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安倍総理の志は死なない!!

与那国島「予期せぬミサイル部隊配備」の大問題

辺境から南西防衛と台湾有事を考える(下)
山本 章子 : 琉球大学人文社会学部国際法政学科准教授
2023年06月18日

観光地として人気の高い与那国島だが、島民の「流出」が止まらない(写真:ヤマト/PIXTA)
近年、中国が南西諸島、台湾、フィリピンが連なる「第1列島線」を台湾に侵攻する際にアメリカ軍の接近を阻止する防衛線として重視していることから、自衛隊は第1列島線西側で中国軍の行動を抑え、東側の太平洋に展開しにくくする役割をアメリカから期待されるようになっている。そうした日本の役割を具体化したのが、2022年12月初旬に閣議決定された安保3文書だ。
ミサイル部隊配備計画に動揺する住民
日本政府が同文書で「反撃能力(敵基地攻撃能力)の保有」を打ち出し、2026年までに自衛隊の陸海空各ミサイル部隊に長射程ミサイルを導入すると明言したことで、陸上自衛隊ミサイル部隊が配備されている奄美大島、宮古島、石垣島の住民の間には動揺が広がっている。特に、安保3文書の発表からまもなく2023年度中に電子戦部隊、2027年度以降にはミサイル部隊を新たに配備する計画が明かされた、与那国島における動揺は大きかった。
与那国島には2016年から陸上自衛隊沿岸監視隊が駐屯、島内2か所のレーダー施設で外国の艦艇・航空機の活動を監視している。2015年の住民投票で陸上自衛隊の誘致への賛成が多数(賛成632票、反対445票)となった結果だ。
配備当初は、週に2回、船で運ばれる食材や生活物資が頼りの与那国島の生活を忌避する隊員の家族が多く、単身赴任が多いという話も聞いたが、2022年までには隊員約170人とその家族約80人が島民の約15%を占めるようになった。
日本が太平洋戦争に降伏し、台湾が日本の植民地ではなくなった1945年以降も、与那国島は111㎞しか離れていない台湾との密貿易が盛んだったため、1949年には人口がピークとなる約6300人にまで増加した。しかし、1950年の朝鮮戦争勃発を契機に、中国共産党に物資が流れることを恐れた占領米軍が密貿易を取り締まると、島の過疎化が年々進み、2022年時点で約1700人が暮らしている。
与那国町が自衛隊の駐留に最も期待していたのは、人口と財源の増大だ。住民税も増え、隊員が参加することで島の伝統行事も活気づく。交付金で島のインフラ整備も行える。実際、隊員の家族の移住で児童数が増え、一時的に複式学級が解消された小学校もあるという(一時的な効果しかない理由は後述)。
しかし、2023年1月に防衛省から与那国町に対してミサイル部隊の配備が通告されると、地元住民の中からは、「現在の監視部隊は賛成している人でも、最初からミサイルが来ると分かっていれば賛成しなかった」という声があがった。国境を防衛する部隊なら自分たちを守る存在だが、アメリカとともに中国の台湾侵攻を阻止する部隊となれば中台、米中の戦争に自分たちを巻き込む存在となるという危惧の言葉である。
言葉だけの安保3文書の「国民保護」
住民投票をへて自衛隊を受け入れ、島の人口増加を歓迎する与那国の住民が、ミサイル部隊の駐屯には難色を示す背景には、安保3文書の随所で触れられている「国民保護」について、政府が十分に検討した跡が見られないことがある。
たとえば、安保3文書の「防衛力整備計画」には、「自衛隊の各種輸送アセットも利用した国民保護措置を計画的に行えるよう調整・協力する」とあるが、国際法には軍民分離の原則があり、軍が使う施設を一般住民が使うと軍の一部と見なされ、住民も敵から攻撃される。
自民党の佐藤正久元外務副大臣はテレビ番組で、安保3文書では国民保護について「まだ実際に沖縄県などを巻き込んだシミュレーションをやっていないので、具体策を書くことはできなかった」「詰めきれなかった」と語る。しかし、国際法の基本原則をふまえていない、住民に対する敵の攻撃を誘発するような国民保護計画は、シミュレーション以前に勉強が足りていないといわざるをえない。
また、同文書の「国家安全保障戦略」に書かれた、「武力攻撃より十分に先立って、南西地域を含む住民の迅速な避難を実現」のうたい文句も、晴れた日には対岸に台湾が見える、尖閣諸島からも約150kmしか離れていない与那国島では不可能だ。
アメリカのナンシー・ペロシ連邦議会下院議長が台湾を訪問した2022年8月、中国軍が台湾周辺で軍事演習を行い、与那国島沖約80kmに弾道ミサイルが着弾した。しかし、国から与那国町に対して事前の情報提供はなく、ミサイル発射後に与那国漁業協同組合に第一報が入ったという。「Jアラート(全国瞬時警報システム)も鳴らなかった」と住民は証言する。
与那国町が陸上自衛隊駐屯で期待していた地域振興のうち、財源増大はかなえられたが、人口の流出に歯止めがかからなかったことも、新たにミサイル部隊が配備されることに対する地元住民の批判と無関係ではない。ふたをあけてみれば、自衛隊関係者が増える代わりに地元住民が減っていく一方だという。
与那国島には高校がないので、子供の進学のタイミングで家族ごと島外に引っ越していく。そのため、自衛隊員の子供の転入で小学校の複式学級が解消されても、地元の子供が上の兄弟の進学に伴い転出していき、また複式学級に戻ってしまうという。仕事がないので、島外の高校や大学を卒業した与那国出身者が地元に帰ってくることも難しい。
また、入院施設がないので、入院しての治療が必要な場合には石垣島か沖縄本島まで行かないといけない。与那国町は高齢者の死亡率が低いのだが、それは島外にいる子供が体調を崩した高齢の両親を引き取り、そのまま病院で最期を看取るからだという。
与那国町に交付されている防衛省の民生安定施設整備事業補助金では、高校の通信教育の予算を組んだり、介護施設を建てたりすることはできない。いわゆる「9条交付金」と呼ばれる教育・福祉財源への使用が可能な補助金は、ある程度の基地の規模と構成員数、基地周辺住民の人口がないと交付されない(奄美大島の陸上自衛隊駐屯地も「9条交付金」の適用外)。よって、陸上自衛隊の部隊が増えて補助金が増えても、人口流出への効果的な対策を打つことができないのだ。
観光人気はあるが…
2003年と2006年に放送されたテレビドラマ『Dr.コトー診療所』のロケ地となった与那国島は、ダイビングをする者に人気の観光地で、コロナ禍前までは年間約4万人の観光客が訪れていた。特に、11月から3月にかけての冬場は、サメの仲間のハンマーヘッドシャークの大群が見られることから多くのダイバーが訪れる。
2022年12月に劇場版『Dr.コトー診療所』が公開されると、与那国町観光協会には観光客からの問い合わせが相次いだが、地元の観光業が数年ぶりの活況にわいたかといえば、むしろ部屋が空いているのに「満室」を掲げる宿が出るような状況となった。
沖縄タイムスによると、247人が宿泊可能な島最大のホテル「アイランドホテル与那国」がコロナ禍で休館し続けているためだ。他のホテルでは30人規模の団体客を受け入れられないため、日帰りツアーにしてもらうしかない。
宿の数自体は多く、アイランドホテル以外で合わせて391人の宿泊が可能だが、ネット環境が整っている施設が限られ、じゃらんや楽天トラベルから予約できる宿が少ないので、観光客は与那国町観光協会のHPで宿を探して、一軒ずつ電話で予約状況を確認しなければいけない。
加えて、コロナ禍でスタッフが辞めた宿の経営者は高齢者ばかりで、素泊まりに限定した受け入れが精一杯となっている。与那国町にはコンビニエンスストアがなく、地元の商店は普段から弁当は朝と昼で売り切れ、総菜は夕方にはなくなる。観光客は居酒屋も予約しないと入れない状況だという。
このような状況で、東京のコールセンター「アクトプロ」が2022年、与那国島の休業中のホテルに進出するのと合わせて、島内の空き家を移住者に提供する不動産業や、洞窟探検などの観光ツアーの企画を始めた。沖縄タイムスによれば、コールセンターの従業員や移住者が稼ぎながら生活し、遊べる環境を提供することで島内の人口を増やし、島の活性化に結びつけたい意向だという。


