Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

インフレ苦の欧州で岐路に立つ「気候変動」対策

各国で募る不満、「反グリーン」政党に支持
田中 理 : 第一生命経済研究所 主席エコノミスト
2023年07月27日
イギリスでは7月20日、ボリス・ジョンソン元首相の議員辞職に伴う下院の補欠選挙がロンドン郊外の選挙区で行われ、与党・保守党の候補がわずか495票差で議席を死守した。
政権幹部による相次ぐスキャンダルや経済政策の失敗などが響き、保守党は各種の世論調査で、最大野党・労働党に20ポイント前後の大量リードを許している。下馬評では、同日行われた別の補選と同様に、保守党はこの選挙区も失うとの見方が支配的だった。
投票結果を左右したのは、労働党のサディク・カーン・ロンドン市長が進める環境政策に対する賛否だった。
排ガス規制をロンドン郊外に拡大
ロンドンの深刻な大気汚染が市民の健康被害を招いているとして、カーン市長は2019年に、環境基準を満たさない車がロンドンの中心部に乗り入れる場合、1日当たり12.5ポンド(約2200円)の料金支払いが必要な「超低排出ガス地域(ULEZ: Ultra Low Emission Zone)」を設置した。違反した場合、最大180ポンド(約3万2500円)の罰金が科せられる。
カーン市長は2022年11月、2023年8月29日から該当地域をロンドン郊外のほぼ全域に拡大することを発表し、ドライバーの反発を招いていた。
補選が行われた選挙区の住民は8月29日以降、通勤、通学、買い物、仕事などで基準適合外の車を使う場合、同額の支払いを命じられる。中心部と比べて公共交通機関が限られる郊外では、生活に車が必要な住民が少なくない。
「環境基準を満たさない車」には、8年以上前のディーゼルエンジン車や18年以上前のガソリン車が該当する。近年、新車・中古車価格の高騰が顕著で、料金・罰金の支払いは車の買い替えが出来ない低所得層を直撃する。2021年に1万2982ポンド(約235万円)だった環境基準に適合する中古車価格の中央値は、現在1万8295ポンド(約330万円)と40%以上も値上がりした(英BBC)。
保守党候補は、超低排出ガス地域(ULEZ)の拡大が地域住民に多大な財政的な負担を強いるとして、労働党の環境政策を攻撃し、選挙戦の劣勢をひっくり返した。
補選の結果を受けて、労働党のキア・スターマー党首は、「労働党が議席獲得に失敗した原因はULEZにあった」とし、「この結果を受けとめ、今後の選挙戦に反映しなければならない」と発言した。カーン市長に対しても、ロンドン郊外へのULEZ拡大計画の何らかの再考を求めた。
アンジェラ・レイナ副党首も、「有権者の声に耳を傾けなければ、選挙に勝つことは出来ない」、「車の買い替えが必要な住民に対して、適切な補償や政策支援が必要となる」と発言した。
労働党・保守党とも気候変動対策の見直しへ
世論調査で劣勢の保守党議員の間からも、2024年の総選挙での保守党の逆転勝利を目指し、リシ・スナク首相が掲げる気候変動対策の見直しを求める声が浮上している。
政府は現在、2025年までに住宅新設時にガスボイラーを設置することや、2030年までにガソリン車やディーゼル車を新たに販売することを禁止する方針だが、この期限の先送りを提案している。また、政府は2028年以降、年間で60万戸の住居にヒートポンプを導入することを目指しているが、より現実的な目標を設定すべきとしている。
こうしたグリーン政策を巡る政治的な波紋は、イギリス以外の欧州諸国にも広がっている。
7月23日に投開票が行われたスペインの下院総選挙では、ペドロ・サンチェス首相が率いる中道左派の与党・社会労働党(PSOE)が、中道右派の野党・国民党(PP)に第一党の座を明け渡した。
今回の選挙戦では、移民の受け入れや現政権の進歩的な社会政策に批判的な極右政党・ボックス(VOX)が次期政権に加わるかどうかが大きな注目材料だった。スペインでは1970年代の民政移管後、極右政党が国政レベルで政権に加わったことはない。
選挙結果は、国民党とボックスの2党では議会の過半数に届かなかった。投票率が上昇しており、極右の政権入りを恐れた有権者が積極的に投票所に足を運んだ可能性がある。
今後のシナリオとしては、①国民党とボックスが非多数派政権を樹立するか、②分離独立派の地域政党などの協力を得て、社会労働党が政権を発足するか、③右派・左派ともに政権発足に必要な議会の信任が得られず、年後半に再選挙が行われる展開が考えられる。今のところ、①と②は難しいとみられ、③の可能性が高い。
初の政権入りを目指すボックスは今回の選挙戦で、社会労働党政権が推進してきた人工中絶やトランスジェンダーの権利拡大、積極的な気候変動対策、カタルーニャの分離独立派との対話路線などに異を唱えてきた。
気候変動関連では、交通渋滞の激化を招いたとして、人口5万人以上の市町村に自動車の乗り入れを制限する「低ガス排出エリア」の設置を義務付ける法律や自転車専用レーンの増設に反対している。
