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安倍総理の志は死なない!!

「東京五輪の簡素化」を宣言した小池都知事へ贈る5つの質問状

都民、国民は本当にオリンピックを見たいのか
簡素化開催に共感と理解は得られるのか
 東京都の小池百合子知事が6月4日、記者団に次のように語った。
「オリンピック、パラリンピックの開催には都民、国民のみなさまの共感、ご理解が必要です。そのためにも、合理化すべきところ、簡素化すべきところ、そういったことを進めていく。いろんな研究も国、組織委員会、関係のところと連携しながら考えて行きたい」
 この方針が確かならば異論はない。もちろん歓迎だ。ぜひ、コロナ後の新しい価値観、本来のスポーツのあるべき方向性を共有し、都民・国民の活発な議論を尽くした上で、まずは「東京オリンピック開催の可否」から見直してほしい。
 だが、この方針を語った小池都知事の表情には、ほとんど危機感がなかった。当たり前のように綺麗ごとを並べているが、その方針を本当に実現するには「相当な困難がある」というリアリティーを感じなかった。そこに私は茫然とした上に、小池都知事が本気でしゃべったと思えない「軽さ」を感じてしまった。
 単純なところを指摘すれば、開会式の入場券はすでに売り出されている。A席30万円。この支払いを済ませた人が一定数いるはずだ。「野村萬斎演出、3時間に及ぶ一大スペクタクル」と謳われている。だからこそ、「1人30万円、2人で60万円」「家族・友人と計4人なら120万円」もの高額を支払ったのだろう。しかし、「行進する選手の数を制限」「演出も簡素化」となれば、「30万円の価値は変わらない」といえるだろうか。支払った全員が、同じ金額で承知してくれるかどうか、断定はできない。
 また小池都知事は「都民、国民のみなさまの共感、ご理解が必要」と言ったが、共感と理解を取り付けることにそれほど不安を感じていない口ぶりだった。
 東京五輪招致運動が行われた2013年、都民のオリンピック招致支持率は最高で77パーセントに達したとも発表されている(招致委員会調べ)。だが、決定後にさまざまな不祥事やトラブルが起こり、さらに今回のコロナ禍で国内外が大混乱。東京五輪も「1年延期」が決まる中で、同様に77パーセントが歓迎しているとは考えにくい。
「それでも来年7月にオリンピックを開催してほしい」と、強く望む都民、国民が過半数に達するだろうか? 私はその比率は低いと感じる。
 もしオリンピック開催に賛成するとしても、さまざまな条件が提示されるだろう。「完全な世界的な終息」「治療薬やワクチンの開発、実用化」などが前提だと多くの人は考えているのではないか。それが確約できていない現段階で、手放しに五輪開催を支持する人が多数派だとは到底思えない。
 それなのに、小池都知事は平然と、「都民、国民のみなさまの共感、ご理解が必要」と言い放った。「都民、国民はどうせオリンピックを見たがっているに違いない」と、見くびられているのだろうか?
 共感が必要というわりには、会話の舞台などを想定している気配もない。相変わらず、「国や組織委員会連携して」と、密室での推進を前提にしている。何か困ると「アスリートファースト」の掛け声を持ち出すが、アスリートたちの本音や現在の実感を謙虚に聞く姿勢も感じられない。
小池都知事へ贈る5つの質問状
 現実的に考えれば考えるほど、小池知事の発言が掛け声倒れに終わりはしないか、詭弁の塊ではないかと思える。だが、もしそうでないなら、小池都知事は次の質問にどう答えてくれるのだろう。率直な質問を用意してみた。
小池都知事への質問 その1
「都民、国民の共感と理解が得られなければ、中止も検討されますか?」
 今都民・国民は来夏の東京オリンピック開催を望んでいるのかどうか、調査をする必要があるのではないでしょうか? もし、開催に「反対」する声が「賛成」を上回ったら、中止・返上を真剣に検討する心づもりはありますか? 都民・国民の過半数が反対でも実施を強行する考えでしょうか。
小池都知事への質問 その2
東京五輪の「簡素化、合理化」は何のためですか?
 簡素化の目的は「ウイルス感染への対策」のためでしょうか。それとも、追加費用の増加が懸念される中で、少しでも実施予算を削減することが目的でしょうか?
「オリンピックはやってほしい、テレビでもいいから見たい」と願う都民、国民が一定数いるかもしれません。しかし、海外からのウイルスの流入、新たな感染のリスクを無視してまで海外からの多数の訪日を望むでしょうか?
