を伴う積極的な対抗策が打ち出されることはなかった。
 ようやくトランプ政権下で米海軍力増強の方向性が打ち出されたものの、すでに時遅く、昨年(2020年)には米国防当局自身が、米海軍力が中国海洋戦力に追いつかれつつあり一部の戦力ではすでに追い越されてしまった状況を公に認めざるを得なくなってしまった。
 たしかに、「積極防衛戦略」を遂行するために構築され続けている中国の海洋戦力(海軍艦艇、航空戦力、各種長射程ミサイルなどを中心とする戦力)は、質・量ともに極めて強力となっている。積極防衛戦略とは、アメリカ海軍による中国沿海域への接近侵攻をできるだけ遠方海域で阻むことを主眼に据えた防衛戦略である(アメリカ軍などでは「A2/AD戦略(接近阻止・領域拒否)」と呼称している)。
 そのうえ、南シナ海では南沙諸島に7つもの人工島を建設して、前進海洋基地群を誕生させてしまっている。そのためアメリカ海軍が南シナ海や東シナ海において以前のように絶対的な軍事的優位を保つことは不可能になってしまった。
「航行の自由」を守るための包囲網
 とはいっても、このまま中国による南シナ海や東シナ海での軍事的優位の絶対化を放置しておくと、アメリカの国是である「公海での航行自由原則の維持」が、中国近海のみならず世界中の海洋において危機に瀕してしまいかねない。アメリカ海軍のみならずアメリカ政府にとっても「航行の自由」という大原則は何としてでも維持しなければならない(拙著『米軍幹部が学ぶ最強の地政学』宝島社、参照)。
 そのためには、トランプ政権が打ち出した海軍大増強計画を実施しなければならないのだが、パンデミック終息と経済復興を最優先させなければならないバイデン政権としては、軍事費を大増強するわけにはいかない。そもそもバイデン政権は、人権問題では中国と対決する局面を否定しないものの、軍事的に中国と直接対決することを避けようとしている。
 しかしながらバイデン政権としても「航行の自由」の大原則は守り続けなければならない。ところが、アメリカ自身の海洋戦力を中国沿海域で中国を押さえ込める程度まで強化するには、かなりの時間を要する。
 要するに、当面の期間(少なくとも5年間)は、アメリカ単独の軍事力では中国海洋戦力を牽制しつつ「航行の自由」が厳守されるべきデモンストレーションを実施することは極めて困難な状況に立ち至ってしまっているのだ。
 そこでアメリカは、できるだけ多くの同盟国や友好国の海洋戦力をかき集めて中国を牽制する態勢を形作ることで、アメリカ自身の海洋戦力を強化するための時間稼ぎをしようとしている。そして多国籍包囲網のような態勢が現出すれば、アメリカは多数の中の一員となって、中国との正面切っての軍事的対峙も回避できるというわけである。
 実際にアメリカ海軍は、日本やオーストラリア、それにインドといった中国による海洋侵出で直接的脅威を受けている国以外にも、イギリス、フランス、ドイツそれにカナダなどのNATO諸国に、海軍艦艇や航空機を南シナ海方面に派遣するよう働きかけている。
 もちろんそれらNATO諸国は日本のように中国と領土紛争を抱えているわけでも、南シナ海に国益を左右するような航路帯を有しているわけでもない。NATO諸国が地の果ての南シナ海に艦艇を派遣する最大の理由は、国際的に定着している「航行の自由」を保護するためという大義名分のためである。
ジャンヌ・ダルク21で露わになった“誤った戦略”
 このような集団的中国牽制の一環として、日本、アメリカ、フランス、オーストラリアによる合同軍事訓練「ジャンヌ・ダルク21(Jeanne D’Arc 21、ARC21)」が5月11~16日に九州で開催された。
 その訓練の1つとして、フランス海軍が派遣した強襲揚陸艦に乗艦していた外人部隊(13DBRE、第13外人准旅団)、アメリカ海兵隊(3rd MLG、第3海兵兵站群)、そして陸上自衛隊(水陸機動団)が参加して「自衛隊による島嶼奪還作戦」の一部が実施された。
 この種の“島嶼奪還作戦”の訓練は、日本における自衛隊と海兵隊や米陸軍の合同訓練ではしばしば実施されているが、ジャンヌ・ダルク21にはフランス海軍揚陸艦やフランス軍陸上戦闘部隊も加わっていたため、普段日本での訓練などには関心を示さない米軍関係者たちの興味を喚起したようだ。
 その結果、日本の島嶼防衛戦略が「中国軍には絶対に島嶼を占領させない」という島嶼防衛においては当たり前の戦略ではなく、「中国軍に占領された状態を前提として、被占領地を奪還する」という完全に誤った戦略に立脚していることを知ってしまったようである。
 もちろん以前から日本での日米合同訓練などに参加している海兵隊関係者たちは陸上自衛隊の島嶼防衛戦略が“島嶼奪還”に主眼を置いていることは承知している。しかし、他国の軍隊に対して「日本の戦略は誤りである」などと直言することは控えざるを得ない。米側がこれまで直接日本の戦略を批判することはなかった模様である。
“ガイアツ”による戦略転換は行われるか
 現在、米海兵隊は対中国戦略を全面的に転換しており、そのガイドラインは本コラムでもしばしば触れている「フォースデザイン2030」(Force Design 2030)に宣言されている。
 その米海兵隊の抜本的改革によると、中国海洋戦力を相手に“第2次世界大戦スタイル”の強襲上陸作戦などを想定することは捨て去り、中国海洋戦力を海洋上で撃破する方針への転換を図ろうとしている。いわば、中国による積極防衛戦略(A2/AD戦略)を裏返しにした“対中A2/AD戦略”を根幹に据え、そのための戦力を整備しようとしているのだ。
 すなわち、中国軍相手の島嶼奪還作戦は、米海兵隊のオプションからは消え去っているのである。
 したがって、海兵隊としては、友軍である陸上自衛隊が島嶼奪還という誤った戦略を是正することを、海兵隊自身の戦略転換から見習ってほしいと期待しているはずだ。
 幸か不幸か、米海兵隊のように自衛隊と直接コンタクトをとることがなかったアメリカの軍事専門家たちも、ジャンヌ・ダルク21を機に日本の誤った島嶼防衛戦略に気づいたため、日本政府国防当局に対して外圧を加え始める可能性がある。上記のように、アメリカとしては、海洋戦力を強化するまでの数年間は日本をはじめとする同盟国や友好国を中国海洋戦力への防波堤として活用したいと考えており、同盟軍がおかしな戦略に立脚していては困るのだ。
 本コラムでは、「島嶼防衛の鉄則は接近阻止戦略にあること」「中国軍相手の島嶼奪還戦略は愚策であること」を繰り返し指摘してきた(本コラム:2014年8月28日、2015年7月16日、2018年4月12日、2018年10月18日、2020年10月29日)。日本政府は“外野”のような同胞の指摘には全く耳を貸さないが、アメリカの圧力に対しては滑稽なほど卑屈な態度を取る。そのため、アメリカの“専門家”が「島嶼奪還戦略」を批判し始めると、軍事的に正しい島嶼防衛方針に転換し始めるかもしれない。