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安倍総理の志は死なない!!

都市部でも進む「路線バス廃止・減便」の大問題

給料安く負担大、運転士不足に陥るのは当然だ
森口 将之 : モビリティジャーナリスト
2023年11月15日
路線バスが厳しい状況にあることを、切実に教えられるニュースが9月にあった。大阪府の富田林市など4市町村を走る金剛バスが、運転士不足などを理由にバス事業を廃止し、12月20日で全15路線の運行を終了すると発表したのだ。
公共交通の危機的状況が表面化
今年は4月にJR西日本が、2019年度の輸送密度が1日2000人未満の線区について、収支率などを開示したことをきっかけに、他の鉄道事業者からも同様の発表が相次ぐ結果になった。そして今回のニュース。日本の公共交通が危機的状況にあることを、多くの人が認識したのではないだろうか。
金剛バスについては、関係する4市町村が法定協議会を開き、この地域で運行している近鉄バスと南海バス、自治体のコミュニティバスが当面、路線を継承しようということになっているそうだが、減便は避けられないという。
運転士不足の理由の1つに挙げられているのが、2024年4月以降、トラックやタクシーを含めたドライバーの年間時間外労働が上限960時間に制限されることだ。金剛バスについても、運転士を増やさないと運行ができない状況だったという。
さらには新型コロナウイルス感染症の流行で離職した運転士が戻らなかったことや、その後の外国人旅行者の急回復で観光バスの運転士需要が高まり、待遇のよいそちらに流れていることもあるという話も聞く。
これまでは主に地方で、人口減少や高齢化が進んでいて、ドライバーのなり手がいないという報道が多かった。それだけに、大阪府のバス会社が事業廃止というニュースに驚いた人もいたようだが、実は東京23区でも、路線バスの廃止や減便は多くなっている。
都心部でも進む路線の廃止・減便
筆者の自宅近くにある中野区の南部高齢者会館とJR東日本・東京メトロの中野駅を結ぶ路線は、それまで7時から19時まで1時間1本だったのが、2019年2月から朝夕3本ずつだけになると、今年3月のダイヤ改正で路線そのものが廃止となり、バス停も消滅してしまった。
少し離れた場所にバス停はあり、そこは日中でも10分に1本のわりで便があるのだが、運転免許を返納した人も足を運ぶであろう高齢者のための施設に向かうバスが、路線もろともなくなったというのは衝撃だった。
気になって調べてみると、最近東京都内で減便や路線廃止となった路線がいくつかあることがわかった。路線バスに乗ると、必ずと言っていいほど運転士募集の広告を目にするが、それでもあまり集まらないということなのだろう。


廃止となった京王バス路線(筆者撮影)
運転士不足は意外なところでも影響を及ぼしている。
石川県の北陸鉄道は、鉄道路線のうち金沢市から南へ向かう石川線について、少し前から鉄道のまま残すか、BRT(バス高速輸送システム)に転換するかという議論が続けられていたが、8月末に鉄道として存続させるという方針が出された。
理由として挙がったのが、BRTに転換した場合の運転士不足だった。鉄道での存続が難しければバスに転換という常識は、通用しにくくなっているということになる。
ではなぜ東京や大阪を含めて全国的に運転士不足なのか。やはり労力に対する待遇がよくないからだろう。
渋滞もある道路を、自転車や路上駐車車両を避けながら、乗客の安全快適を第一に走行し、停留所との間隔が小さくなるように停め、両替を含めた運賃収受のみならず行き先案内も行う。路線バス運転士の業務が大変であることは端で見ていてもわかる。
このうち乗客の安全確保については、10月下旬から11月上旬にかけて、東京ビッグサイトで開催されたジャパンモビリティーショーで、興味深い話を聞いた。
日本と欧州のバスの違い
このショーではいすゞ自動車が、電動のフルフラットバス「エルガEV」を世界初公開していた。2024年度中の発売を目指すという同車は、左右の後輪それぞれにモーターを1個ずつ装備することでドライブシャフトをなくし、駆動用バッテリーは屋根上に置くことで、車体後端近くまで低床を実現した。
車内に入ると、その場に居合わせた関係者が、欧州で走っているフルフラットバスとの違いを説明してくれた。
欧州のフルフラットバスでは後輪部分の座席が、日本製の車両の前輪上にある通称「オタク席」と同じように、高い位置にある。そのほうがスペースを無駄遣いしないからだ。しかしエルガEVでは、低い位置に設置していた。
その理由として、欧州では急ブレーキなどで乗客が座席から落ちた場合、乗客の責任となるのに対し、日本では乗務員の責任となるので、安全性を考えてこのようにしたと語っていた。


いすゞ自動車の電動フルフラットバス「エルガEV」(筆者撮影)


いすゞエルガEVの車内。後輪部分の座席は低い位置にある(筆者撮影)
たしかに筆者が欧州で乗ったフルフラットの路線バス車両は、後輪上の座席がかなり高い場所にあった。さらに日本のように発進の前に乗客に着席などを促すようなアナウンスはなく、ドアを閉めるとそのまま走り出していた。


フランス・パリのフルフラットバス(筆者撮影)


パリのフルフラットバスの車内。後輪部分の座席が高い位置にある(記者撮影)
筆者はアナウンスがなくてもよいし、後輪上の座席の前には手すりがあったので床に転げ落ちる恐れは少なく、これで大怪我をするなら乗客の責任ではないかと考えたが、日本ではとにかく乗客第一の風潮があるようだ。
重労働なのに給料が安い
このエピソードからも、日本のバスの運転士が心身ともに重労働を強いられていることがわかる。にもかかわらず給与は安い。これではなり手が少なくなって当然だろう。
厚生労働省の「自動車運転者の長時間労働改善に向けたポータルサイト」によると、2021年のバス運転者の年間労働時間は2232時間で、コロナ禍で減少したにもかかわらず、全産業平均(2112時間)より長かった。また、年間所得額は404万円で全産業平均(489万円)を下回った。
一連の流れを生んだきっかけの1つに、2012年に大阪市が、当時は市営だったバス運転士の年収を4割もカットしたことがあると考えている。
在阪の大手私鉄系バス会社の最低水準に合わせる引き下げとはいえ、4割というのは普通は考えられない数字だ。しかし当時は市営バスの運転士は高給取りというイメージがついており、多くの人から歓迎された。
ちなみにここで参考にした大手私鉄系バス会社の中には、その前に鉄道会社から分離独立した事業者もいくつかあった。たとえば大阪市が参考にした南海バスは2001年に、南海電気鉄道から分離独立している。
鉄道会社がバス事業を分社化する理由として多いのは、バスは鉄道に比べて利用者数に対する人件費の割合が大きいので、同じ賃金体系とすると会社の運営が厳しく、分社化することで賃金体系を変えたいというものだ。
同じように人件費を理由として、公営バスの民営化も進んだ。大阪市も例外ではなく、2017年に大阪メトロ(大阪市高速電気軌道)の子会社として大阪シティバスが誕生している。
利用者自身の問題でもある
つまりそれ以前から、バスの運転士の賃金は分社化などにより引き下げ基調にあったが、大阪市の決断を機に加速したのではないかと見ている。市と府の違いはあれど、その流れが同じ大阪で、バス会社の事業廃止という事態に発展したのは皮肉である。
しかし一連の流れを、国や自治体や事業者だけの責任とすべきでないことは、ここまで読んでいただいた読者の一部は感じておられるだろう。
公共交通に限った話ではないが、過度なお客様第一主義を改めていかないと、さまざまな業界が行き詰まるのではないだろうか。バスを使う一人ひとりが考える問題でもある。