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経産省が「産業政策の再評価」に舵を切った理由

「米中対立とコロナ禍」の中で国民的議論を
柴山 桂太 : 京都大学大学院人間・環境学研究科准教授
2021年06月30日
米中対立の中で、日本は「政府の役割」を再考する必要がありそうです(写真:barks / PIXTA)
「経済安全保障」と「政府の役割拡大」という新潮流
世界的に経済政策の流れが変わりつつある。財政出動の是非を論じる時代は終わり、今や政府の財政を何に使うかが具体的に議論される時代になった。グローバルな供給網の脆弱性が意識されるようになり、重要部品の国内生産比率を高める動きも見られるようになった。デジタル化やカーボンニュートラルに向かう産業界の動きを後押しする政策も、各国で重要性を増している。
この6月、経済産業省が産業政策の新たな方向性を打ち出した。「ウィズコロナ以後の今後の経済産業政策の在り方について」と題されたレポート(以下「ウィズコロナ」と略記する)では、コロナ・パンデミックの余波がこれからも続くという見通しの下、経済政策を転換する必要性が強調されている。
産業政策といえば、経産省の前身である通産省の時代から、日本のお家芸と見なされてきた政策分野である。戦後日本の急速な経済発展は、民間の旺盛な投資意欲や市場競争のおかげであると同時に、政府による重点産業の保護・育成といった産業政策の成果でもある。
もっとも、どこまでが民間の努力で、どこまでが政府の政策のおかげであるかという線引きは、必ずしも自明ではない。日本の優れた官民協調体制の成果を重視する論者から、産業政策の過大評価を戒めて市場競争の成果を強調する論者まで、さまざまな立場の論者が戦後日本の産業政策の実像について議論を重ねてきた。
ここでは、それらの歴史研究の詳細に立ち入る余裕はない。ただ大きな流れで言えば、最近は中国に代表される新興国の急成長を受けて、産業政策論の再評価が進んでいるのは間違いない。1980年代から2000年代まで、グローバル化全盛の時代には「フラット化する世界」の中での市場競争が重視される傾向にあった。
だが近年は、米中対立の激化にともなう「経済安全保障」意識の高まりや、コロナ禍を奇貨とした「政府の役割」の拡大という政策潮流の変化を受けて、新たな時代に対応した新たな産業政策論が、各国で盛り上がりを見せはじめている。
重要なのはアメリカの動向である。トランプ前政権の時代から、中国への対抗意識が強まりつつあった。イギリス「フィナンシャル・タイムズ」紙は「産業政策戦争(インダストリアル・ポリシー・ウォー)」の時代が幕を開けたと論評したが、バイデン政権になってこの傾向にさらに拍車がかかっている。
この4月にアメリカ政府が発表した「アメリカ雇用計画」では、先端技術分野への投資や老朽化したインフラの更新に、巨額の財政支出を行うとされている。この計画が予定どおりに実施されるかは未知数だが、国際世論の潮流変化は今や明らかである。将来の経済発展に政府が積極的に関与する。社会的課題の解決に、政府の財政支出を有効に活用する。今回の経産省のレポートも、そのような最新の潮流の中から出てきたものと言える。
社会的課題の解決が強調された「新機軸」
まず、「ウィズコロナ」で打ち出された、新たな産業政策の方向性を見ておきたい。経産省は、これまでも折に触れて産業政策の必要性を訴えてきた。今回の「ウィズコロナ」もその延長線上にあるものと言えるが、同時に、従来型の産業政策では見られなかった(必ずしも前面には押し出されていなかった)理念が打ち出されているという点が重要である。
大きな違いは、社会的課題の解決が強調されている、ということである。従来型の産業政策が、成長や雇用創出に重点をおいたものだったとすれば、今回のレポートでは、「健康」や「人権」、「安全保障」や「レジリエンス」、「温暖化対策」といった新たな政策課題への対応が強調されている点に特徴がある。従来型の産業政策が経済的豊かさの実現に力点を置いたものだとすれば、「経済的豊かさの確保だけではない、多様な『価値』」の実現(p.3)に焦点を当てたものになっているのだ。
この新たな産業政策のあり方は、経産省が発表した別の資料「経済産業政策の新機軸」でも示されている。この資料で目を引くのは、「ミッション志向」の産業政策という文言である(p.11)。従来型の産業政策が「特定産業の保護・育成」や「市場環境(競争環境)の整備」に焦点を当ててきたとすれば、次世代の産業政策はさらに広範な公共目的を達成するものでなければならない。
