Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

安倍政権の北方領土返還交渉、日本はロシアとの歴史から何を学んだのか

 今回の、ロシアによるウクライナ軍事侵攻において、どうしても私はシベリア抑留で無念な亡くなり方をした日本人について思いを馳せざるを得ません。もちろん、一連の戦争には大日本帝国の無謀な戦争計画が根底にあることは理解しつつも、他方で日露外交の文脈であまりにも軽視され続けてきたシベリア抑留の件について、かねて疑問を抱いてきました。
 第2次世界大戦の終戦後、満州や樺太、千島列島などにいた旧日本軍捕虜や民間人らが投降し、武装解除されたあと、旧ソビエト連邦(ソ連)によって主にシベリアなどへ労働力として57万人あまりが連れ去られたこの事件では、34万人とも言われる日本人の命が失われたとされています。失われた命の数だけでなく、いまなお遺骨が戻らない状況には、冷戦を超えて歴史がもたらす惨劇として慄然とせざるを得ません。
「会談で抑留問題を取り上げたことは一度もない」
「ソ連とロシアは異なる国家だ」とか「日本も戦争犯罪をしたのだから、日本に非難する資格はない」とか「70年以上前の出来事であって、こんにちの紛争とは連想するべきではない」などといった、日本特有の旧来の知識人からも反論を受けるケースは、いまだにとても多いです。
 西日本新聞が、日本憲政史最長の政権となった安倍政権末期の2020年8月、終戦記念日に行われる8月15日の全国戦没者追悼式において日本政府は式の追悼対象にはこのシベリアへの抑留者も含まれるとの立場であると説明したうえで、「(安倍)首相がロシアのプーチン大統領との度重なる会談で抑留問題を取り上げたことは一度もない」と批判していました。
シベリア抑留 悲劇の実態 全容解明急げ
https://www.nishinippon.co.jp/item/n/637774
SNSの履歴などから反ロシア的とされる人物を連行、殺害
 今般のロシアによるウクライナ侵攻では、ウクライナ側の反攻が一定の功を奏し、ロシア軍による攻囲を一部解除し、同時にロシア軍が再編成とみられる撤収をしたことで、当初強く懸念されていた早期のキエフ陥落の危機は遠ざかったと見られます。
 しかしながら、報道でもある通り、ロシア軍が防空壕を訪れてウクライナ人の民間人のスマートフォンを調べ、SNSの履歴などから反ロシア的とされる人物を連行、さらには殺害したとの見方が強まっています。
キーウ近郊で410人の遺体、民間人を虐殺か…「ロシア軍の関与」人権団体が証言を収集 : 読売新聞オンライン
https://www.yomiuri.co.jp/world/20220404-OYT1T50094/


市長や村長などがロシア軍により家族ごと次々と誘拐
 また、病院や学校といった非戦闘員の民間人が利用する施設への爆撃・砲撃を行い、2014年のクリミア危機でウクライナ側に立って参戦した元兵士やウクライナ国章などの入れ墨のある人物も多数銃殺したと見られます。つまり、ロシアの言う「非武装化」や「非ナチ化」「非民族主義化」というお題目には、今後ロシアに敵対して反乱を起こす可能性のあるウクライナ人は全員殺害しようという強い意志があるのでしょう。
 そればかりか、ウクライナ東部の市長や村長などがロシア軍により家族ごと次々と誘拐され、さらにそれとすぐ分かるように殺害されているとの報道も出るに至ると、シベリア抑留による犠牲者を出した経験を持つ日本が一連の問題についてロシア側を擁護したり、譲歩したりする余地はどこにあるのか真摯に悩んでしまうぐらいの状況になります。
ロシア軍が首長11人拘束 ウクライナ副首相:時事ドットコム
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022040300419
軍隊が国民に対して行ってきた残虐行為
 これらの蛮行は、過去にはチェチェン紛争やジョージア侵攻(南オセチア紛争)、またシリア内戦でも明らかなように、ロシア軍が過去に介入した軍事作戦の手法、ドクトリンを忠実になぞっています。また、これらの紛争においてロシア側はほぼ当初の目標を達成しているという点で「成功体験」があることから、同じような手法でウクライナへの侵攻を行い、民間の建物を砲撃し、市街地を爆撃し、ウクライナ国民の避難生活が成り立たないよう物資を寸断して殺害するか、追い出して難民化させる、という形で実施された軍事作戦であることは言うまでもありません。
