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台湾と中国の複雑な関係を理解するキーワード

センシティブな両岸を把握するための知識
劉 彦甫 : 東洋経済 記者
2023年08月22日
台湾と中国の両岸関係は複雑かつセンシティブ。両者の関係を理解するうえで最低限知っておきたいキーワードを解説する。
台湾海峡の緊張が高まっている。中国が台湾統一(併合)に向けて武力侵攻する日がくるのか。7月31日発売『週刊東洋経済』の特集「台湾リスク」では、日本企業に迫り来る台湾有事の全シナリオを示した。ここでは、複雑かつセンシティブな台湾と中国の関係を理解するうえで最低限知っておきたいキーワードを解説していく。
Keyword①|「一つの中国」原則
中国は台湾や国際社会に対して、台湾は中華人民共和国の一部だと主張しており、それを「一つの中国」原則と呼んでいる。中国政府が主張する「一つの中国」原則は次の3つの要素から成り立つ。①世界で中国はただ1つ、②台湾は中国の不可分の一部、③中華人民共和国が中国を代表する唯一の合法政府である。
中国政府は、同原則は国際社会が認めており、「国際的なコンセンサス」であると主張。台湾に対する中国政府の立場を正当化する根拠に広く使っているほか、台湾問題は中国の内政問題だとする。
ただ、日米をはじめ主要各国が中国政府の主張を全面承認しているわけではない。例えば米国は3要素のうち、③について「承認(recognize)」したが、①と②については「認識(acknowledge)」とした。日本も③について「承認」、②については中国政府の立場を「十分理解し、尊重」するとした。
各国は中国が主張する「一つの中国」原則に配慮しながらも、中華人民共和国が台湾を統治していない現状に鑑み、戦略的なあいまいさを残す。多くの国が、中国の主張する「一つの中国」原則をそのまま受け入れず、それぞれ独自の方針を取り、現状として「台湾は中華人民共和国の一部」であることまで完全に承認しないように苦心し、台湾問題の平和的解決を求めるなど関与する余地を残している。
一部報道などで「日米は『一つの中国』原則を認めている」との記述が出ることもあるが、不正確だ。例えば米国が取る「一つの中国」政策について説明する場合には、「中国の立場に異論は唱えないが、台湾の安全には関与する」というような、「原則」との違いを踏まえた記述が必要だ。
中国は「一つの中国」原則の維持・強化のために、同原則に関する要求を国際的に活発化させている。航空会社や多国籍企業に対して各社のホームページ上での台湾に関する表記を「中国台湾」に改めるよう迫ったり、台湾を国として扱ったとして米コーチなどアパレルブランド企業に謝罪と訂正を求めたりする事案が起きている。民間企業も「一つの中国」との付き合い方に注意が必要だ。
Keyword②|92年コンセンサス
1992年に中台双方の窓口機関の事務レベル折衝で形成されたとされる合意。中国側は「一つの中国」原則を台湾側と口頭で確認した合意と解釈する。一方で台湾の国民党は、「一つの中国」の「中国」について台湾が中華民国、中国が中華人民共和国だとそれぞれ主張することを合意したと解釈する。国民党の解釈は「一中各表」と称される。
中国と国民党は同コンセンサスを基礎に経済面などで関係を深化させたが、民進党は合意文書がないことや、中国側が「一中各表」を正式に認めていないことからコンセンサスは「存在しない」と否定。中国は同コンセンサスを認めることが台湾との対話の前提としており、蔡英文政権以降は台湾側との対話を拒否する姿勢を続けている。
Keyword③|台湾関係法
79年に制定された、台湾に対する基本政策について定めた米国の国内法。米国は79年に中国と外交関係を正常化したのに伴い、台湾を統治する中華民国政府と断交。米台間で結ばれていた軍事同盟である米華相互防衛条約も失効した。
これに伴い台湾海峡の安全保障環境が急変するおそれや、台湾との関係で悪影響が出る懸念が、米政府だけでなく、米議会でも強まった。そのため議会が政府に権利を授ける形式で、台湾との関係を維持し支援することにした。中華民国を正式承認しない中での新たな米台関係を規定する法律的枠組みとして、台湾関係法を制定した。