なるほど、うまくいけば、新たな移住者が与那国の観光業を支えるようになるかもしれない。しかし問題は、自衛隊の駐屯と同様に、移住者が増えても流出する地元住民の穴埋めにすぎないということだ。
「丁寧な説明」ではなく国民保護を急げ
ロシアの軍事・安全保障の専門家である小泉悠氏は、『ウクライナ戦争』(ちくま新書、2022年)で次のように指摘している。
日米同盟によって米国の拡大抑止(要するに「核の傘」)を受けている日本がウクライナのように大国から直接侵略される蓋然性は低いとしても、台湾はこのような保障を持たないという点でウクライナとよく似た状況に置かれている。したがって、仮に台湾有事が発生した場合、日本の役回りはポーランドのそれに類似したもの――被侵略国に対して軍事援助を提供するための兵站ハブや、ISR支援を行うアセットの発信基地になる可能性が高い。
これは、我が国が核兵器を持つ侵略国(台湾有事の場合で言えば中国)の核恫喝を受けることを意味しているから、日本がこうした立場に立つべきかは国民的な議論を必要としよう。だが、現状ではそうした議論自体が行われていないわけであり、このままでは将来の軍事的危機事態に明確な国民的合意なしでずるずると巻き込まれていくことになるのではないか。
その通りだ。だからこそ、南西諸島に駐屯する陸上自衛隊ミサイル部隊への長射程ミサイルの配備方針は、地元住民を動揺させているのである。
南西防衛の問題に関するメディア各社の報道は、「国には地元の理解を得るための丁寧な説明が求められる」といった文言で締めくくられることが多いが、いま最も必要なのは丁寧な説明ではない。丁寧な国民保護の措置である。
与那国島には避難できる「地下施設」がない
与那国町議会の議員団は2023年2月、東京で松野博一官房長官や浜田靖一防衛相と面会し、「台湾有事が発生すれば町民の生命と安全が脅かされる」と、島への一刻も早い避難シェルターの設置を求めた。
ウクライナは2022年2月にロシアによる侵攻を受ける前から、地下鉄の構内などを避難シェルターとして使えるよう整備していた。台湾も1970年代から地下鉄に加え、学校などの公共施設や商業施設、地上6階以上のマンションやビルなどの地下に避難シェルターの設置を義務化し、全土に10万カ所以上のシェルターを整備している。
他方、日本では、国民保護法にもとづき指定された、全国の「頑丈な建物や地下」の避難施設9万4000カ所(2021年4月時点)のうち、地下施設は1%にすぎない。沖縄県内の地下施設はたった6カ所で、与那国町はゼロだ。
2022年12月に与那国町で行われた、弾道ミサイルを想定した初の住民避難訓練では、参加住民は近隣の建物に逃げ込み、爆風を避けるため窓から離れた廊下や倉庫にしゃがみこんだ。ウクライナでは、ロシアのミサイルが直撃したマンションの建物全体がひしゃげ、中央部分はがれきと化した。国の推奨する訓練に実効性があるとはとても思えない。