Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

アメリカ密入国めざす中国人が急増、一体なぜ?教師やエンジニアら知識人も逃亡

米国に密入国した密航者の中に現れた中国人
 深夜、メキシコと米国との国境地帯。地続きの国境線の向こう側に立っている米国の警察官が、懐中電灯で国境線に沿って作られた鉄条網のメキシコ側の河畔を照らしている。なぜか。
 群衆がその河畔を移動しているのだ。中には乳飲み子を抱えている男性もいる。米国に密入国しようとする者を取り締まる米国の警察官が、照明の便宜を与えているこの滑稽な光景に、今日の米国密入国における現状の一つの側面を見いだすことができる。
 メキシコと米国との国境を突破して米国に密入国した人たちの群れに、最近、新しい顔が増えた。中国人だ。
 中南米ルートを使って米国とメキシコの国境にたどり着いた中国国民の数は最近急増しており、米国国土安全保障省の統計によると、昨年10月以降、中国人密入国者が6500人を超え、前年同期の15倍に跳ね上がり、歴史的なピークに達したという。
 私は、1990年代初頭、中国人密航者の非合法旅行を操る業者「蛇頭」と密航者たちを追跡して取材したことがあるだけに、このニュースを知り、大きな驚きを覚えた。中国社会も大きく変化し、中国人の密航者はいなくなったと思っていたからだ。
中国人密航者を操る『蛇頭』、やがて下火になったが…
 1994年に、私が日本語で書いたノンフィクション書籍『蛇頭』は日本でベストセラーとなった。ベトナム難民を装った福建省出身の密航者が多かった時期にも一致したため、同書に対する日本社会の関心度が高く、日本メディアでの露出も多かった。
 故・立花隆さんは『週刊文春』の連載で『蛇頭』を取り上げ、絶賛してくれた。テレビ局をはじめ、1日で7、8社のメディアの取材を受けたこともある。日・米・英・仏・独・露・伊などの国々の多くのメディアに取り上げられ、中国でも話題になり、世界知識出版社が『点撃蛇頭』という書名で中国語版を出版してくれた。
 出版後の波及効果も大きかった。『蛇頭』を読んだ映画評論家の馳星周さんが同書にインスピレーションを得て冒険小説『不夜城』を書いた。本が出版された時、馳星周さんは『蛇頭』を参考にして書いたことをわざわざ本の中に明記していた。
『蛇頭』は、福建省出身の密航者問題で頭を痛めた日本の警察当局からも注目された。ある地方自治体の警察本部が一度で500部を購入した。警察学校では『蛇頭』が警察研修用の副読本にもなり、おかげで私の名前を覚えた警察官も相当いた。
 香港の映画監督・映画プロデューサーのイー・トンシン(爾冬陞、Derek Yee)さんは『蛇頭』を読んで、新宿を舞台にした映画『新宿インシデント』(中国語は「新宿事件」)を作った。2009年に公開されたこの映画の主演はジャッキー・チェンさんで、日本人の映画俳優陣には、竹中直人さん、長門裕之さんらがいた。映画のエンディングに、私の名前も入っている。
 中国経済の急速な発展で、08年北京オリンピック以降、多くの中国人が自由に海外旅行へ出られるようになり、いまや多くの国々の観光事業を支える重要な顧客にもなった。こうした社会事情の変化もあり、『蛇頭』もやがて絶版となった。
 ベストセラーの作品が絶版となったことに対し、私はむしろ中国社会の進歩を表した一つの現象だと受け止め、中国はもう密航者を作りださないだろうと信じた。
 こう信じていただけに、米国とメキシコとの国境を目指す中国人密入国者が大勢いるという最新の報道を読んだ私は絶句したのだ。
南米まで行けば…米国への密航に希望を持つ中国人
 15年に米国の国境警備隊は、米国国境を密航という手段で突き破ろうとした中国出身の密航者を48人取り押さえた。しかし、14年まで米国当局には記録がないとし、「(同国境で)中国国民を捕まえたことは一度もない」と述べた。
 しかし、22年末から情勢は急転した。米国への密入国を狙う群れの中にいる中国人は、日を追うごとに増加しているのだ。ある米国在住の中国人関係者はSNSを通しての私の取材に、次のように述べた。
「今年3月までにパナマにある難民キャンプはほとんど中国人に占領されている。ある現地の撮影者から、1日に車十数台分の密航者が運び込まれていて、ほとんどの乗客は中国人だったと証言があった。パナマ政府の発表によると、今年1月から3月の間に3855人の中国人密航者がコロンビアとパナマの国境地帯にあるダリエン地峡を通過した。目的地はアメリカだ」
 太平洋の端にある中国から遠く離れた米国までの道のりは遠い。中国のパスポート所持者に対してビザ免除措置を与える南米の国が増えたことで、米国に近い南米のいくつかの国までは飛行機で移動することができるようになった。米国への密入国を希望する人にとっては、好都合だ。
 エクアドルは、現在多くの中国人が選んだ重要な着地点である。そこからは「蛇頭」が引率する隊列について徒歩で行進する。最後は米国とメキシコとの国境を突破すれば、米国入国が実現できる。
 拙著『蛇頭』を取材していた頃、蛇頭は比較的貧しい暮らしをしていた福建省出身者がほとんどを占める密航者を「鴨子(カモ)」と呼んでいた。しかし、いまは、知識人が多く、密航者は自らのことを「走線人(ルート走破者)」と呼ぶ。密航者の構成内容の変化に、中国の社会事情が色濃く影を落としている。
中国人密航者は本国で「いい職業」についていた人も多い
 米国に密入国できた中国人を助けるために、米国の中国系住民は生活品や食品などを寄付する支援活動を開始した。
 ロサンゼルスにほど近い郊外都市・モントレーパークで行われた寄付活動に参加した友人は現場の光景に驚いた。
「寄付品を受け取りに来る人が非常に多い。ホテルの周りに長い列ができている。男も女もいて、年長者は50歳前後、幼い者は10代前半。彼らは一人一人身なりが清潔で、顔つきや行動が落ち着いている。想像していた密航者のような苦労を重ね、ろうばいしている姿は見られない」
 友人が寄付活動を呼びかけたリーダーに確認したら、以下のような情報を得た。
「密航者たちは山東、江蘇、浙江、湖北、陝西など多くの省から来ている。中国ではいい職業を持っていた。その多くが中国の自動車免許証を持っていることから、中国では車を所有していたことがわかる。職業もさまざまだ。以前の密航者のほとんどは福建省の農村出身だったが、いまは中学校の教師やエンジニア、保険外交員、金融業従事者、さらには自分で会社を作ったことがある人も多い」
 彼らは皆共通語で交流している。多くの人がパソコンを使い、英語ができる人も結構いる。インターネットを利用して、自分の子どものために米国の学校に入学手続きを申請することもできる。寄付された書籍を選ぶ人もいた。
 しかし、厳しい密航移動や海外の移民生活に耐えられない人も多い。せっかくメキシコに着いたものの、密航ルートの厳しさを実感して、米国への密入国をあきらめ、所持している中国パスポートを使って、そのまま中国に戻った人もいれば、米国に運よく密入国できたが、非合法移民の日常に動揺を覚え、住み慣れた中国に帰る選択をした人もいたという。
『蛇頭』絶版後、その続編を書く必然性はもうないと思っていたが、ひょっとしたら、続編を読みたいという市場ニーズがまた出てきそうな気がした。本棚に飾っている『蛇頭』を見つめながら、ぼうぜん自失になった。
(作家・ジャーナリスト 莫 邦富)