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静岡リニア、数字が示す「62万人の命の水」のウソ

流域7市の大井川からの給水人口は26万人程度
小林 一哉 : 「静岡経済新聞」編集長
2022年10月25日

静岡県議会産業委員会で川勝知事のウソが明らかになった(静岡県庁、筆者撮影)


県大井川広域水道(企業団)が県企業局所管の榛南水道を統合する実施協定が9月16日に結ばれた。静岡県の川勝平太知事は、リニアトンネル工事静岡工区の着工を認めない最大の理由を「下流域の利水に支障があり、県民の生死に関わる」などとしてきたが、今回の締結でトンネル工事の影響にかかわらず、大井川広域水道に十分な余裕があり、下流域の利水に何ら問題ないことが明らかになった。
大井川の給水には十分な余裕がある
県大井川広域水道は毎秒2立方メートルの水利権を有し、7市(島田、藤枝、焼津、牧之原、掛川、菊川、御前崎)約62万人の利水を担う目的で設置された。
一方、榛南水道は1969年から大井川河口近くの吉田町を地下水の取水地として、牧之原市、御前崎市の2市に給水事業を行い、日量約2万7000立方メートルの給水能力に対して、現状、日量約1万5000立方メートルを給水している。
今回の統合の目的は、人口減少による水需要の減少、総事業費約260億円という榛南水道の更新費用の確保などの課題に対応するもの。榛南水道を廃止して、大井川広域水道から2市へ約1万5000立方メートルを供給する。
大井川広域水道への連結、榛南水道の廃止に伴う費用を含めて総事業費は約100億円で、榛南水道を更新するよりも約160億円削減される。本年度から基本設計が始まり、2029年4月に給水が切り換えられる予定だ。
10月6日に開かれた県議会産業委員会で、県企業局は「大井川広域水道が水不足に悩まされたことはない。給水に十分な余裕がある」と説明した。榛南水道が枯渇状態にあり、やむをえず、統合するわけではなく、老朽化に伴う事業費の大幅な削減に伴い、給水能力に十分な余裕のある大井川広域水道に全面依存するほうが合理的と県は判断した。
これは、「大井川は毎年のように水不足で悩まされている」とする川勝知事の説明とは異なる。
2013年9月、JR東海が作成した環境アセスメント準備書で、リニアトンネル建設によって毎秒2立方メートルの河川流量が減少すると予測したため、川勝知事は毎秒2立方メートルの減少で約62万人の水道水に影響するとして、「全量戻し」をJR東海に要請した。
JR東海は当初、リニアトンネルから大井川まで導水路トンネルを設置して、湧水減少の毎秒2立方メートルのうち1.3立方メートルを回復させ、残りの0.7立方メートルについては必要に応じてポンプアップで戻す対策を発表した。これに対して、川勝知事は「水道水として62万人が利用している。毎年のように渇水で水不足に悩まされている。毎秒2立方メートルの全量を戻せ」とJR東海に求めた。

下流域の7市に水道水を送る大井川広域水道の浄水場(島田市、筆者撮影)

