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安倍総理の志は死なない!!

経済大不振に焦る中国は台湾侵攻に突っ込むのか

伝説のエコノミストが語るアジアの2大リスク
西村 豪太 : 東洋経済 コラムニスト
2023年07月28日
中国経済の停滞ぶりが明らかになる一方で、台湾有事のリスクが強く意識されるようになってきた。野村総合研究所の主席研究員・チーフエコノミストであるリチャード・クー氏はバブル崩壊後の日本を分析し、「バランスシート不況」という概念を提唱したことで知られる。日米中、そして台湾の事情に精通する世界的エコノミストに東アジアの2大リスクをずばり診断してもらった。


――ゼロコロナ政策を撤廃してからも、中国経済の回復は遅れています。アメリカとの国力の差が埋まらないことに焦る中国が武力での台湾統一を急ぐという見方があります。
中国が経済に関してまだ自信満々だった5~6年前のほうが怖かった。ヒトラーが対外侵略に乗り出したのはドイツ経済が絶好調だった時期だ。
かりに武力行使に踏み切って失敗すれば、1982年にアルゼンチンが超インフレのもとでイギリスへ仕掛けたフォークランド紛争の二の舞いになりかねない。イギリスに敗戦した結果、アルゼンチンの軍事政権は崩壊している。中国にとってはリスクが大きすぎる。
中国では銀行が悲鳴を上げている
――クーさんが1990年代の日本で提唱した「バランスシート不況」論が中国で注目されています。
GDPが増えるというのは支出が増えるということ。みんなが自分の収入の範囲でお金を使っていたら経済は安定するが成長はしない。つまり企業が借金して投資するか、消費者が魅力的な商品やサービスのために金を借りて使うか。経済を成長させるにはいずれかが必要だが、ともに今の中国には不足している。
バランスシート不況は、人々が自分の資産に対して負債が大きすぎると考えることから始まる。そうなると個人は消費を控え、企業は投資をせずに借金の返済を最優先にする。実際、現在の中国ではみんな借金の返済をするばかりでお金を借りてくれないという銀行の悲鳴が聞かれる。
――不動産価格の下落が引き金ですか。
中国ではまだバブル崩壊後の日本ほど資産価格は下がっていないが、みな現在の資産価格が本当に適正か半信半疑になっている。そして将来のバランスシートの心配をし、借金を減らそうとしている。個々の判断としては正しいし健全だが、それをみんなが同時にやると、合成の誤謬が生じて経済は低迷する。
資金循環統計をみていると2016年くらいから中国の企業はお金を借りなくなっている。かなり前からバランスシート不況は始まっていたのだ。
経済の発展段階からみると、いまの中国で企業が借金をしなくなるのは不自然だ。賃金が上がったとはいえ、しっかり輸出できていて企業の競争力も十分ある。EV(電気自動車)やバッテリーなど面白い製品を開発するメーカーも増えている。本来はもっとお金を借りて事業を拡大しないといけないはずだ。
――中国では財政出動を求める声が高まっています。
2008年のリーマンショック後に中国政府は「4兆元の景気刺激策」を断行して、世界にさきがけて経済を復活させた。今は中国の債務の大きさが注目されているが、あくまで貯蓄とのバランスで考えるべきだ。貯蓄が不足しているなら金利が上がっているはずだが、そういう状況ではない。こういうときは政府が借りて使わないといけない。
カギになるのは中央政府による財政出動だ。地方政府はゼロコロナ政策の過程で大きな負債を抱えてしまい、財政刺激策を実施する余力が乏しい。不動産市場の低迷によって地方政府は土地使用権の売却によって収入を得ることも難しくなった。 
これまで負担を地方政府に押し付けてきた中央政府が前面に出るほかない局面だ。そのなかで一番乗数効果が高いのは、いま建設が中断している不動産開発プロジェクトを何が何でも完成させること。そのような政策は、GDPと人々のマインドの両方にプラスに効くからだ。
日本と中国の違いは何か
――早めに手を打てば中国経済は回復できると。
かつての日本との最大の違いは、中国政府はバランスシート不況という病気の存在とその対処法を知っているということだ。ただその一方で、日本の場合はバブル崩壊と総人口の減少の間に20年近い差があったが、中国では両者が同じタイミングで起きている。そのため、中国の政策対応はかつての日本より難しくなるだろう。
中国の1人当たり国民所得はまだ1万3000ドルあまりだが、一部の産業でベトナムやインドネシア、バングラデシュなどへの工場の移転が始まっている。企業が国内より海外のほうが儲かると思っているからだ。この流れが止まらないと「中所得国の罠」にはまる恐れがある。発展パターンや戦略を転換できず、1人当たり国民所得が中程度の水準(中所得)にさしかかったところで成長率が低下、長期低迷する現象だ。
中国の事業環境の不透明さ、経済統制の強化から企業が国内の投資環境に魅力を感じないところに問題がある。投資減税などを考えてもいいはずだ。
――台湾に話を戻します。ロシアのウクライナ侵攻は台湾の地位をどう変えましたか。


