Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

住友化学の最悪決算招いた経団連会長の経営判断

外部要因への耐性低く複数事業が同時に炎上
奥田 貫 : 東洋経済 記者
2023年11月15日
“財界総理”はいま、何を思うのか―。
十倉雅和・経団連会長の出身母体であり、十倉氏が現在も会長を務める住友化学が苦境に直面している。
2024年3月期決算の上半期(4~9月)は、コア営業損益(営業損益から一時的な項目を除いたもの)が966億円の赤字(前年同期は1156億円の黒字)、最終損益は763億円の赤字(同810億円の黒字)になった。
通期予想も下方修正した。最終損益は従来の100億円の黒字から950億円の赤字へと1050億円も引き下げた。
上期実績と通期予想ともに最終赤字額は過去最悪だ。岩田圭一社長は11月1日の決算会見で「創業以来の危機的状況であると重く受け止めている」と述べ、自身と十倉会長の役員報酬を一部返上することを明らかにした。
2期連続の巨額の下方修正
住友化学は今年2月にも、前期の2023年3月期の最終損益の見込みをそれまでの1050億円の黒字からゼロへと引き下げたばかり(実際は69億円の最終黒字で着地)。2期連続での巨額の下方修正となった。
中国の景気停滞の影響や半導体市場の回復の遅れもあり、化学業界には2022年後半から強い向かい風が吹く。とはいえ住友化学の落ち込みは際立つ。主要事業が軒並み前期より、かつ期初想定よりも悪化しているからだ。中でも石油化学系、医薬品、メチオニン(鶏飼料添加物)の3事業が大きく足を引っ張っている。