すでに国民党とボックスが連立している市町村では、低ガス排出エリアや自転車専用レーンの縮小が検討されている。国政レベルでの政権入りのハードルは高いが、こうした主張が有権者から一定の支持を集めたことがうかがえる。
農民政党が支持を伸ばすオランダ
移民制限を巡る対立で7月初めに連立政権が崩壊したオランダでは、2019年に誕生した右派ポピュリスト政党・農民市民運動(BBB)が急速に支持を伸ばしている。
BBBは2021年の下院(第二院)選挙ではわずか1議席の獲得にとどまったが、2023年の州議会選挙で最多票を獲得し、州議会の投票で選ばれる上院(第一院)でも最大勢力となっている。11月に総選挙を控えるなか、最近の世論調査でも、中道右派の現与党・自由民主国民党(VVD)、労働党(PvdA)と緑の党(GL)が連携する中道左派会派とともに、主流派政党の仲間入りを果たしている。
多くの政党が議会で議席を分け合うオランダでは、政権発足には多党連立が欠かせない。中道右派のVVDが政権を発足するには、BBBの協力が必要となる可能性があり、同党の政策主張が次期政権の政策運営に反映される可能性がある。
BBBは農家による抗議活動を源流とした政党で、生物多様性にとって有害な窒素排出量を削減するため、家畜の数を減らし、農場の閉鎖を進める政府の計画に反対している。政府は2030年までの循環型農業の実現に向け、家畜数や農場数を減らすか、別の形で気候変動対策に貢献することを求めている。
農業保護以外の政策分野でBBBは、右派ポピュリスト的な主張が目立つが、極右政党の自由党(PVV)や民主主義フォーラム(FVD)ほど極端ではない。
オランダの欧州連合(EU)への参加を支持するが、EUの権限を縮小し、加盟国の権限拡大を求めている。同党は紛争や迫害から逃れる難民の受け入れを支持するが、移民の経済的な自立やオランダ語の習得を要求する。
ドイツの極右躍進は思想が要因ではない
気候変動対策への不満は、環境大国のドイツでも広がっている。
7月22日に発表された調査会社INSAの世論調査で、極右政党・ドイツのための選択肢(AfD)が過去最高の22%の支持を得て、前回の連邦議会選挙で下野した最大野党・キリスト教民主同盟(CDU)に4ポイント差に迫る2番手に付けた。
欧州債務危機時に旗揚げされ、難民危機時に反移民や反イスラムを掲げて支持を拡大したAfDの最近の更なる躍進は、ドイツで極右思想の持ち主が増えているからではない。
2022年の連邦議会選挙を受けて誕生したオラフ・ショルツ首相が率いる中道左派の社会民主党(SPD)、環境政党・緑の党(Grüne)、リベラル政党・自由民主党(FDP)の3党による連立政権の支持は、低空飛行を続けている。
物価高騰による生活困窮、2024年から石油・天然ガスを使用する暖房設備の新規設置を禁止する政府方針への反発、連立政権内の主導権争いや足並みの乱れなどを背景に、有権者の支持離れにつながっている。
AfDはこうした連立政権への批判票を取り込むとともに、ウクライナでの紛争長期化に伴う難民・移民の増加、脱炭素社会への移行に伴う家計負担の増加を巡る懸念を支持拡大につなげている。
6月末には旧東ドイツのテューリンゲン州のゾンネベルク郡の選挙で、AfDの候補が決選投票を制し、首長に選出された。国政・州・郡・市町村レベルを通じて、AfDが首長を輩出するのは初めてで、ドイツ政界に激震が走った。
このままAfDの支持拡大が続けば、州レベルや連邦レベルでも、AfDとの協力なしで政権を発足することが徐々に難しくなっていく。
CDUのフリードリヒ・メルツ党首は7月23日、郡や市町村レベルでAfDとの協力の可能性を排除しない旨の発言をし、党内からの反発が広がり、火消しに追われた。ドイツ政界におけるAfDの存在感が増しており、もはや政治的に排除することが難しくなりつつある。
欧州各国で政治イベントが目白押し
総選挙後の政権発足が難航しそうなスペイン、連立政権が崩壊したオランダでは、2023年の秋から冬にかけて総選挙が予定される。気候変動対策に異を唱える政党の躍進に注意が必要となる。
2024年秋にはドイツで、気候変動対策に懐疑的な右派ポピュリスト政党が高い支持を得る旧東ドイツの3州(テューリンゲン州、ザクセン州、ブランデンブルク州)で州議会選挙が予定される。
イギリスでは2025年1月に議会任期満了を控え、2024年中に総選挙が行われる可能性が高い。7月の補選の結果を受けて、保守党と労働党の二大政党が気候変動対策をどう位置付けるかに注目が集まる。
2024年央の欧州議会選挙でも、前回2019年の選挙で躍進した環境会派やリベラル会派にかつての勢いはない。選挙結果を踏まえたEUの次期執行部の人選も、欧州の気候変動対策の行方を左右しよう。
物価高騰による生活困窮が続くなか、欧州各国で急進的な気候変動対策への揺り戻しが起きている。2023年から2024年にかけては欧州各国で政治イベントが目白押しで、その過程で気候変動対策の軌道修正につながる可能性に注意が必要となろう。