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安倍総理の志は死なない!!

石垣島が「陸上自衛隊」を受け入れた本当の理由

辺境から南西防衛と台湾有事を考える(上)
山本 章子 : 琉球大学人文社会学部国際法政学科准教授
2023年06月17日

東京から1950km離れた石垣島で今何が起きているのか(写真:空/PIXTA)
日本列島の最南端にある石垣島から見える景色は、東京とはかなり異なる。石垣島は台湾の中心都市、台北から約270キロメートル離れている。香港からは約1100km。フィリピンの首都マニラからは約1140 km。他方、石垣島から沖縄本島までは約410 km、東京までは約1950 kmの距離がある。石垣島からは、沖縄県の県庁所在地である那覇や日本の首都よりも台北の方が近いのだ。
陸上自衛隊が「金のなる木」に
石垣市は2015年に陸上自衛隊配備の受け入れを表明、2023年3月に駐屯地が開設した。中山義隆市長のキャラクターから、同市は国の安全保障政策への協力に非常に積極的な自治体だという印象を持たれがちだが、自治体の内実を観察すると、安全保障以外の自衛隊受け入れの動機が見えてくる。
端的にいうと、石垣島が国境沿いに位置する島であるがゆえに抱える環境問題に対する国の制度の不備や、そうした島への影響を考慮しない日台漁業取り決めの欠陥が、陸上自衛隊を石垣の人々にとって「金のなる木」にしたというものだ。
アジア諸国と間近に接する石垣島は、台湾や香港、中国などからの観光客が、新型コロナウイルス流行前の2018年には年間約126万人訪れるなど、「近くにある日本」として人気を集めた。ただし、アジア諸国から石垣島に来るのは人だけではない。中国語やハングルが表記されたペットボトルなどの漂流ゴミも、大量に石垣島の海岸に流れ着く。
2021年度の石垣市の漂着ゴミ処分量はペットボトルをのぞいて約52トン、そのうちの約8割がプラスチックゴミだった。漂着ペットボトルは毎年2.5~3トン回収されている。塩分が多く付着しているため再加工が難しく、石垣市が業者に依頼して埋め立て処分を行うのに年間500万円以上の費用がかかる。
漂着ペットボトルや他のゴミを埋め立てる石垣市の一般廃棄物最終処分場には、毎年5000立法メートルものゴミが埋め立てられ、あやうく2022年度内に満杯になるところだった。それを回避するため、石垣市は2022年に処分場のかさ上げと廃プラスチックゴミの掘り起こしを同時並行で行い、老朽化していたゴミ焼却施設の基幹的設備改修も実施することにした。改修して、プラスチックを他のゴミと一緒に燃やせるようにする計画だ。
処分場をかさ上げする工事費は約2億6500万円、掘り起こしの事業費は約4億5000万円(年間約3000万円)、設計費約3000万円を足した総事業費は約7億5000万円と見込まれている。また、ゴミ焼却施設の改修費は約22億円とされる。
ゴミ処理事業を可能にした「補助金」
石垣市の大規模なゴミ処理事業を可能にしたのが、石垣島への陸上自衛隊配備に伴う防衛省の補助事業だ。環境省事業が補助率2分の1なのに対し、防衛省による民生安定施設整備事業補助金は補助率が3分の2に上がる。また、処分場のかさ上げは、環境省の基準では施設の維持管理という位置づけになるため補助対象にならないが、防衛省の民生安定施設整備事業補助金なら約2億円の補助を受けられる。
石垣市は、ゴミ処理事業に「防衛予算を活用することで、約11億円を市民生活向上のための新たな事業に充てられる」という理屈で、2021年9月に防衛省への補助金申請を前提とした一般会計補正予算を市議会で成立させた。
平得大俣地区への陸上自衛隊配備をめぐり、その賛否を問う住民投票の実施を求める市内有権者約4割弱の署名を集めた若者たちが、市に対し住民投票の実施の義務付けを求めた訴訟で敗訴した翌月であり、駐屯地の開設工事が進んでいる最中だった。
石垣島に陸上自衛隊が配備されることになったのは、約1200キロにわたる「自衛隊配備の空白地域」であった南西諸島の防衛を強化する、「南西防衛」の一環だ。民主党政権が2010年、中国の軍事的台頭と海上での領土拡張の動きへの対応として掲げた。2016年3月の与那国島への陸上自衛隊員数約160人の配備に続き、2019年3月には奄美大島(同約610人)、宮古島(約700人)、そして2023年3月には石垣島に約570人が配備される。
