Shinzo-Returns

安倍総理の志は死なない!!

「トランプを弾劾せよ」一色ではない米メディア

(古森 義久:産経新聞ワシントン駐在客員特派員、麗澤大学特別教授)
 ジョセフ・バイデン新大統領の就任式を迎えた米国では、同時にドナルド・トランプ大統領に対する弾劾決議が議会にかけられている。任期終了で退任する大統領をなお追いかけて「解任」を求めるという異例の措置だが、この民主党側の動きには米国で反対意見も広く存在する。しかし日本の主要メディアはそうした反対意見をほとんど報じない。
見通しが立っていない上院での審議
 弾劾訴追案は連邦議会の下院に1月11日に提出され、13日に可決されるという異例のスピードで進められた。
 1月6日にトランプ支持者の一部が連邦議事堂に乱入した。トランプ大統領がその前の演説で「内乱を扇動した」として大統領解任を求めるのが弾劾訴追の趣旨である。
 表決では、共和党議員のうち10人が造反して大統領批判へと回り、賛成が232、反対が197となった。弾劾案はこれから上院に回されるが、1月19日の段階では、いつ上院に提案されるのかまだ決まっていない。
 上院では大統領解任には100人の議員のうちの3分の2の賛成が必要とされる。そのためには共和党議員50人のうち17人の造反が必要となるが、17人以上が造反する見通しはまずないとされる。またトランプ大統領の任期が切れる1月20日正午までに上院での審議が始まる見通しも立っていない。
 こうした異例ずくめの弾劾の動きに対して、民主党を支持する大手メディアのニューヨーク・タイムズやCNNテレビなどが大々的に弾劾推進キャンペーンを展開している。
法律家の観点から弾劾反対論を唱えたシャピロ氏
 だが、一方で懐疑論や反対論も多い。その代表的な例を紹介しよう。
 大手紙のウォール・ストリート・ジャーナルは、1月11日付の紙面で「トランプ氏に扇動の罪はない」という見出しの長文の寄稿記事を掲載した。筆者は弁護士のジェフリー・スコット・シャピロ氏である。2010年代に首都ワシントンの連邦検事を務め、首都でのデモや集会での違法暴力行動を取り締まった経験を持つ法律家だ。
 シャピロ氏の主張は以下のような骨子だった。
・私は検事として首都での街頭集会や抗議活動での違法行動を取り締まり、議会での抗議や公園などでの集会を含めて、違法行為があれば、その責任者を刑事訴追してきた。その経験からしても、また今回の騒動の事実関係からみても、トランプ大統領は弾劾決議にあるような「内乱の扇動」はしていない。
・トランプ大統領に敵対的なジャーナリストや議員たちは、同大統領が1月6日のワシントンでの集会で「もっと激しく戦え(fight much harder.)」「勇敢な上下両院の議員たちを激励しよう」「弱さでは、この国を取り戻すことはできない」などと述べたことを、「内乱扇動」や「暴力鼓舞」と断じている。だが、その断定には法的な根拠がない。
・トランプ大統領はその演説で「みなさんは議事堂に向かって平和的かつ愛国的に行進し、自分たちの声を(議員たちに)聞かせるだろう」と語りかけていた。「平和的」という言葉に意味がある。ワシントンでの演説の場は暴力のない集会だった。その後に起きるような暴力や破壊をその集会と一体にすることはできない。
・首都ワシントンの法律では、「内乱」や「暴動」は、実際の暴力や破壊、そして他者に対する脅威となる行動を指す。だがトランプ大統領が出席していた集会にはそうした要素はなにもなかった。「内乱」に相当する行動が起きたのは集会の終了後であり、集会に参加していた人間のごく一部によって引き起こされたのだ。だから大統領の責任とすることには無理がある。
・大統領の反対勢力は「怒っていたアメリカ国民の感情を大統領が煽った」と非難するが、そのことだけでは刑法違反の要件を満たさない。刑法違反ではない言論は、憲法が保証する言論の自由によって保護される。連邦議会の議員たちはその憲法の順守を誓約して議員となったはずだ。
 以上のように、シャピロ氏は法律家の観点から弾劾反対論を唱えた。
トランプ大統領の実績を否定したい民主党
 では、弾劾の動きを政治的にみると、どうなのか。
 大統領を解任すべきか否かという重大な案件にもかかわらず、弾劾訴追案の議事は民主党が主体となって異様な速さで進められた。なにしろ提案から表決まで2日たらずだったのだ。
 重要な法案や決議案の審議では必ず前提となる公聴会や証人喚問もなかった。1月6日の議会乱入の事実関係の検証もなかった。民主、共和両党の議員による細かな討論もなかった。とにかく拙速だったのである。
 下院で弾劾に反対する共和党側の代表といえるジム・ジョーダン議員が、民主党側の動きの政治的な側面や特徴を説明した。ジョーダン議員は下院の司法委員会の共和党側筆頭メンバーである。
 同議員は自らの見解をワシントンの保守系政治紙「ワシントン・エグザミナー」に語り、1月14日付の紙面にその記事が掲載された。「下院がトランプ氏の2度目の弾劾へ進むが、訴追の成立や解任はないだろう」という見出しの記事だった。
 ジョーダン議員の見解の骨子は以下の通りである。
・下院の民主党勢力はトランプ大統領を就任時からなんとかして選挙以外の方法で除去しようと努め、その手段として弾劾を使ってきた。過去4年間、一貫してその試みを続け、2019年12月には「ウクライナ疑惑」を使って下院での弾劾案の可決に成功したが、上院で排除された。
・民主党の狙いはとにかくトランプ大統領に打撃を与え、辞任に追い込むことだ。そしてトランプ大統領の過去4年間の業績を抹殺することを目指してきた。その業績とは減税、経済改善、雇用拡大、国境の安全保障、外交政策の前進などだ。トランプ大統領の賛同者、支持者のすべてを否定し、存在しないことにしたいのだ。
・民主党側でも、ナンシー・ペロシ下院議長が2018年に公開の場で「トランプ大統領の統治を止めるために、なぜ各地でもっと内乱が起きないのか」と述べたことがある。この種の発言こそ暴力や内乱の扇動ではないか。だが民主党支持の大手メディアは決して民主党側に批判の矛先を向けることはない。不公正な二重基準なのだ。
 以上のような共和党議員の主張を知ると、いまの弾劾推進の動きも、正義や道義の追及というよりも民主、共和の両政党の生臭い政争にみえてくる。両方の意見を知ることの重要性、つまりメディアにとっては両論の並記という姿勢が求められるところだろう。