将来の経済成長や新規雇用の創出を実現するだけでなく、格差の是正や健康面での安心・安全の達成、緊張する国際情勢の中での経済安全保障や、パンデミックや自然災害といった想定外のショックに対する備えといった、多様な公共目的に応える総合的な政策が必要であるというのが、ここでいう「経済政策の新機軸」である。
産業政策を、成長戦略の一環とのみ位置づけるのではなく、多様な政策課題に応答するものとして位置づけ直す。これは、最近の産業政策論でも注目されている論点だ。
この流れをリードしている論者の1人が、UCLのマリアナ・マッツカート教授である。2013年に出版されて国際的な評判となった『企業家としての国家』(日本語訳は2015年)では、最近のアメリカで生まれた新技術の大半が、元をたどると政府の産業政策に起因しているという事実を、豊富な事例紹介によって明らかにした。最近は、気候変動や格差是正などの社会的課題に応える産業・イノベーション政策の必要性を訴えている(例えば以下の記事を参照)。政府は、産業のイノベーションをただ促すだけでなく、イノベーションの方向性にも関与できるし、関与しなければならない。そのような考え方を、マッツカート教授は「ミッション志向」のイノベーション政策と呼んでいる。今回の経産省のレポートも、こうした産業政策論の最新の流れを踏まえたものといえるだろう。
ただし、問題はその先である。政府がミッションを設定し、その達成のために政策資源を動員するという大きな方向性には、多くの論者が賛成するだろう。必要であれば財政支出を拡大するという方針も、経済停滞の長期化が予想される現在では、受け入れやすいものになっているはずである。だが、複数ある公共目的のどれを最優先すべきか、どの分野への政府支援を強化することが望ましいのかといった具体論となると、議論の方向性はたちまち分かれることになる。
「ウィズコロナ」レポートでは、「豊かな生活、環境の保全、安全の確保、雇用の安定、格差の改善、公平な教育、持続可能な地域、健康な生活」(p.55)などの複数のミッションが候補に挙げられており、中でも「環境」、「安全保障」、「分配の改善(格差是正)」の3つが主たる目標として設定されている(p.60)。
「ゲームのルール」の変化と国民的合意
その具体策として、グリーン分野への投資強化や、サプライチェーンの強靱化、教育のデジタル転換を通じた次世代人材の育成などが提案されている。私個人としては、世界経済がグローバル化の後退局面に入っている現状認識から、サプライチェーンの強靱化がより優先されるべきミッションであると考えるが、こうした具体策については論者によって異論なしとはしないだろう。
これまで主流派経済学者の多くは、産業政策の失敗を強調する傾向にあった。政府が重点分野を指定・支援するという政策は、過去、必ずしも良好な成果を上げてきわけではない。こうした立場の論者は、政府が特定分野を保護・育成する「垂直型」の産業政策ではなく、すべての産業に役立つ基礎的な研究・開発を支援する「水平型」の産業政策のほうが望ましい、と主張する傾向にある。
この見方でいくと今回の経産省のレポートは、産業政策の基軸を再び「垂直型」に戻すもの、すなわち政府が特定分野を選定・支援する一昔前の産業政策へと逆戻りさせるもの、と受け取られてしまうかもしれない。
だが、米中対立の激化や、コロナ禍での「政府の役割」の再定義、デジタルや環境などの新技術に対する各国の政府支援の強化など、昨今の国際的な政策潮流の変化を考えるなら、今回打ち出された産業政策の新機軸は、大きな方向性としては評価されるべきものと考える。具体論に賛成・反対があるのは当然のことで、細かな論点はこれからの議論の中で煮詰めていくべきものであろう。
重要なのは、産業政策が達成すべき公共目的について、国民的な合意を形成していくことである。これまでの、グローバル化や緊縮財政が大前提とされていた時代には、各国の政策は画一化される傾向にあった。国境を開放し、市場環境を整備し、財政赤字の膨張をできる限り押さえる。こうした条件の下では、各国各様の産業政策を追求する政策余地はそれほど大きなものではなかった。
しかし、これからは「ゲームのルール」が変わる。国際的な政治経済秩序の脆弱化や、財政均衡主義の後退という国際世論の変化によって、各国がそれぞれの国情に合わせた独自の政策方針を打ち出す余地が増えてくるからだ。
どのような政策も、国民的な合意に裏打ちされたものでなければ、力強いものにはならない。経産省のレポートをたたき台として、政府や民間、市民社会のさまざまな利害関係者の意見をすりあわせながら、新時代の産業政策について議論を深めていくべきである。


まず消費税一時停止!平成元年に導入されたときには消費が拡大するにつれて税額もアップするという見立てであったが、実際は消費が縮小している。コロナ対策と少子化対策のためにも消費税は一時的でもいいから停止して国民生活の立て直しに専念すべき!!