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安倍総理の志は死なない!!

施光恒の一筆両断 自由貿易は常に正しいのか?

九州大大学院の施光恒准教授© 産経新聞
先日、ある市の農林関係の部署に勤める職員の話を伺う機会があった。
その市だけではないが、近年、林業の衰退に伴う山林の放置、荒廃が進んでいる。戦後の木材需要の高まりのため、かつて政府は、スギなどの針葉樹の植林を奨励した。その後、木材の輸入自由化が進み、安い外国産の木材が入ってくるようになると、日本国内で林業が成り立たない地域が増えた。手入れが行われず、荒れ果てた山林が各地で見られるようになった。このことがさまざまな問題を生み出しているということだった。
例えば、私が話を伺ったその市では近年、たびたび水害が発生する。山林の放置や荒廃は水害の一因でもある。間伐や枝打ちがなされないと、地表に日光が届かず、山林の土壌は痩せる。痩せた土壌では保水力が落ちてしまう。
山林の放置や荒廃は、花粉症で悩む人々が大幅に増えた一因でもある。現在は花粉が少ない、あるいは花粉をまったく付けないスギやヒノキの品種も開発されている。林業が成り立ち、定期的に木々が植え替えられるのであれば、新品種を活用し、花粉の飛散量の軽減を図ることもできる。
加えて、山林の荒廃は地球温暖化防止の点でも望ましくない。樹木は若いほど成長のため多くの二酸化炭素を吸収する。定期的に植林を行い、若い山林を増やすことは地球温暖化防止の観点からも求められる。
以上のように、日本の山林が放置され、荒廃が進むことは水害防止、花粉症の軽減、地球温暖化防止のいずれの観点からみても望ましくない。これらはすべて現在の日本社会にとって大きな問題であり、改善が強く望まれるものだ。
だとすれば、国内各地で林業が再び成り立つようにし、山林の手入れが定期的に行われる状態を作り出すことが必要ではないか。私は、単純かもしれないが、安い外国産の木材にやはりある程度、関税をかけるべきだと思う。少なくとも、各地で林業が成り立ち、樹木の定期的植え替えが可能となるところまで、新たな関税の導入や既存の関税の引き上げが認められるべきではないか。
だが、市場重視、自由貿易重視の現在の世の風潮の下では、このようなことは許容され難いだろう。私はこの点に大きな疑問を抱く。水害、花粉症、地球温暖化という日本社会が直面する大問題よりも、自由貿易という原則のほうが大事だというのはあまり説得力がない。
これは林業だけの問題ではない。例えば、地方の過疎化や少子高齢化という日本社会が直面する別の問題に関しても同様である。これらの問題の一因は若者の雇用が安定しないことだ。適度に関税を導入するなど賢明な経済政策をとることができれば、地方で十分な雇用先を用意することも可能だろう。そうであれば、人口流出は減り、地方の過疎化に歯止めをかけることができるだろう。また、若者の雇用を安定化できれば、結婚し、子どもを作ろうとする若い世代も増えるはずだ。
米国の保守派の若手論客であるオレン・キャス氏は経済政策の中心的目標を、自由貿易などの原則を絶対視する新自由主義的目標から大幅に転換し、「人々が自分の家庭や地域社会をしっかり支えていくことを可能にする労働市場をつくり出し、維持すること」に設定し直すべきだと主張している。キャス氏はこれこそが国や社会の長期的繁栄のカギとなるとも述べる。
よき国、よき地域社会を永続させるために、原理主義的思考から離れ、政治に柔軟性を取り戻すことが必要ではないだろうか。
【施光恒(せ・てるひさ)】 昭和46年、福岡市生まれ、福岡県立修猷館高校、慶應義塾大法学部卒。英シェフィールド大修士課程修了。慶應義塾大大学院博士課程修了。法学博士。現在は九州大大学院比較社会文化研究院教授。専攻は政治哲学、政治理論。著書に『英語化は愚民化』(集英社新書)、『本当に日本人は流されやすいのか』(角川新書)など。「正論」執筆メンバー。