 また、国連も認めている通り、ロシア軍が制圧した地域で、数千人以上のウクライナ国民が拘束され、ロシア軍による強制拉致の対象となっています。これらはむしろ親露派住民が多く、経済的にウクライナの中では豊かなほうであるはずの東部で行われていることを考えると、降伏して武装解除を強いられても死を迎えかねない現状は「チェチェンの戦況」から見ても明らかではないかと思います。降伏してロシア軍に連行された村人は全員拷問にかけられて死に、ロシア軍に抵抗し武器を取って山に籠った村人は全員助かった、という。
問題の凄惨さを見て見ぬふりをしてきた人たち
 実際、日本の国会・参院外交防衛委員会に参考人として出席したウクライナ人政治学者のアンドリーさんが、降伏することで無抵抗に殺されてしまうリスクについて明言し、元日本維新の会・橋下徹さんやタレントのテリー伊藤さんらの「ウクライナは降伏して平和を回復するべき」や「ウクライナはロシアに勝てないので抵抗は無駄」などの主張を一掃しています。というか、テレビやラジオなどマスコミがこれらの議論を平然と放送している事実に驚くぐらいです。
グレンコ・アンドリー氏「降伏は今以上の殺戮につながる最悪の選択肢」
https://www.sankei.com/article/20220329-YCKQKGHNHRJHHD3XVZB6RLMRIE/
 いま「ウクライナかわいそう」と言っている人たちは、チェチェンやジョージア、シリアなどでロシア軍を含めた専制主義国家の軍隊がかの地の国民に対して行ってきた残虐行為を知らなかったか、見て見ぬふりをしてきただけでしょう。いざウクライナというルーシ人、もっと言えば白人の住む国家が欧州メディアや英語圏の人たちの篤い同情をひいて繰り返し報じられるようになったからこそ、問題を突き付けられ、その凄惨さの前に右往左往している、というのが実態ではなかろうかと思います。
平和的外交交渉によるロシアからの領土回復
 いまの日本の安全保障の文脈で言えば、2014年のクリミア危機、クリミア半島の併合という事実上の武力による国境線の現状変更という抜き差しならない事態に対して、日本外交は穏便な対露外交に終始してきました。
 というのも、第2次安倍政権における対ロシア外交は、外務省が重ねてきた日露交渉の過程を必ずしも完全にトレースするものではなく、2003年の総理大臣・小泉純一郎さんの訪露での露大統領プーチンさんとの首脳会談を行う以前と、10年の時を経て2013年に訪露した安倍晋三さんの首脳会談以降とで、様相が大きく異なっています。
日ソ・日露間の平和条約締結交渉
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/hoppo/hoppo_rekishi.html
 実のところ、2014年のクリミア危機について政治学者の六鹿茂夫さんが主査となってまとめた「ウクライナ危機と日本の地球儀俯瞰外交」報告書でも、当時安倍政権が前のめりになっていたロシアとの平和条約締結、一部の北方領土返還論について率直な危惧が示されるとともに、2022年のウクライナ侵攻までの外交的メカニズムやロシア政治の動きがほぼ言い当てています。単に情緒的な「ロシアは約束を守らない」という議論ではなく、日本にもまた、ロシアの性質をきちんと研究し、起こり得る未来に対して警鐘を鳴らす知識人たちがいたという事実は知られるべきでしょう。
 クリミア危機の時点で、ロシアとの外交においてLNG(液化天然ガス)や海産物など資源取引においてはともかく、北方領土の帰属という領土問題において深入りするべきではない状況であったにもかかわらず、安倍晋三さんが政権を挙げて平和的外交交渉によるロシアからの領土回復に血道を上げた理由は、歴史に偉大な宰相としての名前を刻みたかったからでしょうか。
完全に行き詰まった、北方領土返還を巡る日露交渉
 そもそも、北方領土問題は1956年日ソ共同宣言以降、平和条約を結ぶ方針とともに歯舞群島及び色丹島については、平和条約の締結後、日本に引き渡すことにつき同意されていました。にもかかわらず、旧ソ連が新たに日本領土からの全外国軍隊の撤退などの条件を付けたことで交渉が停滞したまま、いまなおロシアが実効支配しています。
 安倍晋三さんはプーチンさんと対面だけでも27回、面談による交渉をしています。かかる歴史的問題について、安倍さんとプーチンさんの個人的な信頼関係をテコに、領土返還を実現させようと考えたのです。