米国は、「一つの中国」政策を取っており「台湾独立は支持しない」ものの、台湾海峡の「現状維持」のために台湾の安全保障に関与することを基本方針としている。台湾関係法はそれを法的に確認しているものである。中国は台湾関係法は内政干渉だと反対している。
同法では「台湾に防衛的性格の兵器を供与する」ほか、「台湾人民の安全、社会・経済制度を脅かす武力行使や他の強制的な方式にも対抗する合衆国の能力を維持する」ことで米国による台湾への防衛関与の姿勢を明確にしている。
米華相互防衛条約とは異なり、台湾関係法で米国は台湾防衛の義務を負っていない。これは台湾が自ら独立を目指す際に米国は防衛しない可能性を示すことで独立への動きを牽制するほか、「一つの中国」原則を掲げる中国への配慮でもある。このことから、米国の政策は台湾防衛の意思を明確にしない「あいまい戦略」とも称されてきた。とはいえ、台湾関係法によって米台は実質的な同盟関係にある「非公式同盟」を継続している。
台湾や日本などでは有事で本当に米国が軍事介入するのか疑問視する見方が一定数ある。一方でバイデン米大統領は就任後にたびたび、台湾が中国から攻撃を受けた場合には「台湾を防衛する」との主旨の発言をし、そのたびに米政府高官や報道担当者が「政策変更はない」とフォローしてきた。
「あいまい戦略」への疑問や中国からの反発は今後も続くだろう。ただ、中国が軍事力を拡大させる中、米国の防衛関与を定めた台湾関係法が現状維持のための根幹の1つである状況に変わりはない。
Keyword④|反国家分裂法
05年に中国が台湾独立を阻止することを目的に制定した法律。反国家分裂法には台湾との交流促進や平和的統一について明示されている一方で、台湾が中国から分離される事案が生じたり平和統一の可能性が失われたりしたときに「非平和的手段」を採用することも認めている。そのため一般的に台湾への武力行使の条件を規定して合法化したものとされる。もともと中国は台湾への武力行使の可能性は否定しておらず、同法で改めてその可能性を示したといえる。
制定前年は台湾で陳水扁総統(民進党)が再選され、独立色の強い政策が進められていた。そのため、台湾政府に対して中国が許容する範囲を超えないように警告する意味合いも含まれている。ただ、具体的にどのような事態で武力行使をするかは中国側の判断次第であり、周辺国の対中警戒感は高い。
Keyword⑤|台湾独立
台湾を統治する中華民国を解体して、台湾国などを新たに建国することを指す。台湾独立の実現には台湾国内での中華民国憲法改正手続きが必要だ。改正の条件は、立法院(国会)で4分の3以上の議員の出席で4分の3以上の賛成を得た後、公民投票(国民投票)で全有権者の過半数の賛成を得ることだ。このような憲法に基づく独立国家の樹立は中国からみた場合、「法理独立」と呼ばれる事態だ。
台湾独立のハードルは極めて高く、「現状維持」が多数派を占める台湾世論を考えても台湾独立は政治的に起きない状態だ。「台湾が独立したら」という仮定を基にした議論は、実は現実的でない。
現在の台湾の与党・民進党はもともと綱領で台湾共和国の建国を掲げたが、99年の党大会決議で中華民国を続ける現状維持路線に転換。台湾独立を「封印」した。とはいえ、同党の政治家は台湾独立の理念を共有し、独立の可能性は否定しない。野党・国民党は民進党の牽制のために「民進党は独立志向だ」と批判する。
中国は「民進党が独立を企てている」と敵視する。また、台湾独立の定義をあいまいにし、都合よく解釈する可能性もある。中国は、中華民国が民主化し、台湾で台湾の主体性を重視する台湾アイデンティティーが広がったことに否定的である。台湾が事実上独立した現状にそもそも不満であるため、実際に「法理独立」の事態にならずとも武力行使の口実に「台湾独立」を使う可能性がつねにある。
台湾は中華民国体制維持の下に、中国を過度に刺激しないよう現状維持による生存を図っている。台湾情勢をみるうえでは「台湾独立」という言葉の使われ方に注意する必要がある。