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子育て支援でも「日本の少子化が止まらない」盲点

山田昌弘氏が説く「高等教育無償化」の必要性
野村 明弘 : 東洋経済 解説部コラムニスト
2023年04月25日
政策案は日本社会の実態から的外れ。子育て支援が実際にどれだけ出生率の向上に結びつくかは不明瞭だ。
岸田文雄政権が推進する「次元の異なる少子化対策」。自民党からは、総額8兆円とも試算される、多数の少子化対策支出案が打ち出されている。だが実際に、それらは出生率の向上にどれだけ資するのか。『日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?』(光文社新書)の著者であり、長年、日本の家族や結婚、少子化などに対して発言してきた中央大学の山田昌弘教授に話を聞いた。
児童手当の拡充で出生率向上はせいぜい0.01%程度か
──岸田文雄政権や自民党は、次の「骨太方針」(6月頃公表)の目玉として盛り込むべく、少子化対策の議論に前のめりになっています。拡充策の中核は、中学生以下の子ども1人当たり月1万〜1万5000円の児童手当で所得制限をなくすことです(現在は世帯主の年収960万円以上で月5000円に減額、年収1200万円超で対象外)。その効果はどう考えますか。
それは、やらないよりはやったほうがいいだろう。ほかにも児童手当ての対象年齢を高校生まで引き上げるとか、2人目、3人目の児童手当額を増やすといった多子世帯の優遇などの話もある。ただ、私の感覚だと、それらを実施しても、出生率はせいぜい0.01〜0.02%ポイント上がる程度だと思う。


──その程度ですか……。コストが数千億円から兆円単位のオーダーと言われていますから、費用対効果としてはよくないですね。
子育て支援は必要だ。だが、育児支援がそのまま少子化対策になるとは限らない。全体として言えば、結婚しない人の割合がかなりの高さ(男女平均で生涯未婚率は約4分の1)になっていることが、出生率低下の主因だ。児童手当の所得制限を撤廃したら、彼ら・彼女らが結婚できるかと言えば、ノーだろう。
結婚している人でも、今お金がないから子どもを産まないのではない。将来の子どもの高等教育費用が心配なので、1人や2人に子供の数を制限している。だから、児童手当の拡充より、高等教育の親負担を軽減したほうが日本では出生率の向上に効くと考える。
──経済学では、社会にとっても便益のある(=正の外部経済)小中学校を無償化することは意味があるが、大学などの高等教育は、個人の便益(生涯所得の拡大)のためにあるものだから、個人が費用を負担すべきと教えられます。それもあって、日本では給付型奨学金の支給は主に低所得者に限定され、「出世払い奨学金」(大学卒業後の所得に応じて返済額が変動する学生ローン)の拡充が議論されているくらいです。
欧米は個人主義が徹底し、子どもが成人したら子育ては完了する。子どもの親からの独立志向も強い。そうした国々なら経済学の言うとおりだろう。欧米では原則、親は大学など高等教育費用を負担しない。アメリカなら、中流家庭の子どもでも自分で学生ローンを組んで大学に行く。福祉国家色が強いヨーロッパ諸国では学費はほぼ無料だ。
欧米と違い、日本では親が高等教育費用を負担する