民主党政権が南西防衛を打ち出すきっかけとなったのが、2010年9月に沖縄県尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船に中国漁船が衝突、漁船の船長が逮捕された事件だ。中国政府は尖閣諸島を「自国の領土」だと主張し、尖閣周辺海域の日本領海への中国船の長時間の侵入をくり返すようになる。2012年9月に民主党政権が尖閣諸島を国有化すると、中国公船の領海侵入は一層活発となった。
尖閣諸島から約170km離れた石垣島の漁師にとって、黒潮が流れる尖閣周辺の海域はマグロやカツオ、イカ、沖縄で高級魚とされるアカマチやミーバイなどがとれる好漁場だ。だが、ときには1日以上も日本領海内を航行し、付近の日本漁船に接近する中国公船の存在のために、安心して操業できなくなっている。それ以上に、漁船の燃料の高騰や魚価の低迷もあり、「費用対効果が全然合わなく」なっている。
石垣の漁業関係者によれば、いま尖閣周辺で操業しているのは、「尖閣は日本領土だと主張する目的の船くらいだ」という。尖閣周辺を視察に訪れる保守系の国会議員たちは、八重山漁業協同組合に「出漁の既成事実をつくってほしい」と要望、「燃料代は国が出す」と言ってくるが実現していない。
地元漁船が尖閣周辺で漁をする場合、約1週間前に海上保安庁に連絡を入れ、操業中は海保船舶に漁船と併走して警備してもらう必要がある。地元漁師の側には「海保の任務を増やしてしまっては申し訳ない」と漁を控える心理がはたらくし、実際に海保の負担増になるので、国の負担で出漁というのは難しいのではないかという。
日台連携で地元に生じた2つの変化
尖閣の領有権をめぐる日中の対立の激化が、石垣島の漁師たちに与えた打撃はまだある。第2次安倍晋三政権は2013年、尖閣問題で台湾と連携しようとする中国を牽制するため、台湾側に有利な日台漁業取り決めを妥結。互いに相手国の漁船に自国法令を適用しない水域が設定され、台湾が自国水域だと主張していなかった水域2カ所までそこに含まれた結果、八重山諸島北部のクロマグロの好漁場が台湾の漁船に占拠されてしまった。
台湾漁船が投棄したはえ縄などの漁具で漁場が荒れたり、日本の漁船に台湾側のはえ縄が絡まり、日本側のはえ縄が切断されたりするなどの被害も発生。数百万円もする高価な漁具を壊されてはたまらないと、石垣などの漁師は八重山諸島北部での操業を控えるようになる。
他方、日台漁業取り決めは沖縄の漁師たちに思わぬ副業を与えることになる。水産庁が3年間で約100億円という膨大な予算を投じて、沖縄における外国漁船の操業調査・監視事業を行うことにしたのだ。同庁は、沖縄県漁業振興基金の事業として県内の各漁協に投棄漁具の回収・処分、違法操業の監視などの台湾漁船対策を委託する。
対策任務を行う漁師には所属漁協経由で、1人1日約2万5000円の賃金と用船料(15トン未満の船なら1隻4万2000円)、燃油代・消耗品代・通信費など(実費)が支給されることになった。しかも、任務中に漁を行ってもよいという。
日台漁業取り決めに対する実質的な漁業補償となった台湾漁船対策事業は、宮古、石垣、与那国など各漁業協同組合の組合員が減るのを阻止することになったが、漁をしない漁師を生み出す結果ともなった。
国策の失敗を穴埋めする安全保障の論理
石垣島に漂着する大量の漂流ゴミは、明らかに一県の一基礎自治体の処理能力に余るものであり、石垣市の財源を強く圧迫している。他の市町村のゴミ処理場で焼却や埋め立てを行うためには、船で漂流ゴミを運搬する必要があり、その費用負担を考えると割に合わない。こうした石垣市の現状において、環境省の補助金よりも「割のいい」防衛省の補助金がもらえることが、陸上自衛隊の駐屯を認める1つの要因になったといえる。
同じく、日中の尖閣紛争と、中台の尖閣問題での連携を阻止するために結ばれた日台漁業取り決めは、尖閣周辺に加えてその他の石垣の漁師の漁場も奪う結果となり、彼らの仕事を著しく圧迫した。しかし、台湾漁船対策事業という副業がもたらされたことで、宮古・八重山諸島の漁師の間に、漁協に入っていれば漁をしなくても生活できるという状況が生まれる。
本来、海を挟んだ隣国である日中関係の悪化は、漁に影響を与え好ましくない。しかし、漁をするインセンティブが低下すれば、日中間の緊張を下げようとする地元のインセンティブも弱くなるだろう。これも、陸上自衛隊の駐屯に対する石垣島内の世論に影響したと考えてよい。