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安倍総理の志は死なない!!

知っているようで知らない「台湾独立」の真の意味

中国の情報戦で誤解も広がる重要キーワード
小笠原 欣幸 : 台湾政治研究者、東京外国語大学名誉教授
2023年06月22日

台湾の民進党政権はよく「台湾独立志向」と紹介されるが、現状維持と台湾独立は違うものだ(写真:編集部撮影)
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台湾に関連する報道で「台湾独立」という用語が出てくる。6月19日には中国を訪問したアメリカのブリンケン国務長官が「アメリカは台湾独立を支持しない」と述べたように目にする機会も多いだろう。
だが、「台湾独立」が具体的に何を意味するのか、どういう手続きが必要なのか、実現の可能性はどれほどあるのか。実は、わかっているようであまり理解されていない用語ではないだろうか。
「台湾独立」とは、台湾を統治する中華民国を解体して、台湾共和国あるいは台湾国を建国することを指す。「独立派」とは、この建国独立の理念を追求する人々のことを指す。これが本来の定義だ。この用語は台湾情勢を理解するうえで不可欠であるだけでなく、台湾有事にもからんでくる。曖昧な認識では台湾情勢の誤読につながりかねない。
台湾の2大政党は「台湾独立」にどのような立場をとっているのか。国民党は台湾独立に反対。民進党は1991年制定の綱領で台湾共和国の建国を掲げたが、1999年の党大会決議(台湾前途決議文)によって中華民国を続ける現状維持に転換した。台湾独立を「封印」というのがいまの民進党の立場だ。ほかに台湾基進などの小政党といくつかの諸派は台湾独立を正面から掲げている。
台湾独立に必要な手続きとは
よく「台湾が独立を宣言したら」という仮定が出るが、これは現実からズレた仮定だ。「独立宣言」が盛んに議論されたのは民主化後間もない1990年代。台湾は法治が定着しており、仮に今の台湾の総統が独立を宣言しても何の根拠もなく、何も変わらない。政府が宣言しても同様だ。そのようなことをしたらクーデターもどきであり、大混乱に陥るだけだ。そもそも民進党自身が現状を変更するためには公民投票(国民投票)が必要だと主張している。
ではどうするのか?台湾が独立を実現するためには新憲法の制定が必要だ。そのためには現行の中華民国憲法の改正手続きが必要だ。改憲の条件は、立法院(国会)で4分の3の議員の出席を得て、出席者の4分の3の賛成をもって修正案を提出。その後、公民投票で有権者の過半数の賛成を得ることである。逆にいえば、立法院で4分の1の議席が反対すれば改憲は阻止される。公民投票では、台湾で一般的な投票率を75%と想定すれば、25%が投票をボイコットするだけで通過できなくなる。改憲のハードルは日本国憲法と同じかそれ以上に高い。
日本ではほとんど報道されなかったが、昨年11月の統一地方選挙の際、憲法改正の公民投票が行われた。選挙権の年齢を20歳から18歳、被選挙権の年齢を23歳から18歳に引き下げるという改正案についてである。結果、賛成票は有権者の過半数(962万票)にほど遠い563万票しかなく否決された。国民党は、表面的には賛成したが、政権与党の得点になることを嫌って消極的であった。国民党が消極的であればそれだけで通らない。
台湾独立は国内政治的にも事実上不可能
選挙権の年齢を下げるという技術的な議題であっても憲法改正は通らない。これが建国独立の改憲となれば国民党は必死で反対するし、現状維持が多数派である台湾世論からみても公民投票の通過は考えられない。つまり、台湾独立は国内政治的に不可能だと断言してよい。
仮にこの高いハードルをクリアして台湾共和国が建国されたとしよう。しかし、日米の政府は台湾の独立を支持しない「1つの中国政策」を続けているので外交承認はしない。中国が反対するので国連加盟も無理だ。
アメリカは台湾という政治実体が中国に統治されない状態が続くことが国益であり、その政治体制が台湾共和国と名乗るために中国と対決するつもりはない。日本も同じだ。台湾にとって建国しても外交承認を得られなければ、結局いまと変わらない。
しかも、中国は確実に武力行使をするだろう。中国の視点からすれば、憲法に基づく独立国家の樹立は「法理独立」と呼ぶ事態で、台湾という領土が中国から奪われたことになる。どの程度の武力行使かはその時の判断になるだろうが、武力行使自体は中国共産党の政策、および中国が2005年に制定した「反国家分裂法」から明らかである。
このように台湾独立を実現しても新たに得られるものはなく、へたすると自由民主の体制を失う可能性がある。これが現実だ。台湾世論の多数派も民進党の政治家も、このことがわかっているから現状維持を支持している。本来の定義での台湾独立は、国内政治と国際政治のどちらから見ても可能性はない。
では、なぜ台湾独立が注目点であり続けるのだろうか?
民進党は党の方針としては独立を封印している。しかし、民進党の政治家はみな独立の理念を共有しているし、コアの支持者もそうだ。党の存在理由にもなっている。だから民進党は独立の可能性を否定することはしないし、他人から否定されることも好まない。戦後の日本の保守政治家が憲法改正を否定しなかったのと同じである。理念としての台湾独立は生きている。