西側の政策の優先順位が抜本的に変わり台湾には有利になった。冷戦終結後の30年はイデオロギーより経済が優先されてきたが、ロシアのプーチン大統領はその甘い夢を吹き飛ばした。力による現状変更を試みる独裁者に宥和政策をとってはならないという、第2次世界大戦で西側が得た教訓が復活している。
2022年秋にはドイツ空軍の戦闘機が東アジアに飛来して、日本の自衛隊や韓国、オーストラリアの空軍と共同演習をしている。戦後に日本と並んで平和主義に徹してきたドイツにとっては劇的な変化だ。ちょっと前までは「ドイツのビジネスパーソンが3人集まると中国の話になる」というジョークがあるほど、ドイツは対中重視だった。
そのドイツが大きく姿勢を転換したのは、ウクライナと同様の事態が台湾をめぐって起きうるという危機感ゆえだ。これだけ大きな変化が西側で起きているのをみて「だいぶ想定とは違う」と中国も思っているはずだ。
変わったのは中国であって台湾ではない
――台湾と中国の経済関係はどう変わっていきますか。
香港での一国二制度の形骸化や強硬なゼロコロナ政策、最近の反スパイ法改正などをみて、台湾社会での中国への見方は大きく変わった。既存のビジネスは続けても、新しい投資には慎重になるのではないか。台湾の経済界に「商売のために大陸との関係を改善しよう」という声がないわけではないが、多くはない。   
変わったのは中国であって台湾ではない。鄧小平の開放路線のままなら、もっと多くの人が中国との経済関係を拡大しようと言っていたと思う。
――台湾経済の長期的な発展の見通しは。
いわゆる伝統的な経済は数十年にわたり進展がない。台北の町中は30年前と変わらず雑然としたままだ。しかし新竹のサイエンスパークなどに行くと、先進国の最先端の生活だ。めちゃくちゃに強いハイテクとそれ以外の産業で経済が二極化しているが、取り残された人の生活が苦しいかと言えばそうでもない。たとえば医療費は安く、デジタル化の恩恵でアクセスもしやすい。庶民の生活はかなり手厚く守られている。
ハイテク業界の人たちはアメリカとのパイプの太さに自信を持っている。新しいテクノロジーが出てきてもすぐ対応できるということだ。台湾のハイテク業界の競争力の低下はあまり心配していない。
――アメリカとの政治的な関係は。
かつてアメリカは「中国もやがては民主的になるだろうから、(統一するかどうかは)その後に当事者同士で話し合え」という態度だった。だから2000年に台湾で初めて民主的な政権交代を実現した陳水扁時代にも、アメリカは中国に気を使って台湾には非常に冷たかった。「何十年もかけて民主主義を確立したのに」と台湾人は失望した。
いまアメリカの要人が台湾訪問に熱心なのはその反省からだが、結果的に中国との緊張を高める面もある。
蔡英文総統は外交をそうとう慎重にやっている。台湾側から火をつけるようなことは一切していない。むこうに変な理由を与えないようにしている。
――日本企業の「台湾有事」リスクへの見方は。
中国にとっても武力侵攻は合理的でないから台湾有事の可能性は高くない。しかし万が一のための準備はしておくべきだ。駐在員などがどうやったら大陸から退避できるか、そのときに誰が頼りになるかを危機管理として考えておく必要がある。中国と貿易するのはいいが、新規の投資は慎重に考えたほうがいいのではないか。