まず、汎用的な石油化学製品(以下、石化)を中心とするエッセンシャルケミカルズ事業。上期は444億円の赤字と厳しい結果で、通期予想を従来の70億円の赤字から750億円の赤字(前期実績は342億円の赤字)へ引き下げた。680億円もの減額幅は今回の下方修正の最大の要因だ。
中国の景気停滞影響がアジアに波及し、幅広い用途に使われる石化製品が苦戦しているのは各社とも共通している。住友化学はそこに加え、サウジアラビアに合弁会社のペトロ・ラービグを抱えているため一層苦しい。
ラービグは石化製品の他に、市況変動の影響を強く受けやすいガソリンや軽油などの石油精製品も手掛けている。これらの市況が昨夏以降、原油価格のピークアウトとともに急落している。
抗精神病薬「ラツーダ」がパテントクリフで下落
次に、上期に655億円という主要事業で最大の赤字を計上した医薬品事業。通期予想は従来の610億円の赤字から690億円の赤字に引き下げた(前期実績は162億円の黒字)。
低迷の理由は明確だ。連結子会社の住友ファーマ(住友化学の持ち分比率は51.58%)の稼ぎ頭だった抗精神病薬「ラツーダ」の特許切れ(2023年2月で独占販売期間が終了)に伴う他社製のジェネリック(後発)医薬品の登場、いわゆるパテントクリフ(特許の壁)が響いている。
ラツーダの落ち込みは期初に見込んでいたよりも大きくなっており、さらにポストラツーダとして拡販に注力する基幹3薬のシェアアップも遅れている状況にある。
そして健康・農業関連事業。前年上期の363億円の黒字から今上期は想定外の76億円の赤字と落ち込み、通期予想は従来の620億円から400億円へと引き下げた(前期実績は573億円)。
農薬は前年度に南米で出荷が多かった反動で流通在庫が増え、今上期に在庫の削減を実施した一時的な影響があった。下期は好転する見通し。問題は鶏飼料添加物のメチオニンだ。エネルギーコストが高止まりする中、中国企業の生産能力増強による供給過剰が解消せずに市況低迷が続き、大不振にあえぐ。
この状況を受けて住友化学は、上期にメチオニンの製造設備で146億円の減損損失を計上した(事業ごとの損益とは別の非計上項目に参入)。
過去の経営判断の妥当性が問われる
主要事業が同時多発的に炎上しているのは“運が悪かった”のかもしれない。だが、各事業を子細に見ると、過去の経営判断の妥当性が問われる。
象徴的なのがラービグである。もともと岩田社長の2代前の社長で、これまた経団連会長を歴任した米倉弘昌氏が肝いりで始めた事業だ。中国に石化製品のコスト競争力で対抗し、かつ海外事業に成長への活路を求めるために、サウジアラビアの国営企業のサウジ・アラムコと37.5%ずつ出資して2005年に合弁会社を設立、2009年に操業を開始した。
大きな構図を描いて出発したラービグだったが、当初からトラブル続きで思うような利益を出せなかった。
その中で事業拡張に踏み切る判断をしたときの社長が米倉氏の後を継いだ十倉氏だ。2012年にアラムコと共同で総事業費が当初見込みで70億ドル、最終的には91億ドルにのぼった大幅な増強を決めて石化製品の生産能力を倍増させた。
結果的にこの拡張が住友化学の業績へのラービグの影響を高め、足下のダメージを大きく広げている。
ラービグは何らかのテコ入れをする必要はあるものの、岩田社長は「石油精製品の高度化が必要だが、そのためには巨額の投資がいる。石油精製品のような市況に左右されるものに(今後も)投資をするのは難しい」と話す。
メチオニンでは他社の増産リスクを見誤った
メチオニンの事業規模を拡大してきたのも十倉氏が社長の時代だ。2016年に500億円を投じて愛媛にプラントの新設を進め、それまで10万トンだった生産能力を2018年の完工で25万トンへ増やした。
鶏飼料添加物は人口増加に伴う食肉需要の拡大により安定した市場成長が期待できるという考えからだった。誤算だったのは、そうした製品はよそも狙うということ。差別化が容易ではない市況製品なのに、他社の増産リスクを見誤ったようだ。
足下の状況を受け、住友化学はメチオニンの生産能力を2024年3月末までに2018年3月末比で3割減らすことを検討するという。
医薬品も事業リスクへの対処がうまくいっていない。
そもそも市況に左右される石化等の汎用品を抱える大手総合化学メーカーでは、需要が景気で上下しにくいヘルスケア関連の事業に力を入れるのがトレンドだ。
他の大手総合化学メーカーでは、たとえば三井化学が眼鏡レンズ材料や歯科材料、旭化成が医療機関向け除細動器などをコツコツと伸ばしてきた。それに対して、住友化学は住友ファーマの医薬品に偏重している。
医薬品は、ラツーダのように大型薬が当たれば大きいが、特許切れまでに次の大型薬を確保できなければたちまち厳しくなる。だが、売れる新薬の開発は困難で失敗が当然の世界。創薬の確率を高めるために、医薬品業界では自社で巨額の研究開発費を投じるとともに有力な新薬候補を持つ企業を買収する「規模の競争」が行われている。
住友ファーマの規模は、国内医薬品メーカーとの比較に限っても売上高で7位の中堅だ。北米での事業を中心に中枢神経系へリソースを集中する策を取るが、世界的な競争が激化する中で、難しい立ち位置にいる。
以上のように多くの事業は今の業績が悪いだけではなく、先行きでも不安が漂う。
リスクマネジメントに問題はなかった?
決算会見で、岩田社長にこれまでのリスクマネジメントに問題がなかったのかを尋ねると、「リスクマネジメントに問題があるとは思っていない。事業構造として市況に影響される製品の割合がまだ多いことに問題があると思っている」と述べた。
だが10年前後の間でみても市況製品の割合が増えるような経営判断をたびたびしてきたほか、医薬品のパテントクリフをカバーできていないのは、リスクマネジメントに問題があったからではないか。結果論ではあるが、経営は結果責任だ。
SBI証券シニアアナリストの澤砥正美氏は「需給の変動に大きく左右されない独自製品をいかに持ち、拡大できるかが重要だ。市況製品であるラービグやメチオニンの事業よりも、そういうものの開発にもっと資源投入をしているべきだった」と指摘する。
経営判断が業績に影響するまでにはタイムラグがある。各事業の状況や経緯をみると、前社長である十倉氏の責任は大きい。
住友化学は、来期(2025年3月期)の業績回復を目指して、事業整理対象の拡大や投資の絞り込みを行ってコスト削減やキャッシュの創出を進めたうえで、「新生スペシャリティケミカル企業」の実現に向けて抜本的な構造改革を行うとしている。リストラを進めるうえでは、今の苦境を招いた経営判断を検証し、体質改善につなげることが求められる。