一方の国民党は台湾独立を恐れている。中華民国がなくなり台湾共和国が建国されれば国民党の居場所がなくなるからだ。国民党も台湾独立は不可能だとわかっているが、民進党を牽制して支持者の危機感を高めるため、「民進党は独立を志向している」とつねに批判する。それが台湾メディアで報じられ、日本にも入ってくる。
そして中国も台湾独立を恐れている。建国独立が不可能だということは中国の台湾専門家らもわかっている。しかし、共産党にとって民進党は「1つの中国」を認めず統一の邪魔をする敵対勢力だ。不信感が強く「民進党はつねに独立の陰謀を企てている」と見る。
中国は台湾独立の定義を曖昧化している
問題は、中国が台湾独立の定義を曖昧にし、自分に都合よく決めつけられるようにしていることだ。「中華民国は独立国家」という立場も台湾独立と認定される。中国共産党は、中華民国が民主化したこと自体が気に入らないし、台湾社会で台湾アイデンティティが広がったことも気に入らない。民進党を分離独立勢力と位置づけ追い込んでいくのが共産党の統一戦略の一環だ。
独立派がなぜ建国独立を唱えたかといえば、かつての中華民国は2・28事件、白色テロ、戒厳令、一党支配に代表されるように台湾人を抑圧する体制で、その体制を転覆させること以外に展望を見いだすことができなかったからだ。その背景には、外省人の権力支配に対する本省人の憎しみがあった。
蒋介石・蒋経国時代、独立派は徹底的に弾圧され、独立の概念そのものがテロ思想と同じ扱いをされた。そのため、独立派の思想と活動は、日本とアメリカで発展することになる。当時は、中華人民共和国は関係なかった。
しかし、李登輝時代に状況は変わった。独立派は台湾で自由に主張をアピールできるようになり独立支持の世論は漸増した。だが、多数派にはならなかった。それは、逆説的になるが、民主化した中華民国の体制において、台湾の主体性、台湾アイデンティティを固めていく道筋ができたからだ。そして中国の統一圧力が身近なものになってくる。
民進党はこの潮流の中で巧妙にポジションを調整した。民進党にとって、中華民国の存在を受け入れる現状維持へと転換することは大きな葛藤があった。その転換は2000年に初の政権交代で総統に就任した陳水扁氏が進めたのだが、陳氏は中途半端で途中から独立派のポジションをとり、中国だけでなくアメリカからも厳しい圧力を受けた。
現状維持の民進党と「独立」を口実に使う中国
陳政権の失敗を見た現在の蔡英文総統は現状維持を徹底させた。そのため独立派の一部から批判を招いたが蔡氏はブレなかった。蔡氏が独立派と関係ない人生キャリアを歩んできたのに対し、次期総統候補の頼清徳氏は独立派の人脈とつながって政治的キャリアを積んできた。この点では蔡氏とは異なる。しかし、頼氏も陳政権の失敗から教訓を得ているのは同じである。
2017年、当時行政院長(首相)であった頼氏は立法院の答弁で「自分は実務的な台湾独立の工作者だ」と述べた。この発言が広く報道され、頼氏は「独立派」と見なされることが多い一方で、彼は「改めて独立を宣言する必要はない」と繰り返し述べている。これは、「台湾は中華民国という名前で独立している」という民進党の現状維持のロジックであり、蔡氏と同じである。頼氏も独立を封印し、蔡路線の継承者というポジションで支持を固めようとしている。
これに対して中国は蔡政権が「外国勢力の力を借りて独立を画策している」と非難している。だが、蔡政権が米日に接近したのは、そもそも中国が台湾統一の圧力を強めたからである。貿易・投資・人の交流を東南アジアや南アジアにシフトする新南向政策を打ち出したのは、中国が中台の経済関係の密接化を利用して台湾を取り込もうとしてきたからである。それを中国は「脱中国化」だとして非難しているが、それは自らの行動が台湾を追いやったからだ。
中国は「北風と太陽」の寓話を思い出したほうがよいのだが、残念ながらいまの習近平体制にはいくら言っても聞く耳は持たないだろう。台湾有事を抑止するためには軍事的な備えを強めていくしかない。
中国が武力行使に出る可能性は低いが、仮に出た場合には、「台湾が独立を企てたから」というのを口実に使い、正当化を図るとみられる。中国の情報操作でそれを鵜呑みにする人は多い。
「中華民国」は台湾の最大公約数
今の台湾は事実上の独立国家で、外側の殻が中華民国、中身は台湾だ。中華民国は殻だけだが存在価値は十分に残っている。民主化した中華民国は台湾の人々にとって最大公約数だからだ。これを根拠に台湾は生存を図っている。蔡総統はこれを「中華民国台湾」と表現している。
台湾情勢の構図は、統一と現状維持の綱引きであって、統一と独立の綱引きではない。だからといって独立派の役割がないわけではない。統一のほうに引く力は非常に強い。台湾が現状維持で踏みとどまるためには、足場を支える力が必要だ。その縁の下の力持ちが独立派の役割だ。独立派が前に出たら日米で警戒が高まるし、民進党は選挙で負ける。独立派が縁の下の力持ちに徹することができるかどうかも選挙の注目点だ。
総統選挙に出馬している頼清徳(民進党)、侯友宜(国民党)、柯文哲(民衆党)の3氏は、中国との距離の取り方、対話のしかたで対立しているが、習近平主席が迫っている一国二制度による台湾統一を拒んでいる点では同じである。今後の選挙戦で3氏がどのような議論を展開していくのか、台湾の有権者も国際社会も注目している。