大井川広域水道に統合され、廃止される榛南水道取水地(吉田町、筆者撮影)
JR東海は2018年10月、「原則的に県外に流出する湧水全量を戻す」と表明、導水路トンネル、ポンプアップで、トンネル内で発生する湧水全量の毎秒2.67立方メートルを戻すとした。ところが、川勝知事は「南アルプスは62万人の『命の水』を育む。『命の水』を守らなければならない」などと静岡工区着工を認めない姿勢を崩さなかった。
ところが実際には、大井川左岸の島田、藤枝、焼津の3市とも地下水による自己水源を有しているため、大井川広域水道からの受水割合は20%程度にとどまり、受水割合の高い右岸でも牧之原市が30%、御前崎市が70%程度である。大井川広域水道給水人口は、約62万人ではなく、7市合計で26万人程度にすぎなかった。
県企業局は「大井川広域水道の給水には十分な余裕がある」と言い、流域7市の大井川広域水道からの受水割合も決して高くない。つまり、川勝知事が口ぐせにしていた「62万人の『命の水』を守る」は事実ではないことになる。
トンネル湧水の影響は軽微
JR東海がリニアトンネル工事後に、毎秒2.67立方メートルの湧水全量を戻す方策を明らかにしたことでも、下流域の水環境問題は解決しているはずだが、静岡県は今年1月の大井川利水関係協議会で「工事期間中を含めトンネル湧水の全量戻しが必要」であり、「トンネル工事を認めることはできない」姿勢を崩さなかった。
南アルプス断層帯が続く山梨県境付近の工事で、静岡県側から下り勾配で掘削すると突発湧水が起きた場合、水没の可能性があり、作業員の安全に危険があり、山梨県側から上り勾配で掘削すると説明、まったく対策を取らなければ、県境付近の工事期間中(約10カ月間)最大500万立方メートルの湧水が静岡県から流出するとJR東海は推計した。
国交省が設置した専門家による有識者会議は、「人命安全」を最優先とするのが当然であり、トンネル湧水が静岡県外に流出するJR東海の工法を認めたうえで、山梨県へ流出する最大500万立方メートルについて「静岡県外への流出量は非常に微々たる値であり、中下流域への影響はほぼない」とする結論を出している。
それにもかかわらず、川勝知事は「水1滴も県外流出は許可できない。全量戻しができないならば、工事中止が約束だ」などとJR東海に「全量戻し」を迫っている。

山梨県からの水を取水する富士川からの工業用水浄水場(富士市、筆者撮影)
ところが、今回、静岡県に甚大な被害をもたらした台風15号の影響で静岡市清水区の約6万3000世帯が断水、9月27日から8日間、川勝知事は富士川の水を急きょ「水道水」とする“超法規的措置”を取った。この結果、山梨県の釜無川を源流とする約1万立方メートルの水が毎日、被災地域に送られた。山梨県からの“命の水”に静岡県民が救われたのである。
9月23日に静岡県を襲った台風15号で、静岡市清水区は水道水源とする興津川取水口が流木などでふさがれてしまい、取水が一切できずに清水区全域が断水した。静岡市は静岡県に富士川からの緊急受水を要請した。
静岡県は、富士川河口付近に富士川浄水場を設けて、「ふじさん工業用水道」として地域の工場などに水を送っている。工業用水専用だから、一般の水道水としての使用はできない。
1985年と1996年の異常渇水の際、富士川の水が興津川の浄水場に送水され、水道水に転用された。この緊急時に、水道管が設置されている。
工業用水を水道水に転用するには、河川管理者・国交省関東地方整備局と協議を行い、河川法第53条(渇水時における水利用の調整)許可が必要となる。過去2回はその面倒な手続きで難航している。
健全な水循環とは、各県で融通しあうことだ
今回の場合、興津川の取水口に流木がつまり、清水区全域が断水という想定外のトラブルであり、関東地方整備局は文書等による手続きを後回しにして、工業用水の水道水転用を許可した。静岡県企業局は「超法規的な措置によって、目的外使用が許可された」と話した。
川勝知事は「水1滴も県外流出は認められない」とするが、山梨県の水で静岡県は救われたのである。県外へ流出する湧水を「県内に全量戻せ」とする法的根拠を、静岡県は県水循環保全条例に求めている。同条例第5条(事業者の責務)「事業者は事業活動を行うに当たって、健全な水循環の保全に十分配慮する」とあるが、この条例を根拠に、川勝知事の「全量戻し」の求めにJR東海が応じなければならないのか疑問は大きい。湧水に県境はなく、健全な水循環とは静岡県、山梨県で困ったときには融通しあうことが、今回の台風被災で明らかになった。
「命の水を守る」、「工事中の全量戻し」などが、川勝知事の“反リニア”姿勢の象徴となっている。国交省は、早急にリニア問題の水環境に関する不毛な議論に終止符を打つよう静岡県を強く指導すべきだ。