山田昌弘(やまだ・まさひろ)/中央大学文学部教授。1957年生まれ。東京大学文学部卒業。東京大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。専門は家族社会学。「パラサイト・シングルの時代」「希望格差社会」「少子社会日本」「日本の少子化対策はなぜ失敗したのか?」など著書多数(撮影:今井康一)
しかし、日本や韓国、中国など東アジアの国では、親は成人になっても子どもにつらい思いをさせたくないと思い、経済的支援を続ける。こうした国々では、多くの親にとって、専門学校も含む高等教育の費用は、親が負担するのが当たり前と見なされており、その額はそうとうに大きい。高校までの子育て費用というものは実際にはさほど大きくないのだが、大学入試のための塾や大学の費用、そして、専門学校となると、金額が跳ね上がる。
「子どもをよりよく育てること」に価値を置く人が多く、子どものためにお金をかけざるをえない国では、将来の高等教育費用の負担を考慮して子どもの数を絞っている。東アジア特有の少子化要因と言える。
結果的に、東アジアの場合は、親が高等教育費用を負担できるか否かで、子どもの生涯所得が変わるため、格差の再生産につながっているとも言える。こうした格差拡大を阻止するためには、本来なら親が子どもの高等教育費用を支出した場合には、それに贈与税を課すようなことをしなければならない。しかし、実際には逆であり、日本では祖父・祖母が孫の高等教育などの費用を援助したら、それは贈与・相続税から控除される制度になっている。
──個人主義の欧米とは異なる視点で、少子化対策を進める必要がありますね。
日本政府は昔、出生動向基本調査のアンケートで、「子どもを希望数まで持たない理由」として、子育て費用と教育費用の負担を別々に聞いていたが、十数年前に両者を1つの質問に統合してしまった。問題を見えにくくしている。日本では高等教育を無償化したら、そうとう効くはずだ。といっても、出生率でいえば、0.1〜0.2%ポイント向上させる程度だと思うが。
──日本では婚外子が少ないため、生涯未婚率の高さは少子化に直結しています。
生涯未婚率を現在の25%程度から10%くらいまで縮小させられれば、状況はかなり変わるのだが、難しい。最近の若者が結婚したがらないのはやはり経済的な要因が大きいと思う。対策としては、若年層の低所得対策や男女共同参画の拡大ということになるだろう。
大都市での大企業共働き世帯の環境は改善したが…
東京23区の子ども数は実際、少子化が言われている中で、この20年ほとんど減っていない。このような大都市で夫婦ともに大企業正社員の共働きの世帯では、子どもを産んで育児休暇を取りやすくなった。保育所の不足も緩和されている。
問題は、地方の若者の経済力が低すぎることだ。特に若い女性にとって稼げる職業が少ない。昔から、学歴が高く意欲がある地方の女性にとっては公務員と教員しか、そのような職はなかったが、それも「非正規公務員や教員の拡大」などで細ってきている。だから、キャリアに前向きな若い女性は地方を忌避する。いまでは地方の若い人にとって介護職くらいしか新しい職はないが、賃金は低い。
地方銀行などが地元に帰ると奨学金を免除するなどの施策を打ち出しているが、それよりももっと若い女性が活躍できる仕事を作ることが、地方の最大の結婚対策や少子化対策になるだろう。
しかし、日本では地方に行くと、女性が上に立つということが考えられない社会になっており、若い女性というだけで差別されることが残っている。それだけ実力主義が浸透していない。改革を行って、時代遅れのスキルしか持たない中高年男性より、若い女性がもっと活用される社会が必要だ。実力主義が徹底する欧米などではそれができている。
これは、相対的に男女平等が進む東京では女性が活躍し、子ども数もほとんど減っていないことと整合的だ。企業という側面で見れば、大企業では環境はよくなっているが、問題は中小企業ということだろう。数のうえでは大多数は中小企業だ。賃上げもそうだが、中小企業が変わらないと日本全体での結婚や少子化の問題も改善しない。
──お話をうかがっていると、問題の根の深さ、難しさを痛感します。
仮に出生率が改善しても、そこから実際に労働力人口が増え始めるには30年のタイムラグがある。つまり、現在の人口減少は30年間改革をサボったツケということだ。長い間、警鐘を鳴らしてきた私から見れば、国民はむしろそれを望んで選択したようにも思える。
少子化対策の財源などで一時的な大きな痛みを分かち合うよりも、少しずつみんなで貧しくなっていくことでやり過ごそうという感じだ。20〜30年後に日本が先進国でなくなっても別に構わない。お金持ちの人から見れば、自分の子どもだけをよりよく育てればいいというだけの話だ。