 真剣にウイルス対策を講じるならば、海外からの観戦のための訪日を禁止するくらいの厳しい姿勢が必要でしょう。そうなれば、インバウンドによる経済効果はゼロになります。平和の祭典であり、国際交流を大切な理念とするオリンピックの目的そのものが達成できるのでしょうか? テレビ中継やリモートによる交流だけでその目的を果たすための、新しい知恵と整備が必要になります。その構想や準備はありますか?
小池都知事への質問 その3
簡素化すれば、収入の激減も想定されます。その影響が大会収支に打撃を与えませんか?
 感染リスクを抑えるために入場者数を制限すれば、当初約850億円と想定されているチケット収入は大幅に減少します。簡素化によって広告効果の減少を懸念して、スポンサー契約の減少なども心配されます。そうすれば、広告収入も減少します。その不足分をどう補填するのでしょう。
 それだけの危険を冒してでも、オリンピック・パラリンピック実施の考えは変えないという方針でしょうか?
小池都知事への質問 その4
今の組織委員会の中心人物や組織を支える企業は、派手な大会づくり、より大きなお金が動くイベントづくりが得意な人たちではありませんか?
 現在、組織委員会の人事、組織の成り立ちを見ると、経済効果を第一義として、「オリンピックを通じてビジネスをできる限り大きく展開すること」に長けた人々が多いように感じます。言い換えれば、そういうビッグビジネスの構築に情熱を持つ人々が中心です。
 簡素化、合理化となれば、方向性が180度変わります。もし本当に、簡素化、合理化を目指すならば、それが得意な人々を起用し、要所に配置するなどの組織の改革が絶対に必要ではないでしょうか? そこまでの大ナタを振るう覚悟が小池都知事にはあるのでしょうか。
 持続化給付金で世間から疑惑の目を向けられている電通とパソナは、東京オリンピックの組織委員会にも深く関わっています。これら企業の利益を優先して、簡素化・合理化されるとすれば、本末転倒です。その点の情報公開と組織改革も必須ではないでしょうか。
 少し話が横道にそれるかもしれませんが、新国立競技場のスタンドを見れば、東京2020に関わった人たちの考えや姿勢がよくわかります。
 完成したスタジアムを見て、私が何よりガッカリしたのは、観客席の密接ぶりです。狭苦しいシート、前後左右の余裕のない配列。途中でトイレに立つときには、10人前後もの見知らぬ人に一度立ち上がってもらう必要があります。そのような密な空間を問題と思わず、「とにかく1人でも多く収容する」「入場料をたくさん稼ぐ」といった魂胆が見えてきます。また同時に、人にやさしくありません。最も大切な支援者である観衆の快適さを「どうでもいい」と思っていることが分かります。これは、コロナ禍で3密禁止が叫ばれる以前から、スポーツ好きであればずっと感じていた不愉快さではなかったでしょうか。
 そういう、やさしくない人たちが集っている組織委員会に、心のこもった簡素化、合理化ができるとは思えません。
小池都知事への質問 その5
アスリートに直接、聞きましたか?
 一般のファンもメディアも、「選手たちはオリンピック開催を望んでいるはずだ」と思い込んでいます。その決めつけを前提に、「選手たちがかわいそう」といった論理を展開しがちです。でも、本当にそうでしょうか?
 選手たちはまさに当事者です。私たち一般の生活者がそれぞれ新型コロナウイルスの影響で仕事の仕方、生活の仕方、生き方まで見つめ直さざるをえないのと同様、選手たちも、スポーツのできない状況を経験して、スポーツをする意味、人生の中でスポーツをする意義を真剣に問い直しているでしょう。そういう気持ちや考えを、都知事は聞いたのでしょうか?
 こんな状況でも、選手の大半が「オリンピックは絶対やってほしい」と、無条件で望んでいるでしょうか?「アスリートファースト」と叫ぶならば、アスリートの率直な気持ちや考えをまず聞くべきでしょう。もちろん、「できるならば出場したい」という気持ちは当然かもしれません。しかし、この状況を経験して感じた新たな思いに私たちが耳を傾けることこそ、アスリートファーストの基本だと思います。
 私が取材している選手の中には、代表に決まっていながら、今も通常通りの練習ができない選手たちがいます。レスリングなど、直接触れ合う競技はとくに慎重にならざるをえません。彼らに尋ねると、「オリンピックには出たいけれど、オリンピックのために競技を続けてきたわけじゃない。たとえオリンピックがなくても、私はこの競技が好きだから、続けます」といった答えが返ってきました。こうした言葉に触れ、新しいスポーツのあり方をみんなで共有することが、開催強行を目指すよりもっと大切なことではないだろうか。
 今日の質問はここまでにしておきましょう。
(作家・スポーツライター 小林信也)


感染症と外国人に脅かされない暮らしの方がオリンピックよりも大切だと思う。