 しかしながら、安倍政権最終盤に、これらのロシア外交への前のめりが発生し、また、足元を見たロシア外交筋からの拒絶にあい、立ち往生を余儀なくされます。いままでの日露外交の文脈では必ずしも主流ではなくコンセンサスもなかった「2島返還論」が日本側から譲歩案として提示されたばかりか、2016年には安倍さんの地元である山口県長門市の名館・大谷山荘での日露首脳会談で「4島での特別な制度の下での共同経済活動」という、領土問題よりも経済協力を先行させる外交を進めました。
 結果的に、これがロシア側には「領土主権問題の棚上げ」と映り、事実上ロシアの管轄下での極東開発を行うことを意味する北方4島での経済特区事業の拡大を発表。そこにロシア主導のもと、ロシア法に基づいて中国や韓国の資本も入ることから、北方領土返還をめぐる日露交渉は完全に行き詰まることになります。
確実視されるエネルギーコストの上積み
 これらの官邸による外交方針は、安倍晋三さんの発意というよりは当時の安倍総理秘書官の今井尚哉さん、総理補佐官・長谷川栄一さん、国際協力銀行(JBIC)の前田匡史さん、および推進役となった経済産業大臣の世耕弘成さんであることは論を俟ちません。いわば、外務省が担ってきたロシア外交と官邸が進めるそれとが完全に二元化してしまい、こんにちにいたる日露外交の禍根を残してしまったことになります。
世耕経済産業大臣兼ロシア経済分野協力担当大臣がロシア連邦に出張しました
https://www.meti.go.jp/press/2019/09/20190906005/20190906005.html


 その代表例は、政府が梯子を外したのと同然になっているロシアからのエネルギー輸入についての大事なプロジェクトであって、特にLNGの輸入においては日本政府が直接出資しないオール民間のプロジェクト「サハリン2」から日本のLNG需要の約9%を担うだけでなく、そもそも「サハリン2」から輸入する天然ガスは100万BTUあたり10ドル程度という価格になっています。
 しかし、現在エネルギー危機を迎えている昨今、自由に市場から買い入れられるスポット市場で天然ガスを輸入する場合、現在の価格である35ドルから40ドルで計算すると実に年間1兆円前後のエネルギーコストの上積みとなることが確実視されます。
現行の経済を回せるだけの発電量を確保できない恐れも
 また、ロシアとの資源貿易においては日本側の資源8社(東京電力フュエル&パワー社と中部電力の火力燃料合弁のJERA社や東京ガス、九州電力など)はテイク・オア・ペイ条項というオプションを結んでいます。
 テイク・オア・ペイ条項とは、LNGプラントなど兆円規模の巨額投資を必要とする大規模プロジェクトについては、JERA社など買う側(大口引き受け手)が存在しない限りプロジェクトが成立させられないこともあり、買う側(つまり日本側)が天然ガスを引き受ける、引き受けないにかかわらず産出した代金を支払い続けなければならない、という条件が課せられているわけです。
 安全保障上は、ロシアのような武力による現状変更のロジックをそのまま中国が使った場合に、中国にとっての「国内問題」である台湾併合だけでなく、日本のエネルギー輸入の大動脈であるマラッカ海峡から台湾海峡まで危機が訪れる可能性は指摘せざるを得ません。
 そればかりか、日本の天然ガスの一角を担う「サハリン2」などのプロジェクトが危機に晒され、資源を産出しない日本が割高なスポット市場でのエネルギー供給に依存し始めると、日本経済は「資源高によるインフレ」どころか現行の経済を回せるだけの発電量を確保できない恐れすらあります。
経済協力という絵空事でロシアを勘違いさせてしまった
 ロシアによるウクライナ侵攻によって炙り出された日本の本当の問題とは、長きにわたった安倍政権の、官邸の中で行われてきた側近政治がもたらした対露外交の失敗であって、本来の意味での安全保障やエネルギー調達のグランドデザインを描くことなしに日露経済協力という絵空事でロシアを勘違いさせてしまった面はあるのでしょう。これらの話題は、シベリア抑留もすべて忘れて日露関係改善と安倍プーチン両首脳の人間関係で領土問題の解決を狙った今井尚哉さんや前田匡史さんら側近たちの問題に他なりません。
 その点では、日本にとっての戦後はいまだ終わっていないばかりか、シベリアの地に消えた日本人の命もきちんと弔われないまま放置されてしまった面はあります。
 昨今では安倍晋三さんも核の共同保有など、センシティブな政治課題でも意欲的に発信を進めていますが、ぜひこのあたりの問題についても光を当て、力を尽くしてくださればと願う次第です。
